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「寛木君が、ウソを吐かない良い子だからだよ。キミの言葉にはウソがないのを分かってるから、俺はキミを信じて色々やってこれた」
「……そんな事を言うのはアンタだけだよ」
「じゃあ、皆が分かってないだけだね。でも、大丈夫。社会には色々な人が居るから。きっと分かってくれる人もいるよ。ミハルちゃんもそう」
コーヒーカップの縁をなぞりながら、俺は恥ずかしいのを必死に我慢して寛木君の目を見た。俺は、今どんな顔をしているのだろう。きっと、変に顔は赤くて、耳なんかは真っ赤かもしれない。
「寛木君」
「……マスター?」
好きな人の目を見るって、恥ずかしい。でも、幸せだ。
「君達なら、絶対に大丈夫。きっと上手くいくよ」
俺はダメだったけど。
と、心の中で付け加えた言葉は、もちろん口を吐いて出る事はなかった。
「え、なに。急に」
「ううん、急にそう思っただけ」
そうだ。こんな事、わざわざ言う必要なんてない。だって俺の失敗と、寛木君は何も関係ないのだから。
この店の責任は、全部俺にある。
「ねぇ、寛木君!今年の最終営業日、早めに店を締めるからさ。ミハルちゃんと三人で忘年会しない?」
「まぁ、いいけど」
「じゃあ、田尻さんが来たら予定が空いてるか聞いてみよ!まぁ、忘年会といっても店でコーヒーとかお菓子食べるだけだけど」
「ミハルちゃんは未成年だしね。そんくらいが妥当でしょ。まぁ、酒が要るなら、俺が買ってきてあげるけど?仕事納めだし、マスターも少しくらい飲んでいいんじゃない」
寛木君の提案に、俺は「あーー」と言葉を濁した。
なにせ、俺は酒が弱い。ちょっとやそっとじゃなく、かなり弱い。少し飲むだけでも、急に泣きだして情緒がおかしくなってしまうらしい。しかも、「らしい」という事からも察せられるように、記憶も残らない。
「えっと」
「なに?どうしたの?」
だから、コージーからは絶対に外ではアルコールは飲むなと言われてる、なんて言ったらバカにされるだろうか。そこまで思って、俺は思わず噴き出した。
「っふふ、いや。俺、酒飲むと変になっちゃうらしいから、お酒はいいかな」
寛木君には今更じゃないか。彼の前で、俺はどれだけ無様な泣き顔を晒してきただろう。
「変って……なに、どうなんの?」
「えっと、なんか。すごく泣くらしい」
「なんだ、いつもの事じゃん」
「寛木君の前ではね」
俺の言葉に、寛木君の眉がヒクリと動いた。
でも、ミハルちゃんが居るんだったら、あんまり無様な所は見せられない。というか、見せたくない。泣いてるのがバレていても、やっぱりそこは女の子相手だ。俺も小さいながらもプライドってヤツがある。
「だから、お酒はナシで。あ、寛木君が飲みたいのがあったら持っておいで。せっかくの仕事納めなんだから。無理してコーヒー飲まなくてもいいからね」
年末。仕事納め。
この金平亭をしっかりと納め切るのにこれ程良い機会はないに違いない。
「ねぇ、マスター」
「ん?」
「もし、ミハルちゃんがその日が無理って言ったら、どうする?」
寛木君からのサラリとした、でもどこか真剣な問いかけに、俺はジワリと頬に残った熱を感じつつ思案した。田尻さんが、もしダメだったら、その時は――。
「ふ、二人でもいい?」
その時はナシにしようとか、じゃあ新年会にしない?とか。
そういう一介の雇い主としての理性的な意見はどこへやら。自分の口から漏れた欲望まみれの図々しい提案に、羞恥心の波が一気に押し寄せてきた。
「あ、いやっ。あの全然、これは絶対のヤツじゃないのでっ!別にしなくても、いいやつだから!だから、その……!」
--------なんで、俺がマスターと二人で忘年会なんてしなきゃならないのさ。
なんて、一瞬のうちにリアルに生成された返事に、喉の奥がヒュッと音を鳴らす。そんな、ネガティブな想像に、俺が寛木君から目を逸らそうとした時だ。
「いいよ、その時は二人でやろ」
「っ!」
顔を上げた先には、顔だけでなく耳を赤く染める寛木君の姿があった。
「二人の時は、酒も買ってくるから。少しくらい飲めば」
「ぁ、えっと、でも。俺」
「別に、俺はマスターの泣き顔なんて見慣れてるから、今更でしょ」
「……う、うん」
揶揄うような口調なのに、どこか優しい。それに、寛木君の声もどこか弾んで聞こえるのは気のせいだろうか。
「じゃ、決まり。二人だったら、酒も持って行くから」
あぁ、勘違いするな。俺。
寛木君が好きなのは、俺じゃなくて金平亭だ。俺じゃなくて、俺の淹れるコーヒーだ。彼が必要としているのは、自由でいられるこの場所だ。
でも、それでもいい。
「うん、じゃあ、その時は二人忘年会しようか」
クリスマスに年末年始に、ともかく人の心がザワつくこの季節。少しくらい、浮かれる周囲に調子を合わせるのも許されてしかるべきだろう。
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