魔王になった姪っ子幼女は手からシュークリームをぶっぱして無双する! ~保護者の俺がダンジョン配信をしながら規格外の剣聖お兄さんと呼ばれるまで~
ちくでん
第1話 手からシュークリームが出る魔法
「……今朝は真央ちゃん調子悪そうだったけど、大丈夫かなぁ」
とある会社のフロア。
自分のデスクの上でカメラを探していた手を止め、
真央ちゃんとは一緒に暮らしている姪っ子のことだ。病院に連れていく気で準備していたのだが、「治っちゃいました!」と止めるのも聞かずに学校へいってしまった。
無理してなければいいなぁ、と彼が気をもんでいると、当然背後から怒声が飛んできた。
「なにしてるんだ斎堂! 今日はお得意様巡りの日だろ、とっとと出掛けろ!」
カツン、と足で彼のふくらはぎを軽く蹴ってきたのは課長だった。
和弘の上司はいつも声と一緒に足が出る。
今どき珍しいパワハラ上司なのだが、当人は冗談やスキンシップの範囲だと常主張している。
「課長、俺のハンディカムがないんです。さっきデスクの上に置いといたのですが」
「それなら新入社員に持たせたぞ」
「えっ!?」
しれっとした態度で言いのけた眼鏡課長にビックリした顔を見せる和弘。それもそのはずで、そのハンディカムは彼の私物なのだ。勝手に使われるなんてありえない。
だが、そんなことを意に介した様子もなく課長は、
「新人は今日がダンジョン撮影初研修だ、カメラくらい使わせてやれよ」
和弘の方を見るわけでもなく自分のデスクに向かって行った。
「俺も今日は帰りに新ダンジョンの取材があるのですが……」
「ああそうなのか? じゃあ備品のカメラを持っていけ」
「え、あ。でも先日最後の備品カメラが取材で壊れてしまいましたよね?」
「そうだったか? じゃあ困るじゃないか!」
和弘は口をつぐんだ。
だから俺がカメラを補充してきましょうか、と課長に言ったのだけれど。
大丈夫だ俺が手配しておくから、という言葉を信じたのが悪かった。
ほんと課長はいつもいい加減でイヤになる。
でも言い返せもしない自分はもっとイヤになる。
まさかこの会社に入る前は、ここが備品の支給すらも渋るブラック企業だとは思っていなかった。
ダンジョン内を撮影しながら歩ける仕事を選んだことは後悔していないけど、この会社を選んだのは物凄く後悔している。
和弘は溜息をついた。
そこまで思っていてもやめる決心すらつかない自分が、なによりイヤだった。
とぼとぼと、肩を落としてエレベーターへと足を向ける。
扉の前についた途端、エレベーターがチンと鳴った。
このフロアに止まった音だ。
開かれた扉の向こうから出てきた子を見て、和弘は目を丸くした。
「和弘おにいちゃーん!」
フロアに飛び込んできたのは、なんと真央ちゃんだった。
セーラー服に似た小学校制服に身を包んだ彼女は、薄い栗色の髪の毛をおさげに結んでいる。目はぱっちりとクリクリした二重で力強い。
忙しい兄夫婦に代わって彼がよく面倒を見ている。
「真央ちゃん!? どうしたのこんなところに。学校は?」
真央の後ろに居た会社受付のお姉さんが代わりに応える。
なんでもとても困ってしまったことがあって、学校を抜け出して和弘の元へとやってきたのだそうだ。
受付のお姉さんは、あとはよろしくお願いしますね、と言ってエレベーターで降りていってしまった。
――困ったこと? と聞いて和弘は改めて真央を見た。
言われてみると、真央の様子はどうも変だ。というか格好が変だ。
背負いリュックを両手で胸に抱え、すがりつくような目で自分を見ている。
「困ったことってなにかな?」
「シュークリーム」
と目を潤ませる真央。
……んん? と和弘は真央が抱えているリュックを改めて見た。
リュックの口は開いたままだった。大きく膨らんだそのリュックの中には、大量のシュークリームらしきもの。なんだこれ? いったいどうしたんだろう。
彼が首をかしげる間もなく、真央ちゃんは言った。
「シュークリームが止まりません!」
「ど、どういうこと?」
シュークリームが止まらない。
うーん、と和弘は唸る。日本語としてよくわからない。
まあ小さな子供が言うことだし、と思っていた彼なのだが、次の瞬間、正確な日本語であったことを思い知る。
真央はリュックから片手を外し、和弘に手の平を見せた。
すると手の平の上に、ポコン、と。
――シュークリームが現れた。
「止まりません!」
ぽこ、ぽこ、ぽこ。
見ている間に手の平から湧いて出てくるシュークリームの山だった。
真央の手から零れそうになるシュークリームを慌てて手に取る和弘。
シュークリームが止まらない。それは文字通りの現象だったのだ。
