告白

「さあ、帰ろう」


 ハロルド様の手を取り、私は魔王城から王都へ帰る馬車に乗り込んだ。

 馬車は神殿が用意してくれたもので、豪奢さはないが広く、座り心地がいい。


「広いのに……なぜハロルド様は私の隣に座っているの?」

「あはは、つい引き寄せられてしまったんだ」


 爽やかな笑顔で言われると、それ以上は何も言えなくなってしまう。


「ヘザー様、これからのことなんだけど……私も一緒に、孤児院で働かせてほしい。王都に着いたら、聖騎士を辞めるよ」

「それ、本当だったんだ……」

「ヘザー様への気持ちに偽りはないよ。ずっと一緒にいたいと思っているし――いつか独り占めしたいとさえ思っている」

「ひ、独り占め……?」


 ハロルド様には似つかわしくない言葉に目を瞬く。一瞬だけ、ハロルド様の水色の目に翳りが落ちたように見えた。

 いつもは静謐な湖のように凪いでいるその目が、今は青く燃える炎のように熱を持っている。

 まるでその眼差しに魅せられてしまったかのように、目が離せない。


「私はヘザー様が思っている以上にヘザー様に惚れているんだ。先輩に虐められて負傷した私を治療してくれたあの日からずっと、ヘザー様のことだけを見てきた。――だから、はっきりと言えるよ。私はヘザー様の全てが好きなんだ。優しいところも、割り切っていてさっぱりとした性格も、ちゃっかりしているところも、全て愛おしいと思っている」

「――っ、そ、そんなことを言っていたら後悔するよ?! だって私、強欲聖女だよ?」

「強欲と言うなら、どうして孤児院の院長のためにお金を貯めているの? 誰かのために一生懸命になっているヘザー様を強欲と思ったことなんて、一度もないよ」

「うっ……」


 頬に熱を感じる。蒸気が出てしまうのではないかと思うくらい熱い。

 

「顔が真っ赤になって可愛い」

「わ、わざわざ言わないでいいから!」

 

 悪口や嫌味に慣れ過ぎてしまったせいで、褒め言葉や優しい言葉に免疫がない。ハロルド様のせいで、顔じゅうが熱くなっていく。

 

 戸惑いと照れくささのあまり後退ると、離れた距離を詰めるようにハロルド様がついてくる。そのまま、私の背中は馬車の窓に当たった。

 走る馬車の中で、もう逃げ場はない。


(ハロルド様、いつもの爽やかさをどこに置いてきたの?!)


 聖騎士らしい、清廉で爽やかな雰囲気はどこへいったのやら。今のハロルド様は獲物を前にした猛獣のようだ。

 彼の青い炎のような眼差しに、胸がどきどきと早く脈打つ。


「ヘザー様にこの身と心を全て捧げると誓うよ。どうかヘザー様の恋人にさせてください」

「――っ」

「ヘザー様は私のこと、嫌い……?」


 潤んだ目でそう問われると困る。ハロルド様を嫌うなんて難しいだろう。

 助けてもらったし、いつも紳士的に接してくれるし、こんな私に優しい言葉をかけてくれるのだから。

 だからこそ、戸惑いがある。こんなにも完璧な人が、私なんかの恋人になっていいのだろうかと。

 

「き、嫌いではないけど……本当に、私でいいの?」

「あなたがいいんです。あなたじゃないといけません」


 訴えかけるように見つめられると、もう白旗を揚げるしかなかった。これ以上、ハロルド様の気持ちを確かめることなんてできない。私のハロルド様への気持ちを確かめる必要も、もうない。


 なんせ私はもう、ハロルド様の表情が変わる度に心臓が跳ねてしまうほど、彼に惹かれてしまっているのだ。

 

「ふ、ふつつかな恋人ですが……よろしくお願いします」

 

 ハロルド様は水色の目を大きく見開くと、数秒固まった。ややあって、柔らかく目を眇めると――まるで壊れ物に触れるように、そっと私の唇にキスをした。

 突然のことに驚き、じわじわとまた顔が赤くなる私を、ハロルド様は何度も「可愛い」と呟き、その度にキスするのだった。


 砂糖を煮詰めたように甘い言葉と眼差しとキスを受け続けた私は、王都に着く頃にはぐったりしていた。そんな私を、ハロルド様はご機嫌な笑みで抱きかかえたまま、なかなか離してくれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る