必死過ぎて忘れていた過去

 高校入学して、間もない頃のオレは、新しい高校生活が始まることに浮かれていた。


 中学までは、地元の学校に自転車通学。

 高校からは電車だ。

 電車で通学するのは、何となく大人への憧れもあったのかもしれない。

 それが、カッコいいと感じてしまう時期だった。


 まだ肌寒さが残る季節。

 冷たい風が肌に当たった途端、ホームに差し込んだ太陽の熱で体が温められた。


 その頃、オレはこんな事を考えていたと思う。


「あー、ケツいてぇなぁ。なんだろう。カラーコーンに座ったのがいけなかったのかな。でも、コーンに座ったって。配信でバズりそうじゃん。何がいけないんだろう」


 中学の卒業を控えた頃に、オレは動画配信を始めた。――はず。

 この辺は、ちょい自信がない。


 でも、お金を貰いまくって、チヤホヤされたかったオレは、必死にバズことだけを考えていた。


 その時に、何気なく周りを見渡した。

 高校初日は、オリエンテーションとかあったけど、お昼で全部終わり。

 なので、オレはお昼の電車で帰ろうとホームに立っていた。


 周りはサラリーマンや老人ばかり。

 かなり空いていたと思う。


 その中で、一人だけ黄色い線の外側にはみ出している奴がいた。

 それが、土井だった。


 距離感がバグって、まだ中学生の頃のアホっぷりが残っていたオレは、何かを察してすぐに動いた。


「あれ? 牧野じゃん?」


 土井の本名なんて知らない。

 とにかく声を掛けて、呼び止めようとした。

 当然、土井は振り向かなかったけど、オレはめげなかった。


「ま~きの。どしたん? 元気ないじゃん?」

「……」

「ま~き――」


《まもなく。三番線に電車が参ります》


 なんてアナウンスが聞こえた途端、土井の体が前に傾いた。

 踵がどんどんホームの床から離れて、小さな体が線路に目掛けて落ちそうになっていた。


 悪ふざけでないのは、それだけで分かった。


「ちょ――」


 女とまともに話したことのないオレは、自分でも大胆な行動に出た。

 後から、痴漢だと騒がれてもいいと思った。


「馬鹿野郎!」


 怒鳴り、オレは土井の腰に片腕を回し、髪の毛を思いっきり引っ張った。逆Cの字になった土井は、「んぐぇ!」と変な声を上げて、強制的に仰け反る。


 次の瞬間、目の前を普通電車が通ったのだ。


 一瞬、何が起きたか分からないけど。

 オレは怒られることを恐れて、「来い!」と土井の手を引っ張った。

 一人残せば、また飛び込むか、オレの事を話して巻き添えを食らうと思ったからだ。


 全然カッコいい理由なんかない。


 電車のホームまで来たのに、逆戻りして改札を出た。

 心臓はずっとバクバクと強く脈を打ち、とにかく人気のない場所を探した。


 オレが向かった先は、自転車乗り場。

 その隅っこに土井を立たせて、指を額にグリグリ押し当ててやった。


「お前さぁ。何考えてんだよ!」


 あの時は、本当に怖かった。

 自分の人生で、本当にホームへ身を投げ出すバカがいるなんて、どれだけの人が想像できるだろう。


 オレは想像なんかしたことがなかった。

 だから、本気で怒った。

 ビックリもした。


「関係、ないでしょ」

「バカ野郎。はぁぁぁ、ほんっとに、バカだなお前」

「……どうせ、バカです」


 よく見れば、土井が泣いているのに気づいた。

 何を思ったのか、オレはこう言った。


「よし。飯食おうぜ」

「……嫌です」

「いいや。飯を食うんだ」

「お腹いっぱいなので」

「んじゃ、カラオケ行こうぜ」

「キモ……。性犯罪でもするつもりですか?」


 人間、必死になると、何だってやる。

 それは、良くも悪くもだと、短い人生で気づかされた。

 後からどれだけ罵倒を浴びようが、そんなものは関係ない。


 土井の頬を両側から手で挟み込み、無理やり顔を上げさせる。


「そんな物騒なことしねえよ。あれだ。ナンパ。ナンパでいいよ」

「……好みじゃないので」

「あ、そ。んじゃ、さらうわ」


 今よりも、まだまだガキだった。

 つい、最近の話なのに。

 必死過ぎて、もう自分が何を喋ったのか。

 今まで、ずっと忘れていた。


 手首を掴み、オレはスマホで近くのカラオケ店を探す。


「ちょ、っと。離して!」

「どうせ死ぬんだろ。だったら、その命オレに預けろよ。せいぜい、暇つぶしに使わせろよ。バカ野郎」


 なんで、オレ。

 あんなに怒ったんだろうな。

 本当、頭に血が上ったもんな。


「声出しますよ」

「出すなら、店に着いてからにしてくんね?」


 土井は警戒心MAXで、唇を噤んでいた。

 オレに鋭い目つきを向けて、今にも噛みついてきそうだった。


 力じゃオレには勝てないと悟ったのか。

 ぐいぐい引っ張っていると、途中から諦めたように大人しくなった。


 そんな感じで、カラオケ店に入った。

 実は、カラオケというものを生涯やったことがなくて、オレはかなり戸惑った。


「え? ドリンク? え?」

「……ワンオーダー制なので。部屋に着いてからですよ。性犯罪者」

「へぇ~~~~……」


 カッコつけた手前、何も知らないオレは、すぐにメッキが剥がれていく。初めからカッコ良くなんてなかったけど、今思えば、オレも土井も、無理をしていたのだろう。


 初めて入った店内では、土井の方が落ち着いていて、オレの方がキョロキョロと見回す感じだった。

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