第14話 3人でヒーロー

「タマキ伏せなさいっ!!」

「『ロード・オブ・ザ・スピード』っ!!」


 ヒカリが叫んだ。真秀呂場が能力の名を叫んだ。瞬間、傘が雨の中に落ちる。僕の持っていた傘だ。気づくと背中が一気に濡れていて、肩アーマーがヒビ割れた真秀呂場と共に、コンクリート片を壁として雨風を凌いでいた。


「……はっ! 真秀呂場、今リンカー能力を!?」

「関係ねーよ。2秒もあれば充分だったぜ!」

「あぁいやそうじゃないや、つまりその、攻撃されてるじゃないか、誰か、分かんないけどとにかく、また恨みを買ったんだかなんだか……」

「かもな。家まで襲ってきやがってチクショー。けどお前らにゃ関係ねぇ。売られたケンカは買ってやるってもんだ!」

「こんなのケンカじゃないっ!!」


 我先にと行こうとする真秀呂場を引き止める。……思わず、怒鳴ってしまった。その真秀呂場は驚いた様子だ。


「あっ……大きい声出してゴメンなさいすみません調子に乗って」

 クソっ、何やってんの僕は! 勝手にこんなとこウロウロして、助けられた癖に偉そうに指図して! 自分勝手ったらありゃしない……!

「……ありがとよ、心配してくれて」


 僕を見兼ねてか? 奥歯を噛み締めて萎縮する僕を見て、真秀呂場は肩を竦めて頬を綻ばせた。


「……心配なんて、してる訳がないだろ」

「ツンデレかっ! いーんだよ、うんうんなんだっていい!」

「ツンデレって、僕に全然似合わないステータスで……」

「ともかくオレはもう何度もお前に助けられてきた。今度はオレが助ける番なんだ。だから、逃げてくれ!」

「助けられてきたって……」


 ──助けられてきた、だって? お前が、僕に? 僕は今まで真秀呂場を助けたいと考えたか? コイツは僕を助けたいって、そういって手を差し伸べたのに。対して僕は義理人情を感じてきたか? ……なかった、そんな事は。


「僕の方が──」

 だからこそ──。

「お前にいつもいつも、助けられてるじゃないか!」

 いま僕はお前を守りたいんだ──!


 気づけばヒカリを持って立ち上がっていた。一つ深呼吸をし、雨に打たれる世界を見渡す。その様子に真秀呂場は察しがついているみたいだ。

 ──外へ出る。何処に敵がいるかも分からない外へ!


「おい、何やって──!?」

「ニンヒトっ!」


 *


 突如、何処ともつかぬ方向へ放たれた真っ直ぐな光ニンヒト。夜の暗闇にあって目立たない筈がなく、それは敵にも確認されていた。

「なんだ? 今の光は……」

 声は女のものだった。落ち着いた低い声だ。その敵は、予想外の光景に目を眩ませる事となる。文字通りの意味で、だ。


 *


「ヒカリ、光量だけを集中させて!」

「分かってるわ。繋がりで伝わってる!」

「ニンヒト!」


 続けて唱えた『ニンヒト』は、いつものレーザービームではなかった。カメラのフラッシュのように瞬き、闇の中を眩しく照らす光だ。それが一側面に向けて強く光ったのを確認し、すぐさま戻る。


「こっちだ、真秀呂場! 能力は無くていい!」

「い?」

 真秀呂場の手を取り、開きっぱなしで地面を転がる傘を途中で一発蹴って、急いで別のコンクリート片へ引っ張る。走りながら叫ぶように話す!

