ウィザード・サーティー
カール
魔法使い
第1話 ふざけんな!
桜桃守。29歳独身。彼女なし。
現在――童貞。
「はあ……疲れた」
アパートの扉を解錠し、暗い我が家の中に入る。引越ししたての頃はちゃんと帰ったら玄関の明かりを付けて、玄関の靴の上に落ちてるチラシやらを回収していたが、社会に揉まれ、残業に慣れ、帰宅時間が深夜23時を超えるようになってから全てがどうでも良くなった。
昔は会社へ行く時も身だしなみには注意していた。香水を付け、ワックスで髪を整える。そんな身だしなみの整理も3日会社に泊まったその日から会社の人に気を使うのは意味が無いのだと思うようになった。
そんな激務もあり、休日は外へ出る気力もなく、ただ漠然とネットサーフィンをして、動画を見て、たまにゲームをしていると気がつけば月曜がやってくる。
そんな地獄の永久機関を過ごしているうちに気がつけば29歳。その間出会いもなし。
容姿は普通。唯一の取り得は身長が180を超えているという事。学生時代は告白されたりなどそういうイベントにも恵まれたが、当時の私は何を思ったのか友人との時間を優先し振ってしまった。
そんなこんなで社会人になり、あれ彼女欲しいな、と思い至ってからはもう遅かった。
社会人になってしまうと出会いなんてまずない。自分から外へ出て何かしらのコミュニティーを作らなければダメなのだ。ああ、昔に戻りたい。何度そう考えただろう。今の記憶を持ったまま過去に戻れたらどれだけいいか。
社会人であれば、とりあえず童貞だけでも捨てるかという選択肢もあっただろう。その手のお店に行けばいいのだ。だが私にはそれが無理だった。父の風俗通いが原因で家族がバラバラになったからだ……。
そのため、風俗全般がダメになっていた。どうしても泣いている母親の顔がチラつくのだ。
玄関に散らばっているチラシを拾い、室内へ。買ってきたコンビニ弁当をテーブルに置いてテレビを付ける。
「昨今各地で起きている性転換症候群ですが、直接的な原因は未だ不明であり、何故突然性別が――」
テレビのニュースを見ながらコンビニ弁当を口に運ぶ。最近起きている謎の現象。現在では性転換症候群と呼ばれており、その名の通り男性が女性へ、女性が男性へ性別が変わってしまうというものだ。
原因不明であり、ただ何故か突然性別が変わってしまい現在社会に混乱をもたらしている。いや、一部ネット界隈ではお祭り騒ぎになっていた。TSと呼ばれるジャンルをこよなく愛する馬鹿たちが多く、また実際に性別が変わった人がネットに降臨しまたお祭り騒ぎになったりしている。
「怖い時代だ」
空箱になった容器を捨て、ふと思い出す。そういえば明日は健康診断だったなと。
そう明日は私が30歳になる誕生日だ。だから国の負担で健康診断を必ず強制される。通称30歳検診と呼ばれているものだ。いつ頃から始まった制度か知らないが、30歳を過ぎると奇病を発生させる男性が多いらしくそれを早期発見、または予防をすることが目的と習った記憶がある。
その検診をいいことに有給も捥ぎとってきたのだ。検診自体は恐らく午前中で終わるだろうし、午後はゆっくりしよう。
この時まではそう思っていた。
「ふむ。桜桃さん、落ち着いて聞いて下さい。とても大事な話があります」
診察室に座っている私。目の前には顔に深いしわを刻んだ医者がこちらを見ている。そして――何故か私の後ろにスーツを着た男性が2人いる。意味がわからない。そもそも呼ばれるまで時間かかったと思ったらこれである。
「あの……」
「ああ。ごめんなさいね。こっちがいくつか質問をするから、正直に答えてほしい」
ゴクリとたまった唾が喉を通っていく。
一体何を言われるのだろう。まさか癌でも見つかった? いやだったら後ろの怖い人たちはなんだ? 意味がわからない。どういう状況だ?
暑くもないのに額に汗がにじむ。これから何が起きるのか想像もできない。
そして医者がゆっくりと口を開いた。
「桜桃守さん。――君、女性経験は?」
「は?」
は? なんだ。ふざけてるのか。どういう意味だ?
「いい年なんだわかるだろう? SEXしたことあるって聞いてるんだけど」
「いや。いやいやいや。え? これなんです? ドッキリとか?」
「まあ。気持ちはわかるけどね。それでどうなの? 一応本人確認もしておきたいんだよね」
なんだこのヤブ医者。そんなセンシティブな話普通聞かないだろ。真面目な顔してこんなふざけたことを聞くなんてどういう神経してんだ?
「あるの? ないの? っていうか、ないよね? ああ、嘘は言わないで。もっと面倒な事をしないといけないから」
腹が立つわー!
「……ないですが。それが何か」
「ああ。うん、そうでしょうね。――はあ、毎回こういう時なんていえばいいのか分からないんだけど……おめでとう。君は今日から
ああ。なるほどね。30歳で経験がない童貞だから、魔法使いってわけか。はははは。
「――――ふざけんなッ!」
立ち上がり心からの叫びを出す。下半身の方から湧き上がる力。それを怒りと一緒に弾き飛ばした。まるで暴風が吹き荒れたかのようにドアが吹き飛び、医者やスーツを着ていた男も吹き飛んだ。天井の照明が割れ、床にヒビが入り、小物もすべて吹き飛んでいく、そんな超常的な現象を目の当たりにして私は気絶した。
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