第25話

「アイヴィー。明日時間あるか?」

 ディートリッヒ様からこんな不思議な質問をされたのは、夜会が終わって少ししてからのことだった。


「はい」

 空いているかも何も、明日は休みではないのでいつも通りの仕事をこなすつもりである。だからわざわざ私の予定なんて気にする必要はないはずなのだ。


「そうか。なら空けてあけておいてくれ」

 だからきっと明日、特別な用事でもあるのだろうかと勘ぐってしまう。


 もしや城について行くことになるとか?


 教会の天使様に祈った、シンドラー王子にプリンを渡すチャンスだが、まさかこんなに早く訪れるとは……。


 信仰の薄い身にも優しい対応。

 お礼に一月に一回くらいのペースで通った方がいいのかしら?


 もちろん恋人達の邪魔にはならないようにひっそりと。

 効果のほどを知り合いに伝えるのもいいかもしれない。フランカとセルロト、二人の友人とまた顔を合わせる機会があったら教えてあげよう。願いが叶う叶わないをおいて置いてもあの神秘的な空間は一見の価値ありだ。もう足を運んでいるかもしれないが、その時は話に花を咲かせることにしよう。


 仕事に出るディートリッヒ様を見送って、仕事が終わったらシンドラー王子とマリー様の分のプリンを買いに行こうと予定をたてる。

 もし明日の用事が違うことなら自分で食べるか、誰かにお裾分けするかすればいいだけだ。


 ついでだから自分の分も買ってこようっと。

 休日でもないのにプリンが食べられることにルンルンと心は踊る。

 夜があまりに楽しみすぎて不思議と掃除にも力が入る。


「アイヴィーさん。そんなに明日が楽しみなんですね」

 玄関先をピッカピカに磨き上げ、ふうっと汗を拭う私にベルモットさんは温かい視線を向ける。


「明日、というよりも今晩が楽しみで」

「今晩?」

「はい。王子のプ……」

 ――とここまで口走ってはたと思い出す。

 シンドラー王子にプリンを渡しているということは彼と私、マリー様の三人の秘密である。


 ディートリッヒ様にバレたら、今までのことは咎められ、今後王子はあのプリンを食べる機会を失うことになるだろう。


 そんなトップシークレットな情報をディートリッヒ様の執事である、ベルモットさんにこぼすなんて危険が過ぎる。危ない危ないと口を塞ぐ。


 そんな私にベルモットさんははて? と首を傾げる。

 そうよね。怪しいわよね。何とかして『王子のプ』に続く『リン』以外の言葉を考えなければ……。


 働け、私の頭!

 こんな時に語彙力の低さに頭を抱えることとなるとは……。

 シンドラー王子としりとりをした日々を思い出すんだ。


 プラネットじゃおかしいし、プランターも変だ。プリンスも王子と被るし、プリンセスに至ってはなんじゃそれ? と首を傾げてしまう。


 なぜ過去の私は王子をぷ責めにしなかったんだ!

 思い出しても繰り返されたしりとりの中に『ぷ』を持つものは少なかったように思えて仕方がない。

 けれどベルモットさんは私が思い出せなかった『ぷ』を容易に浮かべてみせる。


「プレゼントですか?」

「そうです。プレゼント!」


 その自然な繋がりに全力で乗っかってみせる。

 多少言葉に力が入りすぎて不審感はあるが、プリンはプレゼントと言っても間違いではない。王子とプリンの平和は守られたことに心の中でほっと一息をつく。

 そして冷静になった頭でそういえばシンドラー王子の誕生日って再来月だったな、なんて思い出した。


 毎年まともにプレゼントあげたことがない上、リクエスト式だったからすっかり忘れていた。


 確か去年は刺繍講座だったような?

 いつだってシンドラー王子のリクエストはマリー様関連だった。


 花冠とドレスの話をしてからは『マリーゴールド』の何かを贈るのが習慣となっている。しかも既成の物や植物ではなく、何かしらシンドラー王子が手を加えたもの。

 毎年クオリティを上げ続けているが、今年はもう私は城の外に出てしまっている。ということは知り合ってから初めてまともに物をプレゼントすることになるだろう。


 そもそも他家のメイドが王子相手に誕生日プレゼントって贈ってもいいのかしら?

 それがダメならプリンのお裾分けもアウトということになる。だけど今年から祝いの言葉だけというのもどこかよそよそしい。


 でもシンドラー王子って一体何が欲しいんだろう?


