異世界の聖女様が迷い込んだのは、なんと俺の家でした。~一緒に暮らすうちに溺愛されるようになりました。~

小笠木 詞喪(おがさき しも)

プロローグ

【異世界:イミルア】


 私、アルフィリア・マルガゼントは空に広がる灰色の雲をぼーっと眺めながら、馬車に揺られていた。

 馬車の向かう先は王都の外れの森、魔力災害の発生地点だ。

 魔力災害は魔物や魔獣の死によって発生する魔力が集まり膨張し、周りの大気を汚染する現象で、基本的に放置していれば自然消滅する。

 しかし発生地点が王都の近くともなれば、街にどんな被害が出るかわからない。

 そのため、その魔力災害を調べ、対処する命令が聖女である私に下されたのだ。


「聖女様、魔力災害の発生地点の近くに到着しました」

「……はい」


 御者にそう告げられ、馬車を降りる。

 そのまま御者にお礼を告げると、私一人を残し、馬車は元来た道へと戻っていった。


「さて……」


 目の前に広がる森を見つめ、私は神経を研ぎ澄ます。

 周りの大気に充満する魔力の量が明らかに多く、このまま広がれば街に被害が及ぶことは確実だと理解する。

 

「……この前の魔物の大量発生スタンピードが原因ですね」


 魔力災害の状況と原因を冷静に分析する。

 数日前、魔物の大群が押し寄せ、街を襲うという現象が発生していた。

 国の騎士団や魔術師団が掃討し街へ大きな被害はなかったが、魔物の大量の死体は森の方へと片付けられ、そのときの死体から発生した魔力が膨張して魔力災害になったのだろう。


「だから魔物の死体は聖魔法による浄化を行い、処理するべきだとお伝えしたのに」


 こういった事態になることを想定し、魔術師団に聖魔法による浄化を提案したのだが、魔術師団の者たちはそれを実行しなかったのだろう。

 自分たちでやるのが面倒だったのか、魔力災害になったら聖女にすべて押し付けようとしたのか、はたまた両方か。

 だが、それがこの結果を生んだのだ。

 私は内心で湧き上がるなにかを感じる。

 

「……いけません。愚痴を言っている暇はありませんね」


 先ほど口から出た言葉と感情を押し殺し、自分の仕事に専念する。

 女神様から特別な加護を与えられた聖女の使命である以上、自分がやるしかない。

 国王陛下からの命令と、使命を全うすることが自分の存在理由。

 それ以上のことは考えなくていい、と自分に言い聞かせ、魔力災害の発生源へと向かう。

 森に入ってしばらく進むと、魔力が渦を巻いている場所を見つけた。


「……ここですね。思っていたよりも大きい」


 目の前の渦の大きさは予想よりだいぶ大きく、対処が遅れれば王都全体に被害が及んでいた可能性もあっただろう。

 私はこの魔力の嵐を消すために、目を閉じて集中する。

 自分の周りに、光が集まって大きくなっていく。


「……聖なる光の女神の御力を、私にお貸し下さい」


 祈るように手を組み、自身の魔力を解放する。

 身体から放たれた光がみるみる広がり、森全体を覆った。

 少しずつ充満していた魔力が霧散むさんしていく。


「ふぅ……」


 もう少しで終わり……と少し気を抜いてしまった瞬間だった。

 急激に”充満していた魔力とは別の力”が光となって周囲に広がり、私の身体を飲み込み始めた。


「……えっ!?」


 突然の謎の現象にパニック状態に陥ってしまう。

 なにがどうなっているのか、どうしてこんなことになったのかわからないまま、どんどん光に飲み込まれていく。

 

(……あぁ私、死ぬんでしょうか)


 混乱しているためか、感じる力が自身を上回るものだと感じ取ったからか、自分ではもうどうすることもできないと、自身の死を悟った。


(結局誰からも……欲しい言葉はもらえませんでした)



 そしてこの日、この世界から聖女アルフィリア・マルガゼントは姿を消した。





【現代世界:日本】


「ん~!やっと明日から連休だぁ~……!」


 学校を終え、まっすぐに帰宅する平凡な高校生、早乙女さおとめゆうは、明日から始まる連休に心を躍らせていた。

 一緒に遊ぶような友人がいない俺にとっては、自分のために時間を浪費できる最高の期間と言えるので、楽しみで仕方がなかった。

 足取りは軽く、鼻歌でも零したくなるほど気分がいい。

 通っている学校は自宅からそんなに離れていないので、あっという間に家に着く。

 でかくも小さくもない、父と母と三人で暮らしている一軒家の扉の鍵を開け、まだ誰もいないであろう家の中に向かって、「ただいまー」と口にしながら中に入る。

 そして、リビングに入ったところで違和感を覚える。


(……誰か、いる?)


 まだ電気をつけていないので、薄暗くてよく見えないが、誰かがいるような気配がする。

 俺は恐る恐る、壁に備え付けられている電気のスイッチを押し、明かりをつける。

 周囲が一気に明るくなり、感じていた気配の正体が露わになる。


「……なっ!?」


 そこにいたのは、同い年くらいの見知らぬ銀髪の少女だった。

 驚きと混乱で、思考がフリーズしてしまった。


 これが、異世界から迷い込んできた聖女アルフィリア・マルガゼントと、早乙女優の初めての出会いだった――。


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