真央がぎゅっと手を握り込むと、シュークリームは出なくなった。和弘は目を丸くしながら慌てた。こんなの初めてみる光景だ。
「ちょちょちょ、なにこれ真央ちゃん! 平気なの!?」
「平気だけど平気じゃありません!」
どゆこと!? と和弘が聞いてみれば、体調や気分の面では平気。なんか大変なことになってるという気持ちの面では平気じゃない、とのことだった。
もちろんこんな理路整然とした言葉で伝えてくれたわけじゃない。これはあくまで和弘の意訳だ。
「それにしても、いったいこれは……」
「魔法の授業中、先生の話を聞いていたら急にポコポコ手から出て止まらなくなりました」
先生も驚いてしまい、学校中がてんやわんわになったという。
それもそのはずで、触媒もなしに無から有を生み出す魔法なんてものは、少なくとも今の魔法学では存在できないことになっている。地水火風の元素魔法を操るときでさえ、触媒としてそれらの元素を詰め込んだ『マテリア』という結晶を使うのが現代魔法の常識なのであった。
「繰り返しになるけど、身体や気分に不調はないんだよね真央ちゃん?」
「別にありません」
「まさか本当に触媒もなしに……?」
先生も和弘と同じことを聞いてきたらしい。
無から有、とても信じられることではないからだろう。
しかし結果として、授業は中断。
背広を着た知らない大人の人がたくさん来て、真央に色々と質問したり検査をし始めたのだという。いくらシュークリームを出しても体重や背丈、体調検査の結果に変化はなく、彼らはこのシュークリームが触媒なしの『魔力』だけで生成されていると結論付けたらしい。
授業そっちのけで、ひたすら続く検査。
怖くなった真央は、トイレに行くと言って学校から逃げてきた、という次第だった。
「ふはぁぁあっ」
話を聞いた和弘は緊張から大きな息を吐いた。
これ、やばいな。と思ったのだ。
これまでの魔法学が覆ってしまいかねない。
なんといっても絵面のインパクトが凄い。
なにせ手の平からポコポコと無限に出てくるシュークリームの山だ。
これがトリックでないと知ったら、誰しも彼女が『無から有を生み出している』であろうことを理解してしまう。
「とりあえず戻ろ? きっと先生たちも心配してるし、他の人らも困ってるんじゃないかな」
「真央ちゃんは戻りたくありません!」
真央ちゃんは思いっきり頭を振った。
和弘が理由を聞いてみると、背広の大人たちがなんかイヤな目で自分のことを見てくるのだと彼女は言う。和弘は腕組みをした。
なるほど考えてみると、この『真央ちゃんの魔法』は特殊すぎる。
背広大人たちがどこかの魔法機関の人らだとして、彼女を胡散臭いという目で見ていたのかもしれない。いや、それくらいならまだいい、最悪、それこそ実験動物を見るような目で見ていた可能性だってあるのだ。
「仕方ないな、それじゃあいったん――」
ウチに帰ろう、と言おうとして留まった。
家はきっと真っ先に待ち構えられてるはずだ。
真央ちゃんが怖がっている以上、今すぐ彼らに真央ちゃんを預けるわけにはいかない。もし怖がらせたのが誤解なりなら、それを解く時間を設けるべきだろう。
だがしかし、どこにいくべきか。と和弘が悩んだ、そのとき。
「ね、課長あの子……」
「うむ、この動画の」
近くで課長と同僚がひそひそ話しているのが聞こえた。
その横のパソコンでは、動画サイトが開かれたままだった。
なんだろう、と注目してみると、それは真央ちゃんが手からシュークリームの山を出している動画だった。背景は教室、クラスの子がこっそりスマホで撮ってアップロードしてしまったのだろうか。
コメントの量も凄い。どうやら絶賛バズっている最中だ。
”なにこれ、手品?”
”魔法、って書いてあるけど”
”手からシュークリームを出す魔法?”
”ありえねー”
そんな気楽な書き込みから、
”いやまて、魔法省の
”え、じゃあガチなのこれ?”
”触媒なしっぽいなこれ、ありえなくね?”
なんか真剣な書き込みまで。
”慌ててる幼女イイ!”
”大正義!”
”かわいいからヨシ!”
さらにこんなのも。
思わずコメントを眺めてしまっていた和弘だ。だがそれらに混ざって、ときおり不穏な書き込みがあることにも気がついた。
”ヤバいだろこれ、魔法学ひっくり返るぞ”
”この子を国に持っていかれるなんて勿体ない”
”研究したい! ウチの会社なら手付で億出すけどなー”
生臭いコメントだ。そう彼が思ったとき、課長が彼の名を呼んだ。
「さ~いど~う、くぅ~ん」
猫なで声で。
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