 大抵の物は持っているだろうし、高価な物は貴族達から送られてくるらしい。

 だからこそ毎年私には技術か話かの二択で要求してきたのだろう。


 今年は何にしよう。

 例年通り、マリーゴールド関係とすれば今度は細めの毛糸で編んで作ったマリーゴールドの花束なんてどうだろうか。

 今年は隣で教えることは出来ないから、作り方メモと一緒に現物を見本として渡して……。

 今の王子だったら難なくこなしそうよね……。

 想定本数よりも増やしてしまいそうな気さえする。包み紙とリボンに当たる部分は複数パターンで記載した方がいいだろう。


 プリン購入ついでに見本用の毛糸も買ってこないとな~。

 徹夜すれば一晩で作れるかな?


 頭の中でシンドラー王子が頑張る姿を想像して、己のやる気を注入する。


 けれど私のシンドラー王子誕生日プロジェクトは、発足してわずか数分と立たずに出鼻をくじかれる事となる。

「でしたら明日、ディートリッヒ様と一緒に選ばれてはいかがですか?」

「へ?」

「明日は一日かけて、アイヴィーさんの意見を聞きながらシンドラー王子のお誕生日プレゼントをお選びするとのことでしたので」


 そうか。私、明日ディートリッヒ様と一緒にシンドラー王子のプレゼント選びに行くのか………………心配しかないんだけど、大丈夫!?


 プレゼントを選ぶっていったら物質だよね? 物品だよね?

 今し方、作り方メモと見本を渡そうと結論づけた私に相談役なんてレベルが高すぎじゃない?

 シンドラー王子が何を欲しがっているのか。過去にどんな贈り物を受け取ってきたのか全く存じ上げない。その上、最近の流行なんてディートリッヒ様よりもずっと疎い自信がある。


 なのに相談役……。


 一日かけて、って吟味する気満々じゃない……。

 しかもまだ一ヶ月以上あることを考えると一日で終わらない可能性や、どんな物にするか全く決めていない可能性も高い。


 そりゃあ筆頭騎士が選ぶ王子の誕生日プレゼントが適当でいいはずがないのだろう。


 そんなものにたかがメイドを巻き込まないで欲しい。

 シンドラー王子のことだから、私も一緒に選んだっていったら大抵の物は喜んでくれるだろう。下手な物を渡したところで今後一年ネタにする程度で終わりだ。だが周りはそうはいかないだろう。


 私のせいでディートリッヒ様のセンスを疑われることとなったら――。

 ディートリッヒ様はもちろん、ベルモットさんを筆頭としたアッシュ家の使用人さん達。そして何よりディートリッヒ様のご家族に顔向けが出来ない!


 だが朝の時点で知っていたら断れたかと言えば、そんなことはない。ご指名を受けた時点で私が悩むことは確定していたのだ。


 これは暢気にプリンを楽しみにしている場合ではない。


「プレゼントって何をもらったら嬉しいんでしょうね……」

 おそらく引き攣っているだろう顔で、ベルモットさんに尋ねれば「人それぞれかと」という何とも的をいた答えを返されてしまうだった。


 そうだけど!

 まさにその通りだけれど、私が欲しかった答えではない。


 だけど分からないからこそ、私に相談役が回ってきたのだろう。

 シンドラー王子、今年から欲しい物リストとか配布してくれないかしら?

 全体配布ではなく、こっそりとでもいい。


 私に未来を見る力があれば、今年の誕生日に欲しい物を聞く権利とか頼めたのに!

 パウンドケーキをまるまる頬張りたいとか言った過去の自分を殴りたい気分だ。

 もちろん過去の私も全力で応戦してくるだろうが、来年にしておけ! とKOさせた後で説得することくらいは出来るだろう。

 だがそんなことを願ったことで過去の私に未来を見る力なんてものはなく、今の私に過去に戻る力もない。


 何とも無力だ。


 今の私に出来ることといえば、シンドラー王子が欲しい物をディートリッヒ様に伝えていてくれるようにと願うこと。

 色形くらいだったら私も助言出来るし。


 今ならこの願いをかなえてくれた暁には、作り方メモ、見本にプリン。その上、セルロトの店のマリーゴールドの香油までプレゼントしたいくらいだ………………ってそうか! マリーゴールドの香油!


 お店に並んでいなくてもオーダーメイドで作ってもらえばいいのだ。

 ディートリッヒ様が渡すには少しばかりお安いものではあるが、あのセルロトの店の物だと言えば安心して贈ることが出来るだろう。

 これに合わせて他の物を渡すにしても、一つでもお手伝い出来るのと全く役に立たないとでは天と地の差だ。


 店に行く機会をくれてありがとう、お姉様。

 お店を開いてくれてありがとう、セルロト。


 助言を求められた際には案内することにしよう。

 求められなかったら私からのプレゼントとしても贈れるし、どう転んでも最高である。


 私の幸せを祈ってくれたセルロトとフランカだったが、その幸せは意外なところで発揮されたのだった。

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