「お前はいつも僕に手を差し伸べてたんだ、僕がそれに気づかなかったんだ! それを、それを今、気づいた!」


 移動し終え、僕らはしゃがみこむ。真秀呂場は息を切らせて肩を抑えながら、何よりの疑問を投げかける。

「それはいいけどよ〜、今の何やったんだ? 光らせたら場所バレね? 今危なくね!?」

「逆だ、場所はとっくにバレてた。敵は狙撃してきた、スナイパーだ。こっちの場所がバレてる以上、グズグズしてたら遮蔽物のスキを狙われるし、向こうはとっくにさっきの狙撃場所から移動し終えていた頃だろう」

「移動? スナイパーって同じトコでじっとしてるんじゃねぇのか?」

「弾丸を撃ったら、その方向から撃たれたってコッチは分かる。お前、肩を撃たれたろう? それを見てお前の身長、肩のアーマーの割れ方とか傷の角度を考えて、おおよその方向と位置を予想できた。アッチの廃ビルの3階ぐらいだ」

「え、スゴッ」

「そして、スナイパーはとにかくかくれんぼ勝負だ。死角からの狙撃によるプレッシャーを与えるのが特に脅威なんだ。だから尚更同じ場所に留まる理由はない」

「じゃあさっきのピカっ! は何だ! 1回撃ったのもちょっとよく分からん!」

「走光性……は一旦いいや、閃光弾みたいな事さ。コッチの居場所がバレてるのならばむしろ、注意を惹き付けてから目眩しをしたのさ」

「……なぁ~るほどな。全部理解したぜ」


 勢いついたままに僕はガシッ、と真秀呂場の頭もといヒーロースーツの『フラッシュマン』を掴んで額を寄せた。目は真っ直ぐ、真秀呂場の細い目に向けていた。自分でも驚くほどの、自信が湧いてくる。


「いいか真秀呂場。僕らは敵の正体が分からない。しかも不意打ちを得意とするスナイパーときた。焦っちゃいけない、あくまで冷静に、クールに判断しなきゃバンっ! 頭を撃ち抜かれる」

「なんか、テンションたけーな?」

「よぉ〜しいい調子だ『フラッシュマン』。着眼点がとってもクール。お前に合わせた僕がバカみたいだと思えるぐらいクールだチクショウ」

「オレってそんなテンションぅ〜?」

「作戦会議は終わったかしら?」

「ごめんホントごめん話を長引かせたのは僕です」


 会話に参加せずひとり寂しく周囲を警戒していたヒカリは痺れを切らしてた。ごめんね……。ヘコヘコと頭を下げよう。

 咳払いし、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


「改めて……。勝つぞ。3人でヒーローになるんだ」

「最高の作戦ね」

「……お前ら、最高の相棒じゃんかよ!」


 気持ちが昂る真秀呂場。頭一つ小さい僕と、さらに小さい三頭身のヒカリの肩をポンポン叩く。仮面部分を解除し、満面の笑みを向けて。


「いいぜ! 我妻、お前のブレインは最高だ! そしてヒカリちゃん。オレのヒーローに命を預ける。光の道しるべを灯してくれ! オレはその光を往く!」


 *


「ティナ、無事か?」

「うん、ねえさん」


 廃ビルに2人の陰が蠢く。ブロンドヘアーにセミロングの女性と、銀髪褐色の少女──ルビィとティナのニンフェア義姉妹だ。2人はしゃがみ込み、壁の影に身を潜めている。今朝と同じ、闇に溶け込む黒い服装だ。


 ルビィの手には、P90型アサルトライフルを模した銃にスコープを取り付けた物。タマキらとの距離は50メートル程で、近距離での銃撃戦も想定した上で狙い撃つには充分な装備だと考えられる。

 対してティナの装備は、双眼鏡を手に持ち、サバイバルナイフを腰に携えている程度だ。白兵戦を想定した上で観測手も務めているのだ。


「……ごめんなさい。今の光、見れなかった」

 ティナは俯いて謝罪をした。ポーカーフェイスのままである。


「うん、分かってる。お前の能力で見れるのは『導線』だ。だから悔やむ事じゃない。取り返せる事なら尚更、『結果』に向けて行動あるのみだ」

「うん、分かった」

 ルビィは気を取り直させるように、ティナの肩を寄せる。


「それとだ。さっきまで1人を相手取っていたはずが、不意に強いフラッシュを発した。ここも予想外の点だ、私とて面食らってしまったよ」

「リンカー能力者が増えた。少なくとも2人」

「その通り。合流という目的があって逃げていたとは思えない。何故ならヤツは逃げていたところを、急にこのエリアに留まり探るように隠れ始めたからだ。作戦を立て始めたのだ。この時間、この田舎町。たまたま合流したのだろう。であれば1人と見ていい」

