第16話 『超克の教団』
僕は病院ロビーの高い天井を呆然と見つめていた。
白くて斑点みたいな点々のある天井、別に見たくて見てるんじゃない。僕のリンカーにして自我を持った存在『ヒカリ』の視線が痛くて目を逸らしているだけだ。
そうしている間、自然と脳裏に過ぎる。昨晩の戦闘だ。それを反芻する度、自分の罪の意識に奥歯を噛み締めてしまう。
*
──昨晩の戦闘──
真秀呂場だったものが横たわり、その横で僕は手をついてえずく。体が震える、白いセーラー服が泥まみれだ。……最悪の、気分だ。
「『ドグラマグラ』。……お前、何を考えている」
ルビィさんが憎らしげに呟いた。
その声が現実に引き戻す。まだ敵は眼前に迫ろうというのだ。次は僕が殺されるかもしれないのだ。
胸の奥底から込み上げる恐怖を再自覚し、大慌てで体を起こそうとするも腰が抜けて尻もちをついてしまう。スカートを引きずりながらでも手をついて後ずさる。
「タマキ! ……逃げるならそっちじゃないわ。廃ビルの方へ、背中を預けて後退するのよ。いつもの冷静な分析で、見るの」
そんな僕を守るように、リンカーであるヒカリがその三頭身の体で毅然と前に立ち、後ろへ指を向けて構えた。
僕は全身に電気が奔り、その反射速度で後方を見る。包帯で顔を覆う、白く細い肉体のその存在。気配もなく、脈絡もなく、突然どこからか現れ、その細腕からは考えられないパワーで真秀呂場を背中から貫き始末した。そう、第3の敵リンカー……!
「ニンヒト!!」
悲鳴同然に叫んだ『ニンヒト』。敵リンカーに向けて放たれた3本の光は、しかし。敵リンカーが手のひらを片手だけかざすと、その全てが飲み込まれる。
消された!? ……!? 何をしたんだ今、いいや右手をかざした!?
包帯の隙間から除く口元が、裂けてるのかと思わせるほどにパクりと歪む。ギョロリと見開かれた白い右眼が、ルビィさんへ視線を向けた。
『勘違いするナ。流れノ中デ目的ガ変わっただけダ』
「それは貴重なリンカー能力者を始末するほどだったのか?」
『貴重? ハッ、道具ヲ扱うかのようなその物言イ。感情ヲ持ち合わせるのが人間であリ、感情ヲ持つ故ニ反発ト対立ガ起きル。この少年ハ果たしテ、君ノような人間ニ従ったかナ……?』
リンカーは嘲笑いながら、自らの頭上に手を振りかぶる。手の動きと共に、リンカーは手品で消えるように姿を消した。
ルビィさんは肩を竦め、アサルトライフルをコンクリート片に戻してパラパラと砕く。リンカー能力を解除したのだ。
戦闘態勢を解いた彼女が静かに歩み寄る。だがさっきまで命のやり取りをしていた相手を警戒しない筈がなかった。
僕とヒカリが殺気立って構えているのを見てか、ルビィさんは5メートル程の遠い距離で立ち止まり、話を始める。
「我妻 タマキさん。これは注意喚起だ。明日の夜、決して桜川病院に近寄るな。特に天道
天道さん──!?
「お前ぇっ……! 何が目的でこんな事を……!?」
「私達には私達の目的がある。その通り道に、君が立ち塞がってはならない。これ以上怖い思いをしたくなければなおのこと。いいね?」
「何を善人ぶってんだぁ!! この人殺しぃ!!」
怒声を飛ばした僕だったが、耳を貫かんばかりの銃声に体を縮こまらせ「ひっ」と短い悲鳴を漏らす。威嚇射撃だ。ルビィさんは真上に銃口を向け、ハンドガンを撃ったのだ。冷たい瞳だった。
「注意喚起と。……優しく言ってあげたんだけどね。これは警告だ」
「言ってる事とやってる事が真逆ね。もっと優しいやり方で教えてあげられないのかしら?」
反論するヒカリ。その彼女の言動、というより怯える僕と見比べ、毅然とした態度である事をルビィは訝しみ、視線を向ける。
「意思を持ったリンカーか。それ自体は珍しくはないけど。……うん、『ドグラマグラ』が興味を持つワケだ」
「ヒ、ヒカリにはっ! 手を出させないっ!」
「君のリンカーだろう。まさか自分の武器に同情を?」
「ヒカリは武器じゃ……!」
「タマキ。コイツとの会話をやめなさい」
それっきり。ルビィさんは踵を返し、ティナは何も言わず、感じず、ニンフェア義姉妹は立ち去る。
「うぅっ……! クソっ、ちくしょぉぉぉぉぉ……!」
その目に光宿らぬ友人の亡骸を見つめ、再び嗚咽を漏らして、涙していた。
*
「タマキさん」
座った状態からちょっと上を向くと、ちょうどその人物と目があった。身長140センチ程の女警視、再寧さんだ。
左の手のひらと腿の痛みを軋ませて立とうとするところを、再寧さんはやや焦って制する。
