第5話 お風呂は義務

 どうして私は恋愛に縁がないのか考えてみた。

 一番古い記憶で、高校生のときはクラスメートに恋をしていた。彼氏がいたことだってある。

 けれども世相に基づくようなおつきあいじゃなかったかもしれない。お互いの誕生日を祝ったりクリスマスにデートとか、そういったことに積極的ではなかった。

 旅行に行ったことはない。このような例は「カップルの行事」のようなものだろうか。しなくては、いけないのだろうか。そう疑問に思うことすら、私だって世相やら偏見やら世間やらに、少しは染まっているのではないか。

 

 いつだったかの彼氏は、気づいたら別れていた。恋愛が面倒になっていた。

 男の人にどきどきはするし、一緒に遊ぶと楽しい。けれどもそこから先は、面倒くさいが先行してしまう。


 たぶん今まで私は、現実の男の人を見ていなかった。アイドルのルックスにほれぼれするか、SNS上で楽しいだけのやりとりをする。それだけで男の人と友達だと思っていた。ちょっと待ってこれ、危険な奴じゃない? 


 もっと現実を見よう。SNS以外でリアルな男の人といえば、会社の人だけだ。幸いこの会社は男女比率が半々だし社員数も多かった。


 社内恋愛も社員同士の結婚も多い。そうか、こんなに近くに異性がいたのだ。今まで私はなにをしていたのだろう。

 

会社内で男の人をよく見てみる。今まで意識していなかったけれども、結構みんな、女子に優しい。私が気づいていなかっただけで、他の女子は気づいていたのかな。だから恋愛に発展していたのだろうか。



神崎かんざきさん、部品室からこの部番持ってきて」


 上司に言われて私は部品室に向かう。

 部品室には担当の人がいて、部番を伝えてそれを受け取るシステムだった。たまにしか来ないけれども担当者はいつもと同じ男の人だった。

 前回と同じシステム同じ手順で部品を受け取る。ありがとうございますと言い、笑顔を作ってみた。そしたら担当の宮川みやかわさんも笑顔になっていた。


 笑顔は一番簡単に人との距離を縮めるってなにかで読んだのを思い出した。本当だったのかと、ふと思う。

 いつもならここで退出するのだが、これだってチャンスではないのか? そう思った私は考えるより先に言葉が出ていた。


「そういえば宮川さんって何歳なんですか」


 えっという顔をする宮川さん。けれどもすぐに答えてくれた。


「三十五です」


「あら、同じじゃないですか」


 私は驚き、つい自分の年齢も明かしてしまった。宮川さんも少し驚きつつも、私たちには同い年の仲間意識のようなものが芽生えていた。


 それから私は、毎日部品室に行く用事を探した。

 昼休み、食堂に向かうときに宮川さんを見かけたら話しかけた。

 いつしか、メルアドを知りたいと思った。宮川さんから、私にメルアドを聞いてくれないかと願った。



 お風呂は義務だと思っていた。一日の汚れを落とし、清潔にして、人前に出るための一種のマナーだと思っていた。私は毎日お風呂に入る。それが当然だと思っていた。

 けれどもそれは、自分の常識であって必ずしも他人の常識ではなかった。


 なにかで読んだけれども、お風呂は毎日じゃなくてもよいらしい。毎日頭や体を洗っているので、毎日洗わないと皮脂が浮き出てくるようになると、なにかに書いていた。それがにおいの原因になるとも。体が慣れてくると、数日おきの入浴でも皮脂が浮き出ることが少なくなると書いていた。


 けれども実際、数日おきに入浴しているという人に会ったことがないので真実は分からないけれども。


 あと、バスタオルは一人一枚が当然だと思っていた。洗う頻度に正解はないらしい。夏は二、三日使ったら洗濯をする。冬も結局、三日ほどで洗濯機に入れてしまうけれども。

 しかし同僚は、家族で一枚を共有し、毎日洗濯すると言っていた。その家はお父さんがいないらしく、お母さんと弟と共有していると言っていた。少し納得した。どうしてお父さんと共有するのは抵抗があるのだろう。同じ家族なのに。

 やっぱり私も世相やらに染まっているのではないか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る