「じゃあ、どうする?」

「こちらも探るのさ。新たな敵の動きを」

「情報収集?」

「そう。お前の『Xファクター』ならその点を有利に進められる」

 語りながら、ルビィが右手に構えるライフルのグリップ、その指先から、いくつかの小石のような球体が重力を無視してコロコロと、銃身を縦へ横へと転がる。その球体には短く手がついていて、顔は格子状に覆われている。個体差の無い、均一の取れたそれらこそがそう、ルビィのリンカーなのだ。


「分かったよ、ねえさん」

 ティナの左眼青紫の瞳が銀色に変化し、眼から目元へかけて、さながら仏の眼のシンボルを思わせる模様が浮かび上がる。つまり、リンカー能力を発動したのだ。


 妖精のような小さい複数群体タイプ。本人そのものに宿るタイプ。タダの変わった客と思われたニンフェア義姉妹が、また新たなタイプのリンカーを持つ能力者として、タマキたちに襲いかかろうとしているのだ!

 能力の詳細、敵の正体! 未だ不明!


 *


 パラパラと降り続ける雨が、子どもがかくれんぼするのに使えそうな大きいコンクリート片を打ち付ける。僕とヒカリ、真秀呂場は事実、敵から隠れる為にそこへ身を潜めていた。


 闇に溶け込み、暗雨を切り裂き狙う謎のスナイパー。『ニンヒト』で目眩しをした後、その場に留まっているのだろうか? それともこちらの位置を探って少しづつ移動しているのだろうか? それを特定するには?


 さっきからその思考を、刹那の内に反復していた。真秀呂場とヒカリを見て、顔を近づけ話をする。


「ここらでマトモな作戦会議をしたい。まず僕の考えなんだけど、これを見てほしい」


 ずっと摘んでいたのは、コルクほどの小石だ。ほんのりと赤黒く血が滲み、少しの光沢を帯びたそれを、1人と1体が見つめる。


「……なんじゃあコレ?」

「石……ね? こんなもの何処で拾ったの?」

「これは真秀呂場の肩に撃たれた……弾頭みたいな物、かな? まだ血が新しい。それがさっき隠れてたコンクリート片に転がってた」

「だんとう? よく分かんねぇけど銃弾じゃねーか。やだ~、物騒ぅ~」

「引っかかりのある言い方ね。スナイパーだと言ったのだから、ハッキリと銃弾だと言い切れないのかしら?」

「そこなんだ。僕はミリタリー知識に明るくないけど、にしたってコレはおかしい。なんだ。一から十まで全部がとは言わないけど、弾頭はだ。本当に当たり前の知識だ。その当たり前がコレには当てはまらない」

「そーゆー能力か? こないだのロボットみたいな発射する能力とか」

「にしてはキレイすぎる。タダの小石の耐久性で、あの距離から届く速度で、貫けもしない装甲に弾かれ地面に打ち付けられたのに、割れたりした痕がまるで無い」

「つまり、コレは能力のヒントね」

「スゲェ! 探偵じゃん!」

 探偵って言われるとヤな人思い出すな……!


「ま、まあまだ答えという訳じゃないよ。慎重に動くヒントさ。そこで偵察する為の、とっておきの作戦がある」

「「ほ~、それは?」」


 人差し指を一本、ピンと立てて言う。


「すっごい手抜きで能力を使うんだ」

「「…………はぁ?」」


 *


「ティナ。一つ細かな変化を見つけた」

「なに?」

 右目でスコープを覗き込みながら、ルビィはもう片方の目でティナを一瞥して話す。


 立て膝をつき、灰ビルの壁へ突き立てられたナイフを支柱に、広場へ向けられた銃身。固定されたそれが向けられた地点にあるのは、タマキが落として開いたままの折りたたみ傘だった。

