第三話 卒業の夜に






「今日、飲み会やるから出て来いよ」


電話の向こうで友人の関口が言う。

飲み会と言われても私も高校生で…。

酒を飲む事に抵抗は無いのだが、金が無い。


「悪い、金がない」


私はそう言って断ろうとしたのだが、関口が、


「そんなモンの心配はいらん。俺が出したる」


と言う。

どうやらパチンコで大勝ちしたらしい。

仕方なく行く事にして電話を切った。

すると直ぐにまた電話がなった。

今度はFからだった。


「今日飲み会行くんやろ」


とFは言う。

今、関口に誘われて行くと返事をしたと伝えると、Fは待ち合わせをしようと言った。

私は夕方、街でFと待ち合わせる事にして、少し早めに家を出た。


駅前まで自転車で行き、電車に乗る。

電車に揺られて待ち合わせの駅まで約四十分。


曇っていて少し寒い日だった。


その日、東急ハンズに行きたくて少し早めに家を出ていた。

ハンズに入ると普段は見れないモノを見て回り、直ぐに一時間くらいの時間は経ってしまう。

約束の時間が迫っていたので、待ち合わせ場所に行こうとハンズの階段を下りていると、少し先にFの姿が見えた。


あれ…。

もう来てたのか…。


私はFを追う様に急いで階段を下りた。

するとFは女と歩いているのが見えた。


これは声を掛け辛いな…。


私は隠れる様にして、少し距離を置いて歩く。


そしてハンズを出ると別の道を通り、待ち合わせの場所に向かった。


関口ともう一人の友人、北川が既に来ていた。

二人と合流して、Fを待つ。


「アイツ、用事があるから先に来てるって言ってたんやけどな…」


と関口は言う。


さっき女連れのFを見たと言っていいのかどうかわからず、とりあえず黙っていた。


「関口君」


と声が後ろからして、振り返ると女が三人やって来た。


「おお、俺らも今来たとこ」


と関口は言う。

何も聞かされてなかった私は小声で、北川に訊いた。


「どういう事…」


すると、


「一個上の先輩。今日卒業式やったやん。だから、そのお祝いの飲み会」


そう言う事かよ…。


私は、とりあえず、知らない二人の先輩に挨拶した。


「F君に聞いてるよ。何か霊感あるって」


Fに言われると、プロ野球選手に中学の野球部の補欠が「野球が上手い」って言われている様な気分になる。


私は、適当に挨拶をした。


「しかし、遅いな…」


関口は周囲をじっと見ている。


もう来ると思うよ。

すぐそこに居たし…。


「ノリ子も遅いな…」


多分、Fと一緒に居たのがその先輩だろうと私は思った。


案の定、その後すぐにFとそのノリ子って先輩が一緒にやって来た。


「何処行ってたん」


と関口がFに聞いていた。

Fは関口の耳元でこそこそと話をしている。


ハンズだろ、ハンズ。


私はそう思ったが、何も言わなかった。


関口の先輩がバイトをしているという居酒屋へ行き、奥の個室に入る。

先輩が高校生だからと気を使ってくれたのかもしれない。


自己紹介をしてもらい、一個上の先輩はサワ子、ヨウ子、カズミ、ノリ子という事がわかった。

その先輩たちの卒業祝いの飲み会だという事もわかった。

理解出来ていないのは、何故、私がこの飲み会に呼ばれたのか。


確か関口の先輩が色々とサービスしてくれて、注文してない料理がバンバン運ばれて来て、メインの鍋になった頃には何も食えない状況だった記憶がある。


そしてその頃に話が始まった。


どうやら、その先輩たちの中の二人は私立の女子高に通ってて、少し前に卒業したらしく、全員が卒業したらお祝いしようという事になっていたらしい。

関口たちが直接知っている先輩もその中の二人だったようだ。


その中のヨウ子という先輩の話が始まった。

どうやら今日のメインは鍋ではなく、その話だった。


「コイツが訊いてくれるから」


とFが私を指差す。


ん…。

待て待て、どういう事だ…。


私はとりあえず、そのヨウ子という先輩の話を訊く事にした。


「生霊ってあるやん…」


あるやん…って言われても…。


私は頷く。


「私の前の彼氏の…。今は彼氏居らんねんけどさ」


