08 決意

「ごら、く……? ダンジョン、が……?」


驚愕から、上手く口が回らなかった。

男を見上げる。

始めから訳の分からない男だとは思っていたが、今ではまるで理解できない生き物のように見えた。


「ああ、そうだ。マザーは最初にこう仰られた。「私の愛しい子供たちよ。貴方達が仕えるマスターとともに、人々を楽しませ、喜ばせるダンジョンを作りなさい」と。俺達はダンジョンを訪れる人達を笑顔にするために生み落とされたのさ」


男の主張は何一つ分からない。

確かにダンジョン攻略を楽しむ探索者もいる。いるけれど、それは職務を楽しむ感覚の方が近い。

迷宮に挑むものは皆命懸けだ。

ダンジョンモンスターに殺されれば死ぬ。罠にかかれば死ぬ。迷って出られなくなれば死ぬ。

常に死と隣り合わせである探索者は迷宮資源を獲得し、国に対して利益をあげることで得られる見返りがあるからこそ成り立っている。

探索者の多くは成り上がりや栄光、富や名誉を求めるものが多い。彼らにとってダンジョンとは目的ではなく手段だ。そのために、死に物狂いで探索者資格を獲得する。

だというのに、ダンジョンが娯楽施設? 人々を笑顔にするために作られた?

そんな風に言われて、素直に頷けるわけがない。

だが、男が嘘を言っているようには思えない。そもそも、この状況でそんなウソをついたところで何の意味もない。

それに、この男は自分をダンジョンの管理人格と言っていた。未だにそのあたりの真偽は確証されていないとはいえ、そういった被造物は真実のみを口にし、決して嘘はつかない。

だとしたら、ダンジョンと言うものは本当に娯楽のために作られたものなの?

そうだとしたら、そもそも前提からダンジョンはおかしくなってしまう。


「なんだマスター。そんな驚いたような顔をして」

「そりゃあ、驚くわよ……。少なくとも、私が知ってるダンジョンはそんな場所じゃないもの」

「はあ?」

「私は一応迷宮探索者よ。ダンジョンには数えきれないくらい挑んでいるけど、世間的にはダンジョンをテーマパークだと扱ってるヒトなんて一人もいないわ。それに……」

「なんだよ、その迷宮探索者って」


不快気な表情を浮かべながら、男が私の話を遮ってくる。

話の腰を折られたことに辟易しつつ、私は男の疑問に答えた。


「ダンジョンに入ることが出来る資格を持ってる人のことよ」

「はああああ!? 資格って……。なんだそれは! ダンジョンに入るのに資格が必要なのか!?」

「……そうよ。ダンジョンは国が管理していて、その国の国民で、さらに国家資格を取得した人間しか入れないようになってるの」

「なっんだそれは! ふざけるな! ダンジョンの基本原則に違反している!」


男の怒りの叫びはここにはいない誰かに向けられたものだった。まさかこんなに食いつかれるうえに怒りだすとは思っていなかった男の剣幕に、私はすっかり圧されてしまった。


「おい、それはどこのダンジョンだ。誰のダンジョンだ?! まさかその事態を把握していないのか? そんなずさんな管理をしてるのか!」


怒号とともに、彼の背後に投影写板プレートが展開する。そこには世界地図が映し出され、いくつかの光点がタグ付けのように添えられた文字とともに表示されていた。


「今稼働しているダンジョンは……全部で13人か。第2迷宮『エデュキュイア』、第9迷宮『サソリの火』、第21迷宮『インスマンス・ヒュージー』、第27迷宮『不夜城バックルベッド』、第46迷宮『不帰の孔』、第54迷宮『無限十字交差路』、第63迷宮『ファジーヌ不沈船』、第65迷宮『ナナナナナナナナ』、第69迷宮『ジョエルの迷宮』、第73迷宮『男子禁制精霊お断り』、第78迷宮『永久究極幻想混沌聖域開闢審判森羅万象大神殿』、第81迷宮『千の刃』、第99迷宮『アングリア』。……おいマスター、あんたが言ってるのはどのダンジョンのことだ!?」

