恋物語 2024/05/18

 公園の池いる鯉にエサを投げる。

 何度目かもわからない恋の終わりには、いつもここに来てエサをやっているのだ。

 悩みなんてなさそうな鯉を見ていると、なんとなく安心してしまう。

 彼らは彼らなりに悩みがあるのだろうけども、やっぱりこうしてエサを貰う様子を見る限りは、悩みなんてありそうには見えない。


「はあ」

 彼には一目ぼれだった。

 たまたま道をすれ違った、名前すら知らない他人……

 一方的にこちらが認識しているだけの片思い。

 声をかける勇気もなくうじうじしていたら、いつの間にか彼に恋人が出来ていた。

 彼が女性と仲良さそうに腕を組んでいる姿を見た時は、持っていたカバンを落としてしまった。

 そのカバンを拾ってくれた彼との会話が、最初で最後の会話。


 始まる前に終わる恋物語。

 私の恋はいつもこんな感じだ。

 友人に言わせれば、鯉に恋――いや恋に恋するしているだけだそうだ。

 いっそ鯉に恋すればすべては解決するのだろうか。

 でも私泳げないんだよなあ……


 と、脳内漫才をやっても気分が晴れない。

 いつもなら気分が変わるのだけど……

 しかたない、追いエサをしよう。

 池の近くに餌の無人販売所があるのだ。

 

 だが珍しい事に、無人販売所でエサを買っている人がいた。

 驚いて固まっていると、向こうがこちらに気づく。

 顔を見れば、私好みのイケメンだった。

 一瞬で心が奪われる。

 一目ぼれだった。

「こんにちは」

 わお、声もイケメン。

 ますます、私好みだ。


「貴女も鯉にエサをあげてたんですね?」

「はい」

「僕も鯉にエサをあげていいですか?」

「どうぞ」

 せっかくイケメンが声をかけてくれたと言うのに、ろくに返事もできない……

 自分の口下手が憎い。


 そんな私の葛藤も知らず、彼は池の鯉にエサをやり始めた。

 私は他に何もせず、ぼんやりしたまま彼の横顔を見る。

 鯉にエサをやるのも様になるイケメン。

 あまりのイケメンぶりに輝いて見える。

 が、その横顔はどこかアンニュイだ。


 私の目線に気づいたのか、イケメンがこちらに振り返る。

「やはり分かりますか?」

「え?」

「実は、ついさっき恋人に振られまして……」

 なんだって。

 こんなイケメンを振るなんて、相手は何考えているんだ。


「僕、よく振られるんですよね……

 気迫が無いからって……

 それで振られたときは、いつもここにきて鯉にエサをやるんです」

 寂しそうに笑う彼。

 そんな彼を見て、私の口から勝手に言葉が出てくる。


「同じです」

「え?」

「私もさきほど失恋しまして、ここに鯉にエサをやりに来たんです」

「そう、だったんですか」

 こうして男性と話すのは何年ぶりだろうか……

 もしかしたら私の恋は、今度こそ進展するかもしれない。

 

「その、奇遇ですね」

「はい、奇遇です」

「……」

「……」

 だが会話はそこで途切れる。

 当然だ。

 彼とは初対面で、なにも共通の話題が無いのだから。


 そして会話の無いまま別れて、ずっとそのまま。

 二度と会うこともなく、私の恋は終わりを迎えるだろう。

 さよなら、私の恋物語……

 

「あの」

「はい?」

 油断していたので、声を掛けられて変な声を出す。

 まさか、私の邪な心を読んだか?


「一緒に鯉にエサをやりませんか?」

 彼の、私に向けられた言葉に意表を突かれる。

 まさか、デートに誘われたのか?

 もちろんOK――いや、すぐに受け入れても軽い女だとみられるのでは……

 私が答えに悩んで何も言わない事を、聞こえなかったと勘違いした彼は、もう一度言葉を紡ぐ。

「同じ失恋したもの同士、一緒に鯉にエサをやりましょう」

 まっすぐ私をみる彼。

 もう尻軽だと思われてもいい。

 ここで言わないと、何も始まらないのだ。

「喜んで」


 こうして私たちは、二人並んで池の鯉にエサをやる事になった。

 相変わらず会話は無いけど、ここまでやったんだ。

 連絡先くらいは聞いてみせよう。

 この恋、きっと成就してみせる。


 何度目かもわからない私の恋物語は、ようやく本当の意味で始まる。

 切っ掛けを作った池の鯉には感謝しないけないな。

 そう思って鯉を見るが、相変わらず何も考えていない顔をして、エサに食らいついているのだった。

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