そう言いながら変な甘い酒を飲んでいる。


「その前の彼氏の彼女…。厳密に言うと私の前に付き合ってた彼女」


今風に言うと元カレの元カノって事になる。


「その女の生霊が私に憑いてるって言われてん」


私は頷いた。

しかし、そんな気配も感じる事は出来ない。

私はFを見た。

Fはニヤニヤと笑いながら話を訊いている。


「生霊って怖いって言うやん…」


怖いのか…。


Fが頷いているので、私も頷く。


ヨウ子先輩は淡々と話す。


「どうしたら良いんか教えて欲しくて」


と私に言う。

これは私ではなくFの仕事。


多分、このヨウ子先輩には何も憑いていない。

私はそんな気がした。

しかし、そのまま言ってしまえば、ヨウ子先輩の面子を潰す事にもなる。


「ああ、お前に言われてたモン、さっき買って来たで」


とFが隣から紙袋を出して来た。


私は無言でその袋を受け取り、中を見ると、岩塩とお香が中には入っていた。


勿論、私はFに何かを買って来いなんて言っていない。


私は袋の中からそれを取り出して、テーブルの上に置いた。

お香は火をつけて使うのはわかる。

しかし岩塩なんて何に使うのかさっぱりわからない。


私はヨウ子先輩の前にお香を置いて、Fにライターを借りて火をつけた。


Fに助けを求める様にチラチラと見るが、Fは楽しそうに笑っている。


Fもわかっている。

このヨウ子先輩には何も憑いていない。

だから適当でも良いという事なのだろう。


「お香の煙が掛かる様に頭を前に出して…」


これも適当な事だったが、ヨウ子先輩は私の言うがままに頭に煙を浴びている。

そして私は彼女に岩塩を渡す。


「その岩塩で両肩を三回ずつ叩いて」


私が言う様に両肩を三回ずつ叩いた。


「そしたらそのまま両手に持ってて…」


私は何をやっているのだろうか…。


「皆、目を閉じて…」


と言うと周囲に居た皆が目を閉じる。

目を開けているのは私とFだけだった。


そこからは無言の会話。

Fは楽しそうに笑っている。


私は目を閉じているヨウ子先輩の手から岩塩を取り、彼女の背中をトントンと何度も叩いた。


個室の中はお香の煙と匂いが充満していた。


そうやって無言で五分くらいだっただろうか、その似非儀式を続けた。


「はい。もう大丈夫ですよ」


と私は声を掛けた。


ヨウ子先輩は目をシバシバさせていたが、眩しそうに周囲を見ると、


「何か凄く軽くなった気分やわ…」


と言う。


単にリラックスしただけだろう。


私とFは顔を見合わせて頷いた。






しかし、そこで私にもわかる事があった。

本当の問題はヨウ子先輩ではなく、その横に座る、Fと一緒にハンズに居たノリ子先輩の方だという事が。






私は岩塩をヨウ子先輩に渡し、


「この岩塩、部屋に置いておいて」


と言う。

Fはそれを聞いて強く頷いている。


私はFと一緒にトイレに立った。


用を足した後に、


「適当な事やらせやがって…」


と私が言うと、


「なかなか良かったで」


とFは笑っていた。


「問題はノリ子先輩の方やな…」


それに私も頷いた。


「とりあえず、此処ではどうにもならんから、場所変えよう」


Fはそう言うと個室に戻った。


座っていた場所に戻り、向かいのノリ子先輩を見ると、真っ青で険しい表情をしていた。


「ノリ子さん、大丈夫ですか」


とFが訊く。

ノリ子先輩は無言で何度か頷くと小さな咳をした。

やけに気になる咳だったのを覚えている。


とりあえずその居酒屋を出て、私たちは喫茶店に入った。


お茶くらいは飲めるだろうという関口の提案だった。

まだ夜は冷えるので、丁度良かった。

八人居たので、テーブルを二つ付けて座り、皆、温かいモノを頼んでいたが、私は冬でもアイスコーヒー。

周囲に、


「さむっ」


と言われて引かれていた気がする。

Fの向かいに座るノリ子先輩の様子はずっとおかしい。

そしてまだあの変な咳は続いていた。

私はFの横に座り、Fとノリ子先輩の様子を交互に見ていた。

Fも一瞬たりとも気を抜かない様子でじっとノリ子先輩を見ている。


何がノリ子先輩に憑いているのだろう…。


