第22話

 その日、何度目かになる謝罪をして、まかないを確保した。

 そのお礼として約束した翌朝の皿洗いを済ませた私は、今度こそお買いものに出るべくお財布を入れたポシェットを肩に下げた。


 道中考えるのはどんな服を選ぶか、ではなく今日の昼食は何を食べようかである。


 これを機に普段用の物も1着見繕いたいところだが、メインとなるのはお城に赴く際の服である。アッシュ家に、ディートリッヒ様にいらぬ恥をかかせないような、そこそこいい生地を使っている服。だがそれでいてシンプルで、となればいい店に入ってしまえばちゃちゃっと決まってしまうものだ。色は黒白で決まりで、派手でない物からポケットのあるなしとサイズを確認して……。店員さんにでも捕まらなければ数分で終わるだろう。

 普段用の服も直感で決めちゃえばすぐだし。


 オーダーメイドの物だって、お値段を考えると完全じゃなくてセミオーダーになるだろう。となるとやはり悩むポイントは少ないのだ。


 予定通り、目星をつけていた店でささっと物を手に取るとレジへと持って行く。

 そして次は別の店舗に移って、店を一周巡回してから目を閉じ、記憶に残っていた物を手に取った。

 ベージュにうっすらと茶を足したようなエプロンワンピースは、お姉様からもらった深緑色のリボンと良く合うことだろう。手に取った感じも布の堅さは感じなかったし、直感で選んだ割にお気に入りの一着になりそうだ。


 紙の袋を抱えながら、セミオーダーの服を注文する。

 イメージは城のメイド服。清楚に見えて、それでいて動き易さを重視したもの。裾と腕の広がりは押さえつつも、可動域が狭まらないようにと注文をつける。初めにイメージを伝えたおかげか、たまたま当たった人が優秀だったのか、サクサクと決まり採寸へと入る。


「こちらへどうぞ~、ってアイヴィーじゃない! 久しぶり!」

 採寸室へと進むと見慣れた顔の少女がメジャーを片手に待っていた。


「フランカ! え、あなたどうして仕立屋に!? 侯爵家付きのメイドになったんじゃなかったっけ?」

 城のメイドとして一緒に働いていたフランカだ。

 再会を喜び、どちらからともなく伸びた両手で互いの手を握る。

 主に洗濯を担当していた彼女だが、仲間思いの彼女は人手が足りなくなると私やシンディに声をかけては色んな場所にヘルプで向かったものだ。そんな彼女は2年前、夜会での働きを買われて侯爵にスカウトされていったはずだ。


 なぜ王都の仕立屋に?

 首を捻ると、フランカは花開くように笑みを浮かべる。


「それがね、私が趣味で作ったドレスを奥様がたいそう気に入ってくださって、この店の店主さんに紹介状を書いてくださったの」

「すごいじゃない!」

「今はまだセミオーダーの服だけだけど、制作を任されているのよ」

「さすがフランカ!」


 豊満な胸を張り上げるフランカ。

 彼女の裁縫の腕がプロレベルなのは知っていた。

 兄弟姉妹が多いフランカは昔から彼らの服をリメイクしたり、時には譲ってもらった服を分解して仕立て直すこともあったのだそう。

 私に服を仕立て直す方法を教えてくれたのも彼女だ。そのおかげでこの年までほとんど服を買い換えずに済んだほど。

 だがまさか趣味と実益が混ざり合ったそのスキルでドレスを作り出すまで成長しているとは思わなかった。

 侯爵家の夫人に認められ、王都のお店で制作を任されているなんて……。

 しかもその間、わずか二年である。


 ふふっと幸せそうに笑うフランカに尊敬のまなざしを向け、握る手には思わず力が入る。


「ありがとう。それにしてもお店でアイヴィーに会うとは思っていなかったわ」

「実は一着くらいいい服を持っておこうと思って……」

「服に興味がなかったアイヴィーが!? もしかして恋人とか出来た……にしては渡されたデザインが地味ね」

「そんなんじゃないわ。ただ城に行く時用の服が欲しかっただけ」

「ついにアイヴィーも」

「ええ、さすがに城にはそこまで長くいられないわ」

「でもよく王子達が許したわね。私が知っているだけでも散っていった貴族は結構な数いたわよ?」

「何それ」

「何って、有名よ? アイヴィーを引き抜こうとしたり、無理に手を出そうとしたらBIG3に潰されるって」


 BIG3ってそれ絶対、シンドラー王子とマリー様が含まれているわよね……。

 後一人はわからないけれど、BIGの一角になるくらいだから大物には違いないだろう。いい人いないかとか言いつつ、裏で潰していたなんて。


 道理でいい雰囲気になる相手がいつまで経っても出来ない訳だ。変な差し金さえなければ今頃私もおひとり様生活を送ってなかっただろう。だが中には無理矢理メイドに手をつける人がいることを考えると、守る意味があったのもまた事実だ。

 他の人に取られるのは寂しいなんて理由だったら、少しだけ呆れてしまうけれど嫌な気はしない。


 定期的に呼ぶ気がありありと伝わってくるが、いい職場もオススメしてくれた訳だし。


「ともかくアイヴィーが前と変わらずにいてくれて嬉しいわ。じゃあサクッと採寸しちゃいましょう」

「よろしくね」


 久々の友人に身を任せ、テキパキと採寸は終える。

 そして服の完成予定日と共に連絡先を教えてもらい、店を後にした。


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