誰もがみんな 2024/02/10

「 頭が高い控えおろう」

「「「「「ははー」」」」

 誰もがみんな、その場に膝をつく。

 無理もない。

 目の前にはあの水戸黄門様がいるのだ。


 若い時から様々な悪事をやった俺でも、膝をつくしか道は無い。

 かつて俺に悪の道を教えてくれた師匠も、黄門様だけには逆らうなと言っていた。

 それほどのお方だ。


 だが俺には一つ疑問があった。

 本当に『あの』水戸黄門なのだろうか。

 なるほど、疑うだけでも不遜であろう。

 でも本物であるかどうか、俺には全く見当がつかなった。


 黄門様(仮)一行に気づかれないよう、隣で土下座をする相棒を小突く。

「なんだよ」

 相棒は不機嫌な様子でこちらを睨みつける。

「あれ、本物だと思うか?」

「本物に決まってるだろ。印籠も持ってるし」

「そうなんだが、俺は本物の黄門様も印籠も知らない。

 あれが本物か偽物か分からないんだ」


 相棒は黄門様(仮)の方へ一瞬目線を向け、俺の方に視線を戻す。

「確かにお前の言う通りだ。あれが本物かに偽物か、全く分かんねえ」

「だろ」

「ほかのやつが知っているかもしれない。聞いてみよう」


 相棒は、一行に気づかれないよう隣のやつを小突き、なにやら話している。

 だが、その男も知らないらしく、その男はさらに隣のやつを小突き、さらに隣の男を――

 といった様子で、波の様に動きが伝播していく。

 だが誰も知らないらしく、一向に答えが戻ってこない。


 黄門様が本物なのか、偽物なのか。

 誰もがみんな、判別する方法をしらない。

 ここまで誰も知らないとなると、本当に水戸黄門が存在するのかさえ怪しい。

 俺は、俺たちはよく分からないやつらに土下座しているのか……


 なんだか、急に腹が立ってきた。

 なんでこんな目に会わなくてはいけないのか?

 ちょっと悪事を働いただけなのに!

 俺は立ち上がる。


「貴様!どういうつもりだ!」

 黄門様(仮)に立っている隣の男が叫ぶ。

「本物かどうか、よく分かんないやつらにヘコヘコできるかよ!」

「この印籠が目に入らぬか!」

「その印籠が本物か分かんねえんだよ!」

 俺は言い返す。


「こうなりゃヤケクソだ。一か八かお前たちを殺して俺は逃げる」

「貴様ぁ!」

「待ちなさい、角さん」

 黄門様が男をなだめる。

「儂に任せなさい」

 すると角さんと呼ばれた男が一歩後へ下がる。


「そこの君、儂が本物かどうかわからんと言うが……」

 黄門様(仮)が一歩前に出る。

「これでどうかな?」

 そう言うと、印籠が光輝き始めた。

 なにが起こっているんだ?


「変身!」

 黄門様(仮)が叫ぶと、黄門様(仮)が光で満たされる。

 そして光が収まると、黄門様(仮)は全身を鎧に身を包み、顔を仮面で隠してい。

「あ、あんたは……」

 俺はこいつを知っている。

「黄門仮面!」


 日本中で悪を成敗し、弱い者たちを救う正義の使者。

 知らない人間なんて、この日本には一人もいない。

「歳には勝てなくてな。必要が無ければ変身しないことにしているんじゃよ」

 俺は膝から崩れ落ちる。


「若いの。これでどうかな」

「はい、申し訳ありません。あなたは本物です。かつて助けてもらったこともあります」

「そうか……見たことがあると思ったが、やはりな」

「申し訳ありません。悪から足を洗うと言いながら、この道に戻ってまいりました」

「うむ、だが君は若い。これからは償いをするといい」

「はい」

 俺は自然と土下座の姿勢を取っていた。

 この人を偽物だと、一瞬でも疑った自分が恥ずかしい。


「黄門様、私は残りの人生を償いに捧げることを誓います」

「うむ、心を入れ替えるとよい」

 黄門様(真)は満足そうにうなずく。

 そして土下座している仲間たちを見渡し、全員に聞こえるように告げた。

「罪を憎んで人を憎まず。お前たちも心を入れ替えることだ」

「「「「ははーー」」」」


 この場にいた全員が涙を流していた。

 無理もない。

 誰もが黄門仮面に助けてもらったことがあるのだ。

 そして彼のようになりたいと憧れ、だけどどこで道を間違えてしまったのか……


 やり直そう。

 誰もがみんな、そう思ったのだった

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