私はそれが気になっていた。

Fの眼つきはどんどん鋭くなっていく。


ふと気付くと、関口と北川は他の三人の先輩たちと盛り上がっていて、迷惑な程に笑い声をあげている。

ヨウ子先輩の生霊が取れたという事で楽しそうだった。


元々、ヨウ子先輩に何かが憑いているなんて事は無く、Fは多分、初めからノリ子先輩に憑いている何かに気付いていたのだろう。


私は隣に座っていたヨウ子先輩に小声で言う。


「さっきの岩塩。貸してもらえませんか」


ヨウ子先輩は少し不思議そうな表情だったが、バッグから袋に入れた岩塩を出し、私に差し出した。

私はその岩塩をFの膝の上に置いた。

するとFがノリ子先輩の横に座っているカズミ先輩に、


「カズミさん、ちょっと席代わってもらえますか」


と言い立ち上がった。

カズミ先輩は、


「うん」


と言って立ち上がり、


「ついでにトイレ行って来るわ」


とサワ子先輩と一緒にトイレに行ってしまった。


Fは私に、ノリ子先輩を挟んで座れと言うので、私のノリ子先輩の横に移動した。


「ノリ子さん。大丈夫ですか…」


とFはノリ子先輩の横で声を掛けるが、ノリ子先輩の様子はおかしく、身体をビクリビクリと揺らしている。


「おしぼり貸して」


とFはヨウ子先輩に言う。

ヨウ子先輩は慌てて、自分の前にあったおしぼりをFに渡した。

Fはそのおしぼりの袋を開けて、ノリ子先輩の口に中に突っ込んだ。


周囲は何が起こっているのか理解できなかったと思う。

ノリ子先輩は酔って吐くのか、くらいにしか思っていなかった筈だった。


「ノリ子大丈夫」


とヨウ子先輩がこっちに来ようとするのをFが止めた。


俯いているノリ子先輩だったが、完全に白目をむいて、身体を震わせている。


「しっかり押さえろ」


とFは私に言う。

私はノリ子先輩の肩を押さえて立ち上がらない様にした。


Fは手に持った岩塩でノリ子先輩の背中をバンバン叩き始める。


少し広い店だったので、周囲に人が居ないのは幸いだった。


「うげ、うげ」


とおしぼりを噛んでいるノリ子先輩は声を出していた。

普段、人が絶対に発音しない声だった。


私はFが叩くノリ子先輩の背中を見た。

モカブラウンのコートの背中に岩塩の粉と、理解し難い手形が無数についているのが見えた。


関口が心配して私の隣に来て、ノリ子先輩を押さえるのを手伝っていたが、関口にその手形は見えていない様子だった。

Fはその手形の上を、岩塩を持った手の甲でドンドン叩く。

その度にノリ子先輩は、


「うげ、うげ」


と声を発する。


トイレから戻って来たカズミ先輩とサワ子先輩は、遠巻きにその様子を見ていた。


Fは私に岩塩を渡した。


「代われ」


私はその岩塩を取り、Fがしていた様に、ノリ子先輩の背中の手形の上を手の甲で叩いた。

叩くと手形は消える。

しかし、また別の所に浮かび上がる様に出て来る。


Fは喫茶店の紙ナプキンに何かを書き始めた。

もはやそれは読める文字ではなく、正に殴り書きだった。

そしてその紙ナプキンをもってノリ子先輩の背中を摩る様に擦った。


うげ、うげと言っていたノリ子先輩は、次第にその声を発するのを止めて、また変な咳を始めた。


「びっくりした…」


と立っていた先輩たちも座り、静かになったノリ子先輩をじっと見ていた。


ノリ子先輩の背中を見ると、紙ナプキンに書いていた文字のインクがコートに付いていたが、手形は無くなっていた。


「これで大丈夫なのか…」


私はFに訊いたが、Fは大きく首を横に振った。


「こんなもんじゃアカン。一時的に抑えてるだけや。ちゃんとやらんと…」


そう言いながらノリ子先輩の口に噛ませたおしぼりを取った。

そしてノリ子先輩の背中を摩っていた。


向かいに座っていたヨウ子先輩の手の甲が赤くなっているのが見えた。


あれ…。


私はそのヨウ子先輩の手をテーブルの上に引っ張った。

Fもそれに気付き、


「これはアカンな…。急がんと」


と言って立ち上がる。

そしてテーブルの上に置いていた岩塩を今度はヨウ子先輩に握らせた。


どうなってるの…。


私も立ち上がり、Fを見た。


「北川、タクシー拾って来て」


