第2話 仕事

 しばらくすると私は異動になり、違う職場に配属になった。今度はスピードも意識して仕事をするようになった。


 この職場にはたくさんの人間がいる。装置もある。装置に部品を入れて動かして、製品を作るのが私の仕事だった。いわゆる現場。


 私はあくまで、装置が正常に作動しているときに操作ができるだけのオペレーターだった。ちょっとしたエラーなら解除は出来るが、装置自体に不具合が生じたときは、装置を直す専門の人に応援要請をする。


 今日はミニエラーが多かった。怪しいと思った矢先、エラーの解除ができなくなった。いくら再起動しても同じエラーが続く。会社用の携帯で担当部門に連絡をする。そこは保全課と呼ばれる部署で、若い男性が多かった。


 数分後、保全担当者が現場に到着する。職場の女子たちはそわそわしている。男性たちもまんざらではなさそうだった。


 早く装置を復旧しないと生産台数に影響がでる。私は定型文を使いあいさつをして、保全担当者で一番先輩だと思われる、一番年上に見える人に状況を伝えた。


 保全担当者にくっついてきた見習いのような若い男性社員は、私の職場の若い女子社員と笑い合っていた。そんな余裕があるのだろうか。先輩の保全担当者は真剣な顔で装置を見ていた。


 私は世俗せぞくには無頓着だった。なぜだろう。物心ついたときには「自分は何者か」と疑問を持っていた。少ししたら子ども向け哲学書がヒットして、私の疑問は正常だと知った。そこで自信がついたのか、私は好きなものに正直に生きるようになった。


 私は趣味が多かった。音楽、本、ゲーム、アイドル。気分が上がるもの、面白いもの、キラキラしているものが好きだった。自分が好きなものを常に近くに置いていた。いや、好きなものに囲まれている自分が好きだったし安心していた。

 私はいつも、好きなものに触れていた。そうやって自我を保っていた。


 中学生のとき、派手なグループの女子たちに、次々と彼氏ができた。

 高校生になると「〇〇さんはもう経験済みだって」なんて噂が聞こえてきた。

 社会人になると、みんな合コンばかりしていた。

 私はいつも、一人で趣味を楽しんでいた。一人でアイドルやバンドのライブに行き、現地で仲良くなった仲間が増えてゆく。時々打ち上げに出て朝まで語り合ったりした。好きなものを好きと、堂々と言える人間だと自負していた。

 

 それなのに、このもやもやはなんだろう。自分の信念は揺るぎないものだと思っていた。自分が楽しく過ごせればいいと思っていた。

 周りが何を言っても、「私が」好きで楽しければそれが正解だと思っていた。


 気づいたら、先ほど若い女子社員と笑い合っていた見習い男性社員は真剣な顔で、先輩担当者の後ろにいた。先輩担当者は、見習い男性社員に教えながら作業していた。


 三十分ほどしたら装置が復旧した。起動して数分間、正常に作動することを確認して保全担当者は「大丈夫だと思いますよ」と言った。

 私はお礼を言い、仕事に戻る。


 保全担当者は全員、若い女子社員と笑いながら話をしていた。急ぐ仕事はないのだろうか。

 装置は大丈夫だと言われたし、いま急いで部品を補充する必要もない。だから私が、あの輪に入っていたとしても仕事に影響はないのだ。

 けれども私には、そういうことはできない。

 

 私とあの若い女子社員の、なにが違うのだろうか年齢以外に。

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