召喚した聖女がなんかおかしい
酸性元素
竜王編
第1話 なんか違う
それは、戦場だった。
誰とも知らない血肉を踏み、誰とも知らない命を狩る。誰が始めたのか、どう終わらせるのかもわからない、そんな世界。
彼女もまた、そうだった。ひたすら殺して、生き残る。生き残っては、また殺す。その繰り返し。そんな輪廻に飲まれていった。
王宮の隣に立つ、魔導士たちの施設。
カリカリ、パタン。筆と判子の音のみが鳴り響く……筈だった。
「マナくん!こんな事もできないのかね!また数字がずれているぞ!」
男の叫び声があたりに響き渡る。
上司の怒号に、マナは思わずヒッと声を上げた。
「はあ…君、ここに来て何ヶ月だね?」
「い、1ヶ月…です……」
「だったら良い加減学びたまえ!」
上司は机をバンと叩く。
「見てあの子」
「ねー」
陰口が彼女の耳を指す。
いつの時代、どの場所でも行われてきた行為である。今回はその犠牲者が彼女だった。
「もういい、戻りたまえ。」
「はい…」
書類は丸められ、ゴミ箱に捨てられる。
「ダメだなあ…アタシ…」
目に涙を浮かべながら、書類を整理する。
王宮魔導士という仕事はここまで夢がなかったのだろうか。できれば研究職に就きたかったのに、今では研究書類の整理。
「現在、悪魔の発生及び悪魔契約者が増加し、聖女の召喚を悲願とし…」
書類の内容を思わず口に出して読み上げる。
「静かに仕事ができんのかね?!」
「ひゃあああ!すいません!」
マナは勢いよく頭を下げた。彼女の得意技だ。またもや周囲から冷笑が漏れた。
その後も、書類を倒し、破り、挙句は無くすという惨事だった。慌てて駆け込んだトイレの中、ぐすりと膝に顔を埋める。一体どうしてこうなってしまったんだろう。
魔導士と言っても、この世の中には魔法を研究する研究職と魔法で戦う戦闘職、書類整理の、名前もつかないような分野の3つがある。私が入りたかったのは1番最初のとこだ。
戦闘職ならまだしも、こんな、こんなとこになんて……。
マナは思い切り地団駄を踏むが、思い切り踏みすぎた反動で足を痛めてしまった。
「もういい…何もするな。」
帰ってきたマナに、もはや冷笑など上がらず、軽蔑の目つきのみが向けられていた。
仕事が終わり、魔導士達は研究施設の中央玄関に集められた。
こじんまりとした先ほどまでの作業部屋とは違い、そこは果てしなく清潔で、広々としている。
「我々は魔道と共にあり!」
階段に立った施設の所長が叫ぶ。
「我々は魔道と共にあり!」
彼女はやるせなく復唱する。王宮の魔導士は毎日これをやらされる。
「魔道の研究を永遠の悲願とし!」
「魔道の研究を永遠の悲願とし!」
「神のもとに生を成す!」
「神のもとに生を成す!」
神の像に祈る時間が始まった。
『研究させろ研究させろ……』
マナは目一杯神に祈った。
だが、当然叶うはずがないと知っていた。
「さて…我々が現在取り組んでいるのは?」
所長が魔導士らに問う。
「聖女の召喚です!」
魔導士の1人が答える。
「そうだ。聖女の召喚は絶対。彼女たちは神のもとにて召喚され、聖なる力を持って悪を討つ。訪れるとされる厄災のために存在する。これは国家としての悲願だ!なんとしてでも達成する必要がある!諸君が一丸となって取り組むように!」
「はい!」
耳にタコができるほど聞かされたこの話に、マナはうんざりしていた。
「はあ…最悪の日。」
ため息をつきながら、トボトボと彼女は家に帰る。
街のタイルでさえも自分を笑っているような気がして、マナはまたしても地団駄を踏んだ。
「………」
ぼろっちい家での一人暮らし。
家族は片田舎にいまだに暮らしている。
王宮魔導士の試験に合格した時は喜ばれたものだ。今の姿を見たらどう思うだろう。
昔から、何もできなかった。畑作業も何もかも。そうやって失態した時は、母や父にぶたれたものだ。
『何やってる!』
『あんたは邪魔だからどっかに行ってなさい!』