とFが言う。


「このまま寺に連れて行くわ」


と言う。

関口はこれを訊いて慌てて伝票を取ってレジに向かった。


私はノリ子先輩を支えて店の外に出た。


全員で行った方が良いとFは言う。


五人乗れるタクシーに私とノリ子先輩以外が皆乗り、Fと私とノリ子先輩ですぐ後ろのタクシーに乗った。


「爺さんの知り合いの寺があるから、そこに行こう」


とFは運転手に行先を告げて、タクシーで移動した。






勿論、寺など完全に閉まっている時間だった。

タクシーを横づけしたFはインターホンを押して話をしていた。

直ぐに普段着の住職が出て来る。

そして私たちは寺へ入ろうとタクシーを降りた。


するとノリ子先輩が暴れ出した。


「嫌や、絶対に行かへん。こんな所行かへん」


と、殆ど叫び声。

それを無理矢理、私とFと関口で寺の敷地内に押し込んだ。

物凄い力だった。

関口の手の甲にはノリ子先輩の爪で引掻いた痕が残っていた。


中に入るとノリ子先輩は大人しくなり、フラフラとFに支えられながら歩いていた。


振り返ると青い顔をしたヨウ子先輩が、ノリ子先輩と同じ様な咳をしている。

私はヨウ子先輩が握っていた岩塩を取り、ヨウ子先輩の後ろに回った。


「その子もやな…」


と住職が言う。

私は頷いて、ヨウ子先輩の背中を押して寺の中に入れた。


中に入ると二人ともぐったりとして、倒れ込んでしまった。


「ちょっと準備してくるわ」


と住職は奥に引っ込んだ。


「何が起こってんの…」


とカズミ先輩とサワ子先輩は訊くけど、私にはまったく説明も出来ない。


「やっぱり、ヨウ子に憑いてた生霊…」


それは違う事はわかるのだが…。


住職が香炉を持ってやって来る。

そして入口近くに香炉を置いて線香を炊き始める。


「そこの人たちはこの香炉からこっちには来んといて」


と住職は言った。


ぐったりとして横になった二人の先輩を挟む様に私とFが座った。


住職は蝋燭と線香に火をつけて、読経を始めた。

そして時折、数珠を持った手で、ぐったりとしている先輩たちの背中をトントンと叩く。

その内、Fと私に数珠を渡し、トントンと叩けとジェスチャーで言う。


私とFは住職の読経に合わせて先輩たちの背中を叩いた。


寒い日だったのに、私とFの額には汗が浮いていた。

それだけじゃなく、住職の頭にも汗が流れていた。


無数に炊かれた線香の煙がお堂に充満していた。


ぐったりとしていた先輩たちの身体がピクリピクリと動く。

その度に私とFは先輩たちの背中を数珠で叩いた。

さっきの様な手形は見えなかったが、何か凄い力なのはわかった。


住職が枕机の引き出しから何かの書かれた紙を出し、読経を続けながらその紙を二人の背中に載せた。

そして二人の方を向いたまま、読経を続ける。


一瞬、ノリ子先輩が起き上がろうとしたのを私は押さえつけた。

住職は線香の束に蝋燭で火をつけて、二人の上でその線香を振る様にして煙を浴びせる。


どのくらいの時間、読経が続いたのかわからなかったが、かなり長い時間だったと思う。


住職は二人の手の甲に筆ペンで文字を書き入れた。


そして二人を仰向けに寝かせた。


住職は私たちを見て、ようやく微笑む。


「はい。これで大丈夫でしょう」


住職のその言葉に私たちはホッとした。

Fも同様で、ゆっくりと足を崩して座った。


正直、凄く疲れていた。

私もその場で横になりたいくらいだった。


「此処は寒いから向こうに行きましょうか」


と住職に言われ、私たちは二人の先輩を担いで和室に移動した。


住職の奥さんがお茶とお菓子を持ってやって来た。

それを受け取ってお礼を言うと、普段着に着替えた住職が戻って来た。


「びっくりしたやろ…」


と住職は笑っていた。

しかし私はまだ笑える状態ではなく、座布団を敷いて横になっている二人の先輩を見た。


「説明した方がええか」


と住職がFに言う。

Fは、


「あ、俺がしますんで」


と言うと、住職は頷き、


「じゃあちょっと風呂入って来るから。ゆっくりしとき」


と言って出て行った。


誰も何も喋らない。

そんな静かな部屋だった。


