第53話 文書と雨
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ヨーダン国王 グロス・サイト・ハイドロン・ソーネク・ヨーダン陛下
尊敬する王室の御前に
このたびはお手紙をお届けすることを光栄に存じます。私、クライト・フェルディナント・レンメルでございます。貴重なお時間を割いていただき、心より感謝申し上げます。王室への深い尊敬と敬意を表し、また、この貴重な機会を与えていただいたことに対し、謹んで感謝申し上げます。
さて、この手紙の内容を具体的にお話しするとなると以下の2つのご報告がございます。
まず第一に、我がレンメル領におきまして、二度の魔人による襲撃が発生いたしました。初めの襲撃では、私と友人のクレジアントとの協力により、領内の被害を最小限に抑え、魔人を完全に制圧いたしました。しかし、二度目の襲撃では、レンメル家の現領主であるクスタフ・ファイランド・レンメル殿およびレンメル家本邸の使用人が犠牲となりました。その他の土地や領民への被害はございませんでしたが、この悲劇を通じて、私は領を任されている立場としての責務の重さを痛感いたしました。
次に、この度、レンメル領の次期領主の任命予定者が私クライト・フェルディナント・レンメルに決定いたしました。父である前領主は、魔人の襲撃により命を落とし、兄弟たちはそれぞれ聖職者の道を選びました。この重要な問題に対し、貴族としての責務を果たすため、直接王室にお伺いする決意をいたしました。
最後に、陛下のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。何かご不明点やお困りごとがございましたら、どうぞお知らせくださいませ。陛下の謙虚で従順な従者であり続けることを、心より光栄に存じます。
この手紙が王室に届き、ご検討いただけますよう、謹んでお願い申し上げます。
敬具
クライト・フェルディナント・レンメル
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「………ふぅ」
ようやく王室に向けて郵送する手紙を書き終わった。やや粗い質感を持った茶封筒に今書いた手紙を三つ折りにして包む。開き口の部分に熱した封蝋を垂らして、シーリングスタンプを押す。これで完成だ。茶封筒にももちろん名前やその他諸々を記述する。
地味に、こういう正式な書類を王家に出すのは初めてなので結構疲れた。誰かに任せたかったけれど今のレンメル領にはレンメル家が僕しかいないから仕方が無い。というか、次期領主が僕という事になっているから僕が書かないといけなかった。
「………んん~!疲れた!!!」
昨日に引き続いて、今日は本当に疲れた日だった。というか、まだ色んな事が実感として湧いていない。今動けているのは自分の意志というよりはただの惰性とでも言うべきか。やらないといけない事をずっとしていたから、これも直ぐに終わらせてしまおうというだけのモチベーションで動いていた。
昨日は魔人が来るなんて思っても無かったし、今日だって昨日全滅させたんだから流石に連続で来るとは思って無かった。その上に、来た魔人に父は突然殺されるし。そもそも、その前にナイパーとクスマ&クスタフが戦ってどっちも放って置いたら死ぬ状態になってたし………
いやいやというか、気が付いてなかったけれどナイパーって属性使えたの!?小さい頃に属性を耐える鍛錬をしたかったから属性をもって居ないか何度か聞いたけれど、『私めにはそのような才能はございませんので』と言ってた気がするのだけれど………まあでも考えたら、もし持っていたとしても〈憤怒〉の凶悪な効果を子供の僕相手に向けることなんてできないか。
「ナイパーはどうかな」
キュールが回復魔法をかけてくれていたし、もう完全に回復しているとは思うけれど………そう思いながら何回かノックして扉を開く。
扉を開いた先にはキュールとクレジアント、そして何人かの使用人と、土下座したナイパーが居た。
「………え?ナイパー?」
「………お坊ちゃま。いえ、領主様。この度は本当に、本ッ当に!!!申し訳ありませんでした!!!!!」
「え、えぇ」
土下座するナイパーの服を見る。さっきまで脇腹部分に服の上から剣を刺したから破れていたのだけれど、新しい服に着替えたのかそのような穴は見えない。綺麗にバトラーに相応しいピシっとした格好になっている。でも、今は土下座しているからかその服の良さがあんまり分からなくなっている。
「ナイパー、頭上げて。体調は大丈夫?どこか痛い所は無い?」
「ございません!それはそうと本当に、本当に申し訳ありませんでしたっ………!」
「もういいって、ナイパーだってしょうがなかったんでしょ?キュールとクレジアントから聞いたよ。クスマとクスエルはどっかの聖堂とかに行って聖職者になるって言ってたよ」
「はい、その事につきましてはクレジアント様から教えていただきました。そして、クライトお坊ちゃま………いえ、領主様。この度は領主への就任おめでとうございます………!愚鈍な私めの事はもう捨て駒の様に扱っても構いません!」
「ちょ、ちょっと。ナイパー落ち着いて」
ナイパーが土下座している所なんて僕も全然見たいものではない。だって、自分の育て親が自分に対して土下座してる姿を見たい人なんてよっぽど酷い事された人くらいしかいないと思うんだ。僕はナイパーに大切に育てて貰ったし、この前帰ってきてから今日までずっと助かっている。
「ナイパーの事を捨て駒みたいに扱うわけないでしょ………そもそも、僕は捨て駒とか言う概念が嫌いだし。もちろん、やらないといけない時はあるけれど。それはナイパーじゃない。というか、この領に居る人たちは捨て駒なんかにしない」
「お、お坊ちゃま………」
「そのさ。お坊ちゃまって呼び方、最初は恥ずかしかったけれど最近だとそっちの方がしっくり来てるんだ。だから、領主様なんてよそよそしい呼び方は止めて欲しい。僕はそもそも敬語だって使わなくていいって言ってるけれど、きっとそれはナイパーにとってキツイと思うから。せめて呼称だけは変わらないままで居てよ」
「………」
ナイパーが俯いてしまった。
僕はナイパーと逆の方向にある扉に向かって歩く。今のナイパーはきっと、僕に姿を見せたくないと思うから。
「それじゃあ、ナイパー。そして皆も。僕は下で待ってるね、ちょっと疲れちゃった」
「………はいっ………!!!」
震えた声のナイパーの呼応には反応しないで扉を閉じる。
いつの間にか、外にはぽつぽつと雨が降っている。
ナイパーも、もし外だったらごまかせたかもしれないのに。
「………全く」
気が付いたら、僕の頬も一筋熱くなっていた。それが何の感情なのかは、その時の僕には分からなかった。
ただ一つ分かっていたのは、すぐに扉を閉じて良かったという事だった。
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