ある大学でのお昼休みの一幕

 誰であっても生きていれば腹は減るし飯を食う。


 午前の講義を受け終えた俺も、それは変わらない。

 故に、昼食を摂る為に訪れた食堂で、メニューの中でも一際安いうどんを啜っていた訳だが。


 その、今現在、目の前に存在する奇怪極まりない状況を、何と説明した物だろうか?


 筋骨隆々とした、銀のスーツを身に纏った――前衛芸術の様なマスクを被ったそれ・・が、空になった食器を乗せたトレーをかかえたまま、カウンターに設けられた返却口に並んでいる、なんともシュールな光景。


 ちらちらと彼(?)の事を盗み見ている人間は一人や二人ではない。

 というか、前後に並んでいる奴など、極度の緊張によるものか、脂汗をだらだらと流して顔面を真っ青にしている。


 ――あれ、例の銀の怪人ナローマンだよなあ……


 彼こそは、今も世間を騒がせている謎の宇宙人。

 つい先日、おかしな道具アイテムで欲望の限りを尽くしていたという、べったべたな薄い本エロ同人にでも出てくるような状況シチュエーションを、被害者ごと物理的に叩き潰したとも聞く。

 事の詳細は、かろうじて生き残った人間から齎されたのだそうだが……

 まあ、何というか、言葉は濁されていたが、大分ひどい有様だったらしいのは想像がつく。

 

 食堂ここに飯を食いに来た……いや、食器が空になっているあたり、もう食い終わったのか?

 でも飯を食うにしたって何でここなんだよ。

 と、色々と考え込んでいる中、緊迫した空気をぶち壊すかのように、食堂に大きな声が響いた。


「だからそんな小さなことにこだわってるんじゃないわよ、男らしくないわね!

 そんなのだから浮気されるのよ!」


「アンタには関係ないだろうが。あれの親友だか何だか知らんが、飯の邪魔だ」


 声が聞こえてきた方向を向くと、対話がヒートアップしているのか、銀の怪人アレの存在に気付いていないだろう、テーブルを挟んだ二名の男女の姿。

 話の内容から推測すると……浮気した女の親友だかなんだかが、彼氏の元に詰めかけて、復縁しろとか宣っているのだろうか?


 ――あっ。


 先程の場違いな、ナローマンの姿が脳裏に過り、目の前の口論している二人に重なる。

 話の展開が読めた……読めて、しまった。

 

 食器の返却を終えたらしいナローマンが、そちらに向き直り、すたすたと早歩きで彼らの元へと向かっていく。

 それに気づいていない、件の二人以外の……

 食堂に居る誰もがやばい・・・と思っているのか、顔をひきつらせて、口をぱくぱくさせているが、実際に声を上げるものはいなかった。


 みんな自分の身が一番かわいいんだろう。

 まあ俺もだけど。


 件の二人から少し距離をとったところでナローマンが歩みを止め、構えを取った。

 よほど口論に没頭しているのか、二人はそれに全く気付く様子が無い。


 必殺の意思を固めた銀の巨躯の持ち主の周囲の空気が、陽炎のように揺らいで見えるのは……目の錯覚だろうか。

 ナローマンは、深く腰を落とし、並ならぬ覇気とともに、野太い声で叫ぶ。


『豪烈!ナローマン正拳突きぃぃ!』


 瞬間、ナローマンの姿がぶれる。


 更に、僅かに遅れてぱん、と何かが弾けるような音がしたかと思うと、浮気女の親友(仮)の方の頭部だけが消し飛んで、消えていた。

 下手人の方を注視すると、そこにあったのは、まっすぐに拳を突き出した銀の怪人ナローマンの姿。

 ……過程が全く見えなかったが、正拳突きとか言ってたし、音速を超えた拳圧による、空拳、というやつだろうか。

 いや、無駄に多彩な技を持っているらしいし、ひょっとしたらそれらしく偽装しただけの、まったく別の能力なのかもしれないが……


 ぐらり、と一瞬遅れて、頭部を失った女の上半身がテーブルの上に倒れる。

 そうして何が起きているのか、ようやく気付いたらしい向かいの男が、声にならない悲鳴を上げた。


「―――――!」


 そんな浮気された男(仮)の狂態などどこ吹く風とばかりに。

 ナローマンは彼に向け親指を立て、食堂内をぐるりと見まわして――うわやべ、目が合った。


 ぴたり、と視線がここで止まり――何かを思案するように、じっ、とこちらを数秒程見つめたかと思うと、こちらにもサムズアップ。


「……あ、どうも」


 ぼそりと、つい反射的に返すと……満足げに頷いて、ナローマンの姿がぱっとその場から消える。

 話に聞く、瞬間移動テレポーテーションというやつか。


 ……浮気した女の方にでも行ったのだろうか?


 ともあれ、元凶ナローマンがいなくなった事で、どっ、と空気が弛緩する食堂内。

 浮気された男(仮)はぶつぶつと何かを呟きながらぶっ壊れたままだが、まあそのうち正気に返るだろう。多分。

 

 そういえば、まだうどん食い終わってなかったな、気付き――と少し伸びてしまったそれを、再び啜る事にした。

 汁をたっぷり吸った、コシのない麺をもぐもぐと咀嚼して、思う。

 

 うん……当たり前だけど。

 やっぱり不味いわこれ。

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