そうやって、暴力と怒号に身を任せる親が嫌いだった。ヒリヒリと痛む頬の感覚は、いまだに頭にこべり付いている。だから、魔導士になろうと決めたんだ。
「はあ……やるか。」
マナは立ち上がる。
召喚魔法。
降霊術の派生によって生まれた魔法。
使い魔を召喚する儀式である。
魔法の中では初歩中の初歩とされる。
床にチョークで魔法陣を描く。
本来ならば高度な魔法を使用する際に使われる魔法陣を、初歩の魔法で使用すれば、より良いものが生まれる筈。
陣が黄色に光り輝く。
コォォォォォ…
風が靡くような音が鳴る。
「…………」
だが、結局一切の変化はなかった。
「あーーーーー!なんで?!」
自分で言うのもなんだが、魔導士学校時代、筆記試験や魔法試験ではそこそこ良い成績だった。だがどうしてか、いつなのか、魔法が全く使えなくなってしまった。
こうやって毎日魔法の練習をしているのに、どうして上手くいかないのだろう。
召喚魔法だけではない。他にも色々やってはいる。しかし、やはり成功の兆しは見られない。
私に才能がなかったから?研究職に就けなかったから?色々な疑問が頭をよぎった。
「もう!なんか買いに行こ!」
マナは勢いよく家を飛び出した。
「あーらマナちゃんこんばんは。」
「こんばんはおばさん!あ、この前貰ったお芋、美味しかったです。」
「ああそう。嬉しいねえ。」
「なんか買ってかないかいマナちゃん!」
「遠慮しときます!」
この時間がマナは好きだった。仕事のできない自分とは打って変わって、ここでの自分は輝いているような気がしたから。
だからこの城下町が好きだった。
「なーマナー…」
店の下で落書きをしていた少年が話しかける。
「お姉ちゃんをつけなさいお姉ちゃんを。」
「だってもう18だろ?」
「ま・だ!18でしょ?!」
「どーでもいーけどさ…母ちゃんにゴミ捨ててこいって言われてんだよ。手伝って。」
少年は、鼻を垂らしながらゴミ袋を差し出す。
「そんぐらい自分でやんなさいよ!あんたもうすぐ7歳でしょ?!」
「だって重いんだもーん!魔法でなんとかしろよ!」
しょうがない、なんとかしてやるか、と腕を捲ったその時、とある1人の女が目につく。
「あっ……えっと……そんじゃさいなら!」
まずい、とマナはその場をそそくさと後にした。
「ふぅ……」
食材の袋を握りしめ、マナは自宅へ足を運んでいた。今日は少し奮発してしまった。太るかもだがやけ食いしてやる。
「あーらマナじゃない!」
「ゲッ!マルタ!」
マナは思わず後ずさった。こいつ、先ほど避けたというのにまた出くわすとは。
「あんたこんなとこで何してんのよー…あっそうだ!片田舎の庶民ですものね!」
「うるさいなあ……悪かったよ庶民で!」
嫌味なやつである。王宮魔導士の研究職に着く、生まれながらにして貴族の魔導士。思えば、学校時代から秀才だった。
「何それ?アンタそんなの食べてんの?きったないわね…そんなん食べてるからダメなのよアンタは!」
彼女が吐くいつもの嫌味は、今日ばかりはどうにも気に入らなかった。
「そんなに言わなくて良いじゃん…」
「は?」
「頑張ってるのに…そんなに言わなくて良いじゃん!」
マナは思わず走り出していた。
「ちょっと!待ちなさいよ!」
マルタの声を無視し、家に駆け込んだ。
この現状くらい分かってる。でも嘆いたってしょうがないじゃないか。
マナは枕に顔を埋め、泣きじゃくりながら一夜を明かした。
「あ………?やばい!やばいやばい!大遅刻する!」
まだ朝の朝はいつも早い。午前5時半から仕事に取り掛からなければならない。だがどう見ても8時台だ。
「はあ……もうだめだ。」
彼女はもはや焦ることすらせず、ゆっくり着替えをし、家を後にした。
「はあ……」
もう辞めてしまおう、魔導士など。あれだけ窮屈に感じた片田舎も、今では天国のように感じる。そうだ、農業でも営んで、適当な男と結婚して、そこで一生を……
「とはいかないよねえ…」
はあ、とため息をつく。
どちらにせよ、首を切られるのはほぼ確実だ。親に合わせる顔がない。
