第48話 不穏な靄

「はい、これで大丈夫ですよ」

「ありがとうございます………っ!正直もう医者に診てもらうお金も無くて、このまま死に往くんだろうなって考えてました………」

「ごめんなさい。もう少しだけ待っていてください………昼食の無償提供は税率が改善するまで続けますので」

「ありがとねぇ。なんで君はそんなに良くしてくれるんだい?あの人の家族なんだろう?お金も欲しいはずだし本当は税率なんてもっと上げたいはずだけど………」

「………僕は、そうですね。ほぼ、親戚みたいなものですから。少しばかりは父様に強く出れるんです。僕がやらなかったら、誰もやれないですから」


 領民の人からお金を取りたくないかと言われたら、取りたいに決まっている。だってそれが主な貴族の収入源だから。でも、税率を上げたくないかと言われたらそうでもない。だって、税率を上げて領民の人数が減ったら結局収入源は減る。

 目先の利益に捕らわれて本質を見れないなんて、貴族としてあるまじき醜態だ。父はそれを晒してしまっているし、それを自ら変えようとも思っていない。なんなら加速させようとすらしている。貴族の端くれとして、それは矯正しないといけない。


「では、そろそろ失礼しますね」

「ありがとう。本当にありがとう!」

「いえいえ、そんな。頭を上げてください。明日も昼食是非食べに来て下さいね」


 そう言って、屋敷に戻る。そろそろ昼食とは言えない時間になってきたし、多分片づけを始めてるだろう。僕だって、料理はめっきりダメでも片づけくらいは出来る。すごく重いものもあるし、使用人の人だけに任せるのも悪いからね。


 初日というか、この昼食配布や無償での病気治療を始めて最初の感触としては中々悪くないと思う。僕達だって学園の生活があるし、これをずっと続けていくわけにはいかない。父様は1週間後にまたお話する機会を自ら作ってくれた。僕がこういう事をしたら税率は考えてくれるって言っていたし。これは期待できるかも………!


「さて、屋敷は………着いたね」


 屋敷が見えてきた。 


 屋敷に戻ったら何をしよう。一回休もうかな、その後はそれぞれに掛かってる費用の算出から、鍛錬もそろそろ再開しないと。魔人が急に攻めてきたし、何かあるかもしれないから。あ、そうだ。学園と王国に手紙を送っておこうかな?王国に僕から直接は結構面倒くさいだろうから、スタグリアンに手紙を送って取り敢えずは王様に把握してもらうような手紙を書いてもらおう。


 そんなことを考えていると、何やら声が聞こえてきた………揉めている。なんだろうか、領民の人が暴れたりでもしたのか。使用人の皆は戦闘が出来ないし、出来るだけ急ごう。


「おーい、何を揉めている………の?」

「く、クライト!ちょっと助けて!」

「な、ナイパーさんが!!!」


 クレジアントとキュールが何か焦った様子で指をさしている。


 指の先に居たのは、足元に血だまりを作っているナイパーと、血の上で倒れているクスマとクスエルだった。


☆★☆★☆


【ナイパーside】


「は、はい、これで大丈夫だと思います」

「ありがとう………!!!本当にありがとうございます!!!」

「だ、大丈夫です。で、では、し、失礼しますね」

「それじゃあありがとうございました!」

「昼食を無料配布しているので明日から是非来てくださいね」

「も、もちろんです!そこまでいいんですか!?」

「はい。クライト・フェルディナント・レンメルお坊ちゃまが決定されました」

「クライト様か………ありがとうと伝えておいてくれ!本当にありがとう!」


 今日最後の病気を患った方をキュール様が治療なさり、あとは帰るのみとなりました。使用人の皆は昼食をまだ配っているでしょうか?もしも配り終わっていたなら私めも手伝わなければならないため、少し早歩きで帰ります。


「キュール様。とても鮮やかな回復魔法でした」

「ほんと!ちょっとがさつなボクだとあんな繊細な作業絶対出来ないよ!」

「い、いえ。私よりナイパーさんとクレジアントちゃんの方が凄いですよぉ………」

「そうご謙遜なさらず。病気を患った方を治療できるというものはとても稀有な才能です。本日はお疲れになられたでしょうから、是非お屋敷の方でゆっくりとお休みください。お申し付けがあれば私め共がお手伝い致します」

「あ、ありがとうございます………」


 本当に、何をしようとも非力な私めよりもキュール様は凄い力をもっています。それは魔人を撃退してくださったクレジアント様も同様です。お坊ちゃまは本当に良い配偶者の方をお持ちになりましたね。生涯のパートナーに相応しい方々です。


「そろそろお屋敷に着きますから。ゆっくりお休みになられていてください。私めは昼食の片付けをしようと思っておりますので」

「ありがとうございます!でも、ナイパーさんも疲れたらボク達に頼ってくださいね!これでも、体力には結構自信あるんです!」

「これはこれは………ありがとうございます。ですが我が身、老い先短い人生ですから。お二人は若いうちからお身体に気遣ってあげて下さい」

「あ、ありがとうございます。でも、あ、あの、肩とか揉みますよ?」

「ははは。お気持ちだけありがたく頂戴しておきますね」


 そうこう話しているとお屋敷に着きました。少し騒がしい気もしますが、恐らく昼食配布が初めてなものですから。バタついたり、何か問題が起こったりしているのでしょう。もう一仕事しないといけませんね。


「おい!なんでこんなことしてるんだよ!」

「これは命令だぞ!俺のいう事が聞けねぇのか!」

「………おや?」


 何か、様子がおかしいですね。領民の方はもう誰もいらっしゃらないのですが、お二人が何かを使用人に伝えておられます。確か、クスマ・フェルディナント・レンメル様とクスエル・フェルディナント・レンメル様でしたかね。


「どうされましたか?」

「あ、ナイパーさん………ど、どうしたらいいでしょうか?」

「はぁ?誰だこいつ?」

「ほんと!勝手に入って来るなよ!」


 ううむ。なにやら穏やかじゃないですね。


「状況を説明していただけますか?」

「は、はい。あの、この方たちが急に昼食の提供を停止してと仰られておりまして」

「そうだ!そんなこと止めろ!」

「それは出来ませんね。誠に残念ですが」

「おい、これは命令だ!お前ら使用人如きが逆らっていいような命令じゃない!」

「いえ、こちらもクライトお坊ちゃまからの命を受けてこうして配給を行っているわけですから。あなた方の意見のみを通すのは難しいものがあります」


 たしかこの方達はクライトお坊ちゃまの上の兄にあたる存在だったと思いますが………兄弟でこうも違うものでしょうか?お坊ちゃまとはかけ離れたあまりに粗野な振る舞いですが………


「だったらこうだ!」


 バリィンッ!!!


「………」


 クスマが徐に皿を掴み、地面に叩きつけました。




 心を黒いもやが覆い始めます。それは、まだかまだかと待ち続けて、すぐにでも爆発しそうな勢いを持って。

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