「ノリ子先輩って引っ越したやろ」


とカズミ先輩に訊いた。

カズミ先輩は無言で頷く。


「同じ団地やけど、広い部屋が空いたからって、去年の年末に引っ越してん」


Fはそれを聞いて頷いた。


「ノリ子先輩に憑いてたのはその家に居った霊やな…」


Fはテーブルの上のお茶を取り、飲んでいた。


「しかも一人やないな…。俺がわかるだけでも三人…」


私は、俯いて目を強く閉じた。

私もFと同じ様に三人を感じていた。

しかもそのうちの二人は子供…。


「母親と子供やな…」


とFは言いながら私の肩を叩いた。

私は俯いたまま頷いた。


Fの話ではノリ子先輩が引っ越した部屋は、母親が子供二人を道連れに無理心中を図った部屋だと言う。

そしてその三人を、家族で一番霊感の強いノリ子先輩が背負っていた様だ。


身体の弱い子供を育てるのに疲れた母親が、無理心中をしたのでは無いかと言っていた。

喘息が子供にはあり、それで変な咳をしていたのだろうと言う話だった。


Fの話を私たちは黙って聞いていた。


「学校に行きたいって子供は強く思ってたみたいやな…。それで卒業したノリ子さんを見て羨ましかったんやろうな…」


Fは相当疲れていたのか、お菓子を食べながら何杯目かのお茶を飲んでいる。


「家の方は大丈夫なんか…」


「事故物件ってやつちゃうの」


関口とサワ子先輩が言う。


「事故物件ってのは、事故があって直ぐに入る人には告知する義務あるけど、多分、かなり古い話やから、もう何人もその部屋には住んでる筈や」


Fはまたお菓子を食べる。


「現に憑いてた子供は俺らよりも年上か同い年くらいになってるかもしれん」


そんな事までわかるのか…。


私は息を吐いた。


「ヨウ子さんは多分、ノリ子さんの家に行った事あるんやろうな…。ノリ子さんの身体から離れて、ヨウ子さんに憑いたって事は」


カズミ先輩とサワ子先輩はノリ子さんの家には行った事が無く、ヨウ子先輩は何度か行っていたと言う。


「霊感のある人ってF君やったんやね」


とカズミ先輩が私の方を見ていた。


「騙される所やったわ」


おいおい、これは私が騙した感じになるのでは…。


そう思っていると、Fが湯飲みを置いた。


「そんな事ないで、コイツも、俺のツレの中では一番霊感のある奴やで、現に、ヨウ子さんにもし生霊が憑いてたら、コイツの対処方法に間違いは無かったしな」


二人は私を見て頷いていた。


「ノリ子さんからヨウ子さんに憑きものが移ったの最初に気付いたのコイツやし」


Fは一人で笑っていた。






その後、ノリ子先輩とヨウ子先輩が殆ど同時に起きた。

しかし既に電車も無く、始発を待つしかない時間だった。


私たちは仮眠をしていた住職にお礼を言って寺を出た。


「ちゃんと供養しとくから」


と住職は先輩たちの背中に貼っていた紙を手に持っていた。


「そう言えばさ、除霊の時って塩使うやん。何で塩なん」


と関口がFに訊いた。

Fはタバコを吸いながら早朝の誰もいない道を歩く。


「霊ってのは基本、水の傍に居る事が多いねん。井戸とか池、湖、川もかな…。基本、喉が渇いてるんやな。けど、塩水って喉が渇いてても飲めんやろ。だから昔からお清めの塩なんて言って使うらしいわ」


その話に皆頷いていた。


その後、動き出した西行きの電車に乗って帰った。


汚してしまったノリ子先輩のコートの事をFは謝ってたが、ノリ子先輩は、


「許すから一回ケーキ食べに行こう」


とFとデートの約束をしていた。






この日もFの持つ力の凄さを思い知らされた。

彼女たちには飛んだ卒業の日になったのかもしれなかったが。


作中、先輩たちの名前をノリ子、ヨウ子、カズミ、サワ子と書いたが、実は四人の先輩の名前は覚えていない。

今回はその辺りを適当に名前を付けさせてもらった。


何年か後、私が社会人になった頃にこの中で言うヨウ子先輩に偶然会った事がある。

その時も二人で、


「ああ、」


とだけ言ったが、お互いに名前を思い出せなかった様だった。







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