「傘がどうかしたの?」

「観察さ。本日は雨。しかし物を動かすほど激しさはなく、風も弱く突風も吹かない。それをあの傘は、さっきと違う向きになっている」

「……敵が動かした?」

「恐らくね。横切ってそうなったのか、ワザとそうして撹乱しようというのか、それは定かじゃない。だから調べる価値がある」

「近くにいる?」

「可能性は高い。……いや、今それが確定になったな」


 ルビィが捉えた先に、人影が一つ横切る。鈍い光沢を照らす緑のアーマー。『フラッシュマン』の真秀呂場だ。落ちている傘を中継地点として身を隠し、すぐさま別のコンクリート片へ向けて真っ直ぐ走る。しかも物陰から顔を出してキョロキョロしている。バレてるなど微塵も思っていなさそうである。


「正解はただ横切っただけらしい。風を受ける内側方向から現れた。誰かと遭遇したようにも見えたが、陰からのバックアップも見られない。杞憂だったようだ」

Right右へ

 観測手ティナが示した指示は、細かく、しかし敵が顔を覗かせる位置とはまるで違う地点を捉えるものだった。素人目に見ても文字通り、的外れな指示のように思えた。


 真秀呂場が再びその身を現し走る。真っ直ぐで予測も簡単にできる、義姉妹のどちらがいつ判断して撃ってもいい状況。それを、何かを待つかのように硬直していた。


「当たらない……」

 しかし次にティナが発した言葉は指示ではなかった。『当たらない』という確信の言葉だった。

「ふむ。『当たらない』か? 見えるのは『導線』だ。『結果』は見えない筈、それが『当たらない』。その後で何か行動を取るのかもしれないな」

「かもしれないけど、消えるの」

「……消える?」


 スコープを覗いたその体勢を寸分も動かさないまま、しかしルビィは疑問を口にした。動じず、次の指示を出す。

「試しに撃つ。警戒を」

「うん」

 返事一つ、間を置かず反響する鈍い銃声。ルビィはすぐさま変化に気づく。敵の姿が一瞬にして消えたのだ。


「消えたな。能力の秘密が見えてきた。ティナ、移動す──」

Get down伏せて!」


 ティナが叫んだのと同時に、義姉妹は揃って砂埃を舞わせてコンクリートの床に伏せる。ガララン、と破壊の音が響き、壁や天井を砕いた。ルビィは確かに目撃した、それは『光』が破壊したのだと!


「さっきの光! 敵は確実に2人で構えてる! なるほど、それが能力だったか」

 ビームの能力、だとすれば。ルビィは一瞬、頭によぎった思考を冷徹に捨てる。


「ティナ、敵はどこから撃ったか分かる?」

「傘からだよ」

「いつの間に……いや、彼は『高速移動』の能力と聞いている。もしかすると周囲より速くなる何か……そうか『減速』か。さっきの移動自体がブラフだ、人ひとりは隠れられん」


 ルビィは一瞬だけ傘を一瞥し、義妹を率いてその場をすぐに去る。既にバレた以上、射撃スポットを変えるのは当然と言えた。


 *


「当たったのか!?」

「そうカンタンにはいかないわ」


 コンクリート片の陰から真秀呂場は、傘に隠れるヒカリに呼びかけた。僕もまた、2人に呼びかける。


「敵の位置はこれで確定した! 3階、右から4つ目の穴! 走るのが見えるぞ!」

「オイオイマジかよ……! 見えるぜ、動く影がっ! ネコみてぇに伏せて走ってるのがバレバレだ! 我妻の電撃作戦大成功じゃねぇかっ!」

「まだだっ! お前の能力で接近戦を仕掛けるんだ、僕らを連れて!」

「了解! 10倍で充分か!?」

「その通り!」


 *


 真秀呂場は嬉々として頷き、ものの10秒と経たぬ間にリンカー能力を発動する。彼の周りの景色がブレーキを掛けた車のように減速し、雨のシャワーが落ちていく水玉として視界に広がっていた。減速する世界の中で、ずっとビルの闇の中をムッと見つめるヒカリと、さっきまで彼を真っ直ぐ見ていたのに段々と斜め下に目を逸らすタマキを、それぞれ脇に肩にと抱えて廃ビルに向かう。時の流れが減速し、ゆっくり落ちる雨粒をその身で弾きながら、真秀呂場は一人考えていた。


 ──スゲェぜ我妻! コイツの言う通りにやったら有利に戦いが進んでる! オレのリンカー能力のヒミツにもすぐ気づいた──!