「……私が攻略していたのは無限十字交差路だけど、そこ以外でもどのダンジョンもみんな変わらないわよ」

「よりにもよってすぐ隣の奴か! クソが!」


男が怒涛の勢いで揚げた名前に、私は全く別の理由で驚いていたが、話が脱線するのでひとまず口には出さないでおく。

それより、今こいつはダンジョンを13ヶ所や13個ではなく13人と言っていた。つまり、他のダンジョンにもこいつと同じように管理人格が存在するということなのだろう。

……だとすると、余計つじつまが合わなくなる。


「意味が分からないぞ! ダンジョンは全ての存在に余すことなく区別なく解放され、あらゆるものを楽しませるためにマザーが産み出したものだろうが! しかも、ダンジョンを国が管理してるだあ?! バカ兄弟どもが、一体どうなってるんだ!」

「盛り上がっているところ悪いが、話がずれているぞ。僕はほかのダンジョンで何が行われていようが興味がない」


怒りに声を荒げる男に対し、星霊様が静かに割って入る。まあ、星霊様からしたらそういう意見になるのも仕方がないだろう。

というより、星霊様の圧迫感がすごいので何とかしてほしい。私は今すぐにでも気を失いそうなくらいだ。


「ダンジョンがどういうものかは理解した。星の命を使ってそのダンジョンを作ろうとしているのもわかった。だが、僕が捕らえられたのはどういうことなんだ? 話を聞く限りでは、僕の状況は君が言うダンジョンの趣旨と反しているようだけど?」

「……何も反していないだろう。ダンジョンが生物を捕まえるのはダンジョンの駒として利用するためだ。あんたはダンジョンにやってくる来場者を妨害する障害になるんだよ」

「ほう。そうか、そうか」


星霊様はその説明で納得したようだった。

……正直、私はこの方が何を考えているのかが一番分からない。

こんな状況になってしまったのは余りにも恐れ多いが、だからといって星霊様を解放したら私を殺すのだろうか。

そもそも、解放できるのかもその手段も私には分からないのだけれど。


「ライラライラ。君はどうだ」

「えっ?」

「君がこのダンジョンの主なんだろう。今までの話はダンジョンそのものであるこの自動人形の言い分だ。主である君はいったい何のために、ダンジョンを造り出す」


突然話を振られて、返事に窮する。

私はいきなりこのダンジョンの主になれと言われたばかりの身だ。何をしたいかなんて、そんなのあるわけがない。まあ、星霊様はそのあたりの事情を分かっていないのだろうから、こんな質問をされても仕方はない。


……でも、それじゃあダンジョンマスターを押し付けられた役割だからと投げ出したいかと言われたら、それもまた違う。

ダンジョンの探索者を辞めさせられ、生きる意味を見失って、自分の願いすら投げ出しそうになったけど、私の夢はまだ終わっていない。

ダンジョンのマスターになれば、今までとは形は違ってしまうけれど、だからこそ見えてくるものもあるはずだ。

そうすれば、私が追い求めた答えにたどり着ける日が来るかもしれない。


私は立ち上がると、いまだに不機嫌そうな顔をしている男に向き直る。

不思議だ。

ついさっきまでは死んでもいいと思うくらいに落ち込んで、現実逃避するために浮かれたふりをしていたのに、今はかつてないほどにやる気がみなぎっている。


「ダンジョンはテーマパークだって貴方は言ったわね。でも、この世界にテーマパークのダンジョンなんてない。だったら、本当に作ってやろうじゃない」


それに何より。

私からダンジョンの資格を理不尽に奪った迷宮庁の連中を、ぎゃふんと言わせるというのも一興かもしれない。そのための道を、このダンジョンの化身だという男が教えてくれた。

だから、私は一世一代の賭けに出る。


「星霊様。私は私と夢破れた者達のために、ダンジョンを作ります。そのために、貴方の御力を貸してください」

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