今年はよろしく

平 遊

今の、どういう意味だ?

 隣の家の田内明恵たうちあきえは、何を考えているか良くわからない。

 保育園から高校にいたる現在まで同じ学校ながら(まさか高校まで同じとは思わなかったが)、たいして喋るわけでもなく、でも気づくとすぐそばにいたりして、たまにビビる。いや、結構ビビる。

 そして、ビビった俺を見て、明恵はニヤッと笑っていたりする。

 本当にわからない。


「よっ、輝良てるよし、おはよっ」


 登校途中に会った同じクラスのヤツが俺を見た後に、俺のすぐ後ろを見て


「よっ、田内。おはよ」


 なんて言うことなんて、しょっちゅうで、


「おわっ!お前っ、そんな近くにいんなら声くらい掛けろって、いつも言ってんだろっ!」


 そのたびに俺はビビリ、明恵はニヤッと笑うのだ。


 ストーカーか!?

 明恵は俺のストーカーなのか!?

 ……でも一体、なんのために?


 楽天的で割と悩みはない俺だったけど、明恵はそんな俺の唯一と言っていいほどの悩みのタネだった。



「あー、さみっ!」


 高校1年、彼女いない歴=年齢の俺、辻輝良つじてるよしは、せっかくの初詣に誘う女子なんているわけがない。かと言って、年始からヤロウだけでワイワイ行くのも、なんだかなぁ。

 というわけで、元日の昼過ぎにひとりでそっと家を出て、近所の神社へ向かった。

 小学校までは家族と一緒に初詣に行っていたが、中学に上がってからはひとりで行くようになった。

 別に遠くへ行くわけではない。本当に家の近所で、特段混んでいるわけでもない神社。

 でも、初詣は氏神様にお参りに行くというのが、我が家の習わし。

 だから、いつも通りにいつもの神社へ。


 パラパラといる人の間を縫って、賽銭箱に握りしめていた数百円を入れ、俺なりの初詣。


 まずは、二礼二拍手。


 神様、俺そろそろ彼女欲しいです。勉強も頑張るんで、なんとかしてくれませんかね?

 まぁでも、家族みんな元気で幸せが一番なんで、とりあえずそっち優先な感じで。


 最後に一礼をし、くるりと後ろを振り向いた俺は、思わずその場で声を上げた。


「おわっ!お前っ!」


 そこに明恵がいたからだ。


「なんでお前がっ」

「お願い事、した?」


 一瞬だけニヤッと笑った後は済ました顔に戻り、俺の答えを聞くこと無く、明恵は賽銭箱の前へと進む。

 そして、賽銭を入れると、二礼二拍手し、ブツブツと長い事何かをつぶやいた後に一礼をして、俺の方を振り向いた。


「えっ」


 明恵は、驚いたような顔で俺を見た。


「何、してるの?」

「えっ?あっ……」


 言われてみれば、俺は一体何をしていたんだろうか。

 目を閉じて熱心にお参りしている明恵の横顔を、ただボケラっと眺めていただけだ。

 意外にまつ毛が長くて、結構可愛いな、なんて思いながら。


 ……でも、なんで?


「帰る?」

「あ、あぁ」


 なぜだか明恵に促されるようにして、並んで家路につく。


「なに、お願いしたの?」

「は?言うわけねーだろ」


 明恵の問いかけを秒で一蹴したつもりが、気づけば明恵はジッと俺をガン見している。


 つーか、瞬きくらいしろよな……その内穴開くぞ、俺の顔……


 根負けした俺は、つい口を開いていた。


「あーもう分かったよ!家族の幸せと健康だよ!」

「だけ?」


 俺の進路を塞ぐように立ち止まり、ズイッと顔を近づけてくる明恵に、またも俺は負けてしまった。


「……そろそろ彼女も欲しいって」


 俺の答えに満足したのかそれともしていないのか、それすら分からないスンとした顔で、明恵は再び歩き出す。


「で?お前は?」


 そう聞くと、一瞬だけチラリと俺を見たものの、明恵は無言を貫いた。


「俺のだけ聞いといてお前は言わんのかいっ!」


 そうこうしているうちに、いつの間にか互いの家の前に到着。

 想定外に、明恵と二人での初詣になってしまったが、まぁ、ひとりきりよりは良かったかも?などと思っていると、


「輝良」


 玄関の扉に手を掛けた明恵が俺の名を呼び、ニヤッと笑う。


「今年よろしく」


 そして、さっさと家の中へと入っていった。


「……えっ?」


 玄関の鍵を開けようとしていた俺は、その場で固まってしまった。


 なんだ?

 今の、どういう意味だ?


「『は』ってなんだよ、『は』って!」


 答える相手はもちろん居ない。なんせさっさと家の中に入ってしまったから。

 それでも。

 それでよかったのかもしれないと、俺は思っていた。


 だって、答えを聞くのが楽しみなような、怖いような、そんな複雑な心持ちだったから。


 もしかして明恵のやつ、俺のこと……

 いやいや、ストーカー行為をさらに楽しんで俺をからかいたいだけかも……


 年始から、俺の唯一の悩み事は、消えるどころか大きく膨らんでしまったのだった。


【終】

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