その時だった。王宮から爆発が突如起こり、巨大な地響きが鳴った。
「何?!……強化!」
マナは魔法で己を強化し、王宮へと走る。
「うわあああ!」
「聖女の召喚が失敗した!」
「悪魔が召喚された!」
王宮内には、悪魔と思わしき唸り声が響いていた。
「悪魔…?!悪魔っていうとあの…」
魔力を喰らい、魔力と共に生きる魔性の生物。魔力の量によっては最強の生物とも称される。
聖女の召喚と悪魔を取り違えるとはどういう事だ。
「はあ…はあ……」
血だらけの女が彼女の足に触れる。
ベチャ、と垂れた血の跡が彼女の足首にこべりついた。
「マナ……」
「マルタ…?!あんた…」
「やらかし…ちゃった……召喚陣を描いたの…私なの……」
「そんな…」
後方で衝撃が巻き起こる。
「まさか………!」
王宮から城下町を見る。
そこにいた黒い生物は、間違いなく悪魔だった。そうだ、学校時代に実習で見たあの姿。
だけどあれは下級のものだった。こんかいは……
蛇のように唸る、全長100mはあるであろうその姿。どう見ても上級だった。
「みんなが…危ない!」
マナは飛び出した。
既に城下町は惨状に包まれていた。
燃え盛る炎が町中を包み、誰かもわからない叫び声が周囲にこだましている。
「マナ…母ちゃんが…息してねえ…」
少年は母を抱き抱えながら彼女に近寄る。
「なあ…なんとかしてくれよ…魔導士なんだろ?!なあ!おい!なんとか言えよ!」
「あ…あ……」
何も答えられない。どうしたら良いかわからない。
そんな彼女を、宙を泳ぐ悪魔は捕捉した。
『あ……死ん…』
何が起きたのか、正確には分からない。気づけば吹き飛ばされ、壁面に叩きつけられていた。
『ああ…こんななのかな…アタシの人生…』
両手についた自身の血を眺めながら、彼女は思う。
「何よ…その目。」
満身創痍な彼女を悪魔は睨む。
「ふざけんじゃねえよ…助けろよ……!聖なる女だってんなら助けてみろよ!」
自身の血で魔法陣を描く。
当然、召喚なんかできる訳がない。
でも、無駄でもやってやる。
できないなりにやってやる。
「神の矛.神罰の羅生.我が心身をその身に捧げよ!」
詠唱と共に、魔法陣が光る。
「え?」
おかしい、光るはずがない。
予想外の現象に、彼女は困惑した。
ドウ、と巨大な魔力が放たれ、黄金色の光が周囲に瞬いた。
「よお、こいつはどういう事だ?」
黒く短い髪、迷彩柄の服。腰に銃をつけた女が、そこには立っていた。
「あ…え…?」
全くの未知の存在に、マナは更なる困惑に包まれた。
「ゴォォォォォォ!」
悪魔が雄叫びを上げる。
「あ?」
女は悪魔を睨みつけた。
怒り狂ったように体を唸らせながら、悪魔は2人を襲う。
「ひぃ!」
マナは思わず目を瞑った。
「ゴーゴーゴーゴーと…うるせぇんだよ!」
が、その瞬間、女の拳が悪魔に叩きこまれ、上空まで吹き飛ばした。
「え?」
「ありゃ?」
両者は共に唖然とする。
「なあ、この力はどういう…」
「アタシが聞きたいよおおおお!あ!また来る!」
悪魔は再び起き上がると、女に牙を突き立てる。
「よっ!」
女はその場から飛び上がり、悪魔の頭上に乗ると、腰についていた銃を乱射した。
「ガァァァァァァ!」
悪魔の頭部が吹き飛ばされ、脳が勢いよく噴出する。
「よっしゃあ!よく分からんが死ねぇ!」
女は悪魔の口内に飛び込むと、体内で銃を乱射していく。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおらぁ!」
悪魔の体が爆発し、周囲に内臓、血液が降り注ぐ。
「ふぅ……で、どういう事だ?」
「まさか…聖女?」
「はあ?!聖女?アタシにはエヴァ.メーリアンっつー名前があるんだが…ここは何処だ?!」
「や、やっぱり…別の世界から来たんだ…」
「は?」
「思ってたのと違う……なんか…思ってたのと違うううううう!」
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