第56話 ふと目が合った

 ペリッと封蝋を剥がして、手紙を取り出す。


 三つ折りになっている手紙を開くと一つ違和感があった。目に見える違和感だ。


「なんかこの手紙………上記と下記で筆記者が違ってない?」


 上記は比較的柔らかな字体で書かれているのに対して、下記はなんというか教科書に出てきそうな角ばった字体で書かれている。それに、殴り書きとはいかないまでも何やら急いで書かれたようだ。


「え?どれどれ………まぁ、確かにそうかも」

「で、でも誰が………っていうか、ちょっとこれ見てください!」

「ん?………えっ」


 上記は僕が送ったことに対して謝辞と正式な子爵階級への任命にあたる内容が書かれていたのに対して、下記は『あと2日以内に隣領の様子を調べて王都へ送り届けてくれ』というようないわば緊急依頼だった。


 理由も丁寧にとまではいかないもののちゃんと説明されている。僕が撃退した魔人の軍がどうやら辺境領を狙って征服している可能性があるから、念の為に調べてきて欲しい。とのことだった。


「どうされましたか?」

「ちょっと、これ見て」

「ふむ………ほう?」

「ということなんだけど、どうしよう?」


 手紙が届いたらすぐに税率の変更を王都事務に連絡しようと思ってたのに………隣領って要は二つでしょ?結構時間かかるなぁ。まぁ、王室からの緊急依頼を基本的には断れないからやるしかないんだけど………


「ちょっと僕、隣領の様子を調べて来るからよろしく。あ、でも先に税率の紙だけ書こうかな………」

「まぁ税率の件は私めから領民の皆さんにお知らせしておきます。掲示板にこの旨を書いた紙でも貼っておきます」

「了解。ありがとう」

「ちゅ、昼食の片づけは私がします!」

「あ、ボクはクライトの反対側を見てこようか?」

「皆いいの?本当にありがとう………!!!」


 今回僕がレンメル領に帰って来る時に、キュールとクレジアントが付いてくるのを了承してしまった事を悩んでいたけれど………付いてきてもらって本当に助かっている。まぁ、助かっているからといってこんなに大変な思いをさせているのだからあんまり良い訳はないのだけれど………


 将来、その………お嫁さんとしてめとることになったら。精一杯不自由ない暮らしを整えよう。そう、一人思った。


★★★★★


【ギュルリアside】


「辺境領の征服することに成功した小隊長に告ぐ。まず、兵糧の準備は出来たか?そして次に総員武器は持ったか?最後に隊ごとに整列出来たか?」

『問題ないです!!!』

「よし。それでは、王都への侵攻を直に開始する。それまでに、最終確認を整えておけ。その上で、騎士団や学園教師が万が一来た時に取るべき行動も確認しておけ」

『了解致しました!!!』

「よし、それではまた連絡する」


 もうあと1時間もしない程で、我等の王都侵攻が始まる。これで………


「因縁が終わる」


 何も、特別な理由ではない。ただ、グロス、お前が。グロス・サイト・ハイドロン・ソーネク・ヨーダン。お前が我を殺してまで、王座に着いた帰結だ。我は運に恵まれなかったが、悪運には恵まれたようだからな。


「王から、将軍になった………」


 もう少し時間をかけて魔人を束ねる最高峰、となっても良かったが………計画が狂った今。魔将の状態で、お前に挑もう。


 大丈夫だ、我は最早人間ではない。いや、最早ではない。正真正銘人間ではないのだ。これは世界の意志なのか、はたまた我が引き寄せた黒い希望なのか………そんなものはどうでもいい。


 今はただ、この瞬間が心地いい。


☆★☆★☆


【クライトside】


 子供が転んでしまった所を回復魔法で治してあげる。キュールみたいに得意じゃないけれど。


「クライト様!いつもありがとうございます!」

「ううん大丈夫!それじゃあ、僕は少し隣領に行ってくるから!」


 子供を親に引き渡して、僕は走り出す。食事を配給しているとはいっても、まだまだ領民の皆の顔は青白い。ただ前よりも、目の奥に光がある分まだ僕としては嬉しい事だ。さっさとこの仕事を終わらして、税率の調整に入らないと。


 ただひたすらに走る。何だか、王都でも少し昔にこんなことがあった気がする。その時は、向かう先で戦ったけれど………まぁ、今回は流石に大丈夫だろう。偵察に行くだけだし。


「よしっ。ここが境界線かな?」

「おい、そこで止まれ!手を上げろ!」

「ん?って、ちょっと………嘘でしょ」


 隣領に入ってまず御対面したのは、人間でも動物でもなくて魔人だった。


 レンメル領にきてただけじゃなかったのか………


「おいおい、どうしたんだ?」

「なんか、レンメル領からこのガキが来ちまったみたいでな」

「そうか、それならレンメル領に返しておけ。あそこの領主の息子はバカみたいに強いらしい。なんでも俺らの上官が集団でかかっても傷一つ付けられなかったとか」

「なっ!それは本当なのか!?」

「本当だ。あいつを怒らせたらやばいって、そう上官から聞いている。他の辺境領はぶっ潰せたが、あそこだけは手を出しちゃいかん」


 ん?上官?


 って事はやっぱり魔人は軍隊だったのか。ふ~ん、良い情報を得たな。それから、僕が強くて領民には手出しできないって言う指令が出されているのも僕としては非常にありがたい。今の少ない領民を殺されたりでもしたら、それこそレンメル領は終わるからね。


 あれ?というか、レンメル領『だけ』?………なるほどね。他の領は征服されているのか。好ましくない情報ではあるけれど、重要な情報だと思うからありがたい。なんだ、思っていたより楽に終わりそうだな。


「ぁ………助け………」

「いいから兵糧を運べ!!!お前の代わりなんて幾らでもいるんだよ!!!」

「………ん?」


 ふと、目が合った。ボロボロの服、虚ろな目。


「………へぇ?」

「ん?このガキ、なんか言ったか?」

「おい、良いからさっさと送り返すぞ」


 本当は、面倒事に首を突っ込みたくなかったけれど………


 目の前でこんなことになっていたら、助けざるを得ないじゃないか。

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