「おいおい、そのケガでムリに立たなくていいんだ。私は君の上司でもないんだから」
「……すみません」
僕を座らせ、再寧さんはその隣りに腰かける。低身長だけどさすがにロビーの小さいイスでは足が届くみたいで、指を組んで膝の上に乗せ前のめりになる。
「警察が通報を受けた時は無論、何かが起きた場合だが……君の場合は、大事件を持ってくるな」
「ホントにすみません……」
「いや、私の方こそすまない。責めるつもりはなかった。むしろそんな事に巻き込まれてよく頑張ったと褒めたいんだ。口下手で申し訳ない」
なんで再寧さんを謝らせてるんだ僕は。……気まずい。
キョロキョロしてなんとか会話を探すと、その内容に口篭りながら言葉を紡ぐ。
「……あの、一応その、真秀呂場は……」
「……。残念ながら」
「すみません……」
「なぜ君が謝る」
「だって……ああ違うんです、そもそも再寧さんに聞くのだっておかしいんですけど、そうじゃなくて。……僕の所為で、1人の命をむざむざと奪わせてしまった。僕が殺したようなもので……!」
「それは違う。タマキさんとヒカリさん、恭二さんだって、命を奪おうとする輩に対して抗った。君は悪くない、明確な悪は、人の命を奪う理不尽を振るったその敵だ」
「……すみ、あっ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
ふと気づいた。再寧さんのこの言い方はもしや、1体、知らない存在がいるのではないかと。
「あっ、あの、その事で一つ」
「なんだ」
「確かに襲撃してきたのはその、ルビィ・ニンフェアさんとその義理の妹、ティナ・ニンフェアの2人です」
「知っている人物なのか?」
「あっ、ハイ。少し……」
「バイト先の客だったのよ」
「あっ、うん。けれど真秀呂場を……その、直接手にかけたのはその2人じゃないんです」
「……ほう」
再寧さんは顔をしかめた。昨日の今日の出来事だったので詳しく話せていなかったのだ。
僕は続ける。
「リンカーが現れたんです。僕の背後に、いつの間にか出てきて……。妙なのはそこなんです。僕はニンフェア義姉妹と交戦中だった真秀呂場とたまたま遭遇した。そのリンカーはそれまで戦闘中も姿を見せなかった。出てくる機会はいくらでもありながら、むしろ僕らがピンチになった時に姿を現した、僕を狙うようにして。そのクセ最後には真秀呂場を狙い、僕にはそれ以上手を出さなかった」
「……? 支離滅裂だな、行動が。タイミングも不可解だ。そのリンカー自体に意思はあったか?」
「意思? あっ、ハイ。けっこうハッキリと。それでルビィさんと話してました、目的が変わったとか何とか……」
「ふむ……。能力はどうだった?」
「多分『触れたものを消す』みたいな……。『ワープ能力』かも。それで『ニンヒト』のビームを手のひらで消したり、自分自身も消えたり。突然現れたのも多分それでかなって……」
再寧さんは唇に指を添え、考える仕草を取る。思うところは色々あるのだろう、彼女は言いたい事を定めて僕の目を見る。
「ともかく安心してくれ。突然現れたとかいうその能力……恐らくあのボンクラ探偵の事務所に出てきたのと同じリンカーだ」
「あの人のとこに出たのと? ……確か僕のリンカー能力を調べるのが依頼って、それと死の間際まで追い詰めろとか何とか」
「繋がってきたな」
「奴は『ドグラマグラ』と呼ばれていたわ。……どうかしら」
確信に迫りつつあるその話に、ヒカリも食いついてきた。名前という重要なワードに、再寧さんも頷いて反応する。
「君らと恭二さんで戦った、打田さんを覚えているか? 彼の話を聞くに、彼もまた同じリンカーと思しき存在と接触したと考えられる。私がここに来たのは、その『ドグラマグラ』に関する事だ」
再寧さんが顔を近づける。それに加え、まさに内緒話をするようにして、声をひそめていた。
「『
「……いえ、ニュースで聞く新興宗教って、どれも似たようなやつばかりで、ちょっと……」
「簡単に言ってしまえばよくあるカルト団体だ。だがただの一組織として放置する訳にはいかない、唾棄すべき邪教だ」
再寧さんは『超克の教団』の詳細について、長い説明を始める。
「カルトとは主に教祖を崇拝する団体の事だが、そう呼称されてるのは通りのいい言い方でしかない。教祖はなんと不明。20年ほど前、0年代初頭に設立されたとされるがこれも確かではない。無論、創始者も分からず教祖と同じか定かではない。信者も特定の誰かによる指示ではなく、漠然とした教えの下で動いているのがほとんど。その信者も大なり小なり職に就いている。突如発生し、宗教法人にも属していないながら社会に溶け込み、だから見分けがつかない」