 *


 それは先ほどの『作戦会議』での事。


 タマキは人差し指をピンと立てたまま、得意げに真秀呂場に語った。


「さっき僕を助ける為にリンカー能力使った時さ、僕の体を動かしたろ?」

「何ヤラシイ言い方してんだよ!? ゴメンな触ったよ!」

「いやそうじゃないよ!? 僕はてっきりお前のリンカー能力は『高速移動』だと思ってた。だってそんな風に言ってるし」

「あー? 高速移動だったら何かダメなのか物知り博士」

「うん。もし高速移動だったら、その速さで動く物体に動かされたら、その分の空気抵抗を受けて僕は……そう、ヤバくなる。列車の中に乗ってれば平気だけど、その上に乗ってたら風を受けて倒れるシーン、映画とかで観たことないか? 全然真っ直ぐ立てなくなるの。あれの強化版」

「なるほど確かにヤバくなるな?!」

「だから気になったんだ。真秀呂場、リンカー能力を発動した時、どんな風に見えてるのか細かく教えて。自分が速いのか、周りが遅いのか。どう見えてるのか」

「あー? グネェ〜ってして、段々と遅くなるぜ」

「大事な事。お前のリンカー能力は『減速』だ。『時間減速』! 周りの速度を遅くし、その中で自分だけが元の速度通りに動ける! 特殊相対性理論に曰く、超スピードで動く物体から見ると、外の様子は減速ないし止まっているように見えるという。新幹線からの景色と考えてくれていい。相対速度だ。それは慣性、つまり『重力』の影響だ。その重力を歪めて減速できるのが真秀呂場、『フラッシュマン』としての能力だ! 周りからすれば高速移動に見えるけどね」


 真秀呂場は顎に手を添える。ちょっと考えて、そして「?」の疑問符をいっぱい浮かべた。

「あ~……あの、僕を助けた時に、2秒とか言ってたけど。あれは強気なジョーク? それともマジ?」

「そりゃあ大マジだ! このオトコ真秀呂場、テストの点数と人狼ゲーム以外で、ウソは言わねぇ! すぐバレるからだ!」

「後半はいい! つまりお前のリンカー能力はオンオフの融通が利く! するとどうだろう、能力の再使用はどうなる?!」

「なっ!? 何故分かる、そうするとある程度の連続使用ができるぜ!」

「そして重要なのは、1万倍の速度を例えば、千倍とか百倍に短くできるのか?! その場合の効果時間と再使用は!?」


 すると今度の真秀呂場は、同じように顎に手を添え、うぅ~ん、と車のエンジン音が如く唸り始めるではないか。やがて、納得したように頭をブンブンと縦に振る。

「……やっ、たコトねぇ〜!? つーか発想になかったっ! けどよォ、もし出来るんなら、そりゃあ息を止めなさいってのに息継ぎしていいような、それか持久走で歩いていいような楽さだぜ! きっと出来るし、減速時間やら再使用も伸びたり縮んだりぃ……ん、なんだ日本語どうなってる?」

「つまり真秀呂場は時間を操れてスゴイってことね」

「「そう、それ!」」


 ──ハッ!? ついに僕までもが真秀呂場と声を揃えてしまった! い、いや……別にいっか、うん──!


 タマキは頭をブンブン振って、真秀呂場とヒカリに怪訝な顔を向けられながらも作戦会議を続ける。

「さあここから本題だ! 真秀呂場には敵の位置を把握する為の囮になってもらう! 1万倍だと充分すぎる、というかオーバーだ、銃弾すらカメぐらいゆっくり遅く見えるだろう。ホントに1万倍ならね? だから100倍ぐらいで良い。接近戦を仕掛けるんだ。それなら僕らに分がある!」

「なるほどな……俄然、やる気出てきたぜ!」


 真秀呂場は思わずガッツポーズをする。さっきまで見えない敵に、無意識に恐れを抱いていたのだ。タマキに対して確実に強がりを言って見せてたのだ。


 *


 それが今、光明が差した安心感と自信に満ちているのだ!


 ──コイツは自分をダメなヤツだと思ってっけど、オレはメチャクチャスゲェヤツだって改めて思うぜ! 人のイイトコよぉく見て、活かし方も分かってる! 本人が分かってねぇだけで、他に無い我妻 タマキの長所、アイデンティティーだぜ──!


 *


 気づけば廃ビル入り口へ一気に近づいていた。お腹には硬い感触。真秀呂場の『フラッシュマン』の肩アーマーだ。


「あの、真秀呂場。肩がお腹に……ちょっと痛い……」

「あ〜? だって抱っこしようにも雨で一気に濡れちゃうぜ?」

「お気遣いどうも……」

 もう背中はズブ濡れなんですけどね……。


 ヒカリ共々真秀呂場に下ろされ、入り口から廃ビルの中をチラっと覗き見る。


 位置が分かって、こうして近づくことが出来て、それでも警戒は一切緩めちゃいけない。

「気をつけて。敵は多分、2人はいる」

「2人? スナイパーって孤高の戦士かと思ってたぜ」

「無くはないけど、基本的に2人1組だ。よく知られる狙撃手と、観測手。観測手にも役割は色々あるけど、主に双眼鏡を持っての風読み、狙撃に集中する為の護衛、そして交代だ。雨に加え夜という視界の悪さ。狙撃しにくいであろう廃墟という場所。こんな劣悪な環境なら、その可能性もより高いかなって」

「やっぱ詳しい」

「そうね、ミリタリーオタク……」

「全然です、全然。陰キャクソ根暗女がやる事ないから図書室に籠って」

「その謙遜、今はやめろ〜?」

 やめようマジでやめよう今は戦闘中、戦闘中……。


「逆によ〜、3人とか100人いる可能性はねぇか?」

「1人を相手に3人も出るのは大げさだ、考えにくい。100人いたらとっととリンチしに来てる。もっとありえない」

「ま〜真面目な解説ぅ」

「誰のせいだと思ってんだ」

「謙遜なくなっちったな〜」

 キレそう、コイツの不真面目さに。


「それにスナイパーがどうのこうばかりクローズアップしたけど、未だに敵のリンカー能力が判明してる訳じゃない。ただ銃弾に似た何かを撃ってきてるだけだ」

「警戒するに越したことはねぇってワケだ」


 *


「男子高校生の援護にしては、侮れない輩のようだな」


 3階の階段上で、ニンフェア義姉妹は武器を構えて下の階を覗き込む。階段を挟んで二手に分かれ、それぞれの死角を補っている形だ。ティナは構えたナイフの銀を闇から動かさず、静かにルビィに話しかける。


「けど狙い通り、誘いに乗った」

「ああ。優秀な指揮官を相手に、向こうに反撃手段が2つ3つとあれば、その芽を全て摘んでいく。ティナも接近戦の方が戦いやすいだろう?」

「うん」

「スナイパーなんて慣れない事、やるべきではないな。なら私もこの『アイアンメイデン』で、ちょっぴり彼らをおどかすとしよう」


 ルビィの持つP90形のアサルトライフルに、黒い球体がコロコロと転がる。ルビィのリンカー、その名は『アイアンメイデン』。複数個の小さなそれらは装着されたスコープへと向かい、まるでスコープをコースとしているかの如くその周辺を旋回し始めた。

『Build!』

 キンッ、ゴンッ。金属が打ち鳴らし合う音が響く。スコープの形が歪み、一通り鳴らし終えた時。それはレーザーサイトに形を変えていた。


「砂埃が雨粒で固まってきたな」

 錆びた鉄骨から滲む鉄分の臭いに、彼女は顔をしかめる。石に紛れてコロコロと『アイアンメイデン』は階段を落ちていった。

『Booby! Booby!』

「あのむせ返るような酷い臭いを思い出す……。硝煙と血の臭い、戦場の毒だ」

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