「その、イメージなんですけど、そんな漠然としてる形だけの新興宗教ってまず無いですよね? 信仰されたいが為の組織じゃないんですかね……?」
「そうだな。自称教祖を名乗る者は過去幾度も現れた。無論、組織の超規模とは程遠い弱小集団が正体で、中には警察が乗り込んだ時点で全滅、恐らく粛清された跡だった、なんて事例もある」
「えぇ……? 何がしたいんですか、そいつら」
「うむ。目立つ犯罪は確認されてない。だが逮捕された信者の多くが、自分の幸福を謳っての暴力、強盗に密輸、話によると紛争にも関与しているという。指示役の正体も分からず終い。個人的な感傷の結果起きた、暴走した正義ごっこ、といったところだろうな」
「あっ、けど粛清に向かうとか、そこまで色々やってるのなら、何かこう、手がかりとか見つかるんじゃないでしょうか?」
「そう思うか? ああそうだろう、手がかりはある。だが現場の状況が尋常ではないのだ」
「……って、言いますと?」
僕は首を傾げた。とっくに察しがついているのに、認めたくない複雑さ、しかしながら詳細を知りたいという思いからだ。
「そうだな。ニュースで報道されてる中だと、死因が凍傷、目立った外傷の無い意識不明の重体、集団による犯行なんかがあるが──それぞれ真夏の廃倉庫が震えるほど寒く氷漬けで、破片になって散らばっていた信者。大量の足跡や汗などの証拠を掴んだかと思えば、劣化の見られない1800年代とか年代バラバラの靴跡や、尽くうん十年以上前に既に死亡した人物のDNAだったりとめちゃくちゃな痕跡。こういう現場だったのがほとんどだ」
「それって、やっぱり……」
「お察しの通り、リンカー能力だろうな」
教団についての説明が一度終わり、再寧さんは一息つく。
「そして──打田さんは最近、その教団と接触したのだ。『ドグラマグラ』と名乗るそのリンカーをきっかけに!」
そしてようやく掴めたその糸に、興奮を隠しきれずさらに詰め寄る。
「『ドグラマグラ』は、これまで私の先輩も追ってきた教団の活動の中でついに掴んだ尻尾だ。リンカー越しに指示を出しているのも教祖、あるいは幹部級だから正体を隠していると睨んでいる」
「あの、尻尾切り、としたらボスだとは考えにくいかもですね」
「酷いこと言ってくれるじゃないか」
「あっ! いやその、すみませんっ!」
「いい。シビアに現実を捉えているのは、不測の事態に備えられるメリットだ」
再寧さんがイスからスクっと立ち上がる。話を切り上げようとばかりに背を向けて。
「私は『ドグラマグラ』を追う。君を狙わせはしない」
言葉を探し、僕は再寧のその小さな背中に言葉をかけるのだ。
「……あの、人任せにするつもりはないです。あっ、その、けども、敵のリンカー能力を、僕の見解で教えておきたいです、ハイ」
「ありがとう。君にできる事をやればいいだけだ。それが私達にとって大いに助かるのだから」
子どもを諭すような微笑みを向け、再寧さんはそのまま何処かへ行ってしまった。
ポツンと取り残されてしまった。
膝上にちょこんと乗っかっているヒカリが、見上げる体勢で見つめる。
「それでタマキ? ……どうするつもり。再寧さんには威勢のいいとこをちょっと見せてたけども」
「まずは再寧さんにニンフェア義姉妹と『ドグラマグラ』のリンカー能力を細かく教えなきゃ。連絡先は交換してあるから、レインで情報を……」
「人任せにはしないって。それはどういう意味で言ったの?」
スマホを取り出すその手が不意に止まる。僕の胸には不安の色が渦巻いていた。
「……頼りたいのは当然だ。怖いのだって当たり前だ。友人が1人、目の前で殺された。正直、知らんぷりして逃げたいし、警察に任せるのは当然なんだ」
「そうね。……死んだら元も子も無いわ。私はアナタに死んでほしくない、当然ね。アナタがぷらなに言ってたのって、そういう事だもの」
あぁ、そっか。その話になるよな──。
「……そうだけど、そうじゃない、かも」
「どういう事?」
「僕が天道さんにあんな説教くさい事言ったのは、自分の実体験というか、なんというか……あっ、ヒカリには知って欲しい事だから、聞いて欲しい、かも」
ヒカリはわけが分からないという顔になった。だけど僕の真剣な意識、その目を見て静かに頷くのみだ。
僕は場所を移すため、ロビーのイスを立った。
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