第12話 猫鬼 2
旧大林邸に戻り、軽自動車から出た澄香は大きく伸びをした。
「気持ちいい~!」
「暑いから早く中に入ろうよ」
朔夜の言うとおり、すっかり日が昇って、もうかなり暑くなってきていた。
僕は雨戸を開けて縁側に新聞紙を広げて、猫鬼の遺骸を外に出した。しっかり形が残っているものは少なく、持って来る間にだいたい粉々になってしまっていた。僕はキッチンにいって適当なものを探し、空き瓶を見つけたので粉々になったものは瓶に詰めて蓋をした。
残ったのは頭蓋骨と肋骨の一部、蛇は頭蓋骨、ムカデは大きな外骨格部だけだった。
「お兄、よく触れるね」
居間の側から朔夜が声をかけてきた。
「死んだばかりならともかくもう100年経っていれば気にならないよ。きれいにしてあげよう」
「任せた。あたし、部活に間に合いそうだから行くね」
「不慣れな道だろうから気をつけて」
「ありがと」
朔夜は指定ジャージに着替えると自転車を猛スピードで走らせて旧大林邸を後にした。朔夜が乗っているのはただのママチャリなのだが、リミッターを切った違法電動自転車だと間違われること間違いない加速だった。
「空手続けられるのかなあ」
朔夜に鬼の筋力がつき始めたのであれば、少し心配になる。基本高校の空手は寸止めだったはずだが、万が一、当たってしまった場合、相手が無事とは思えない。先に覚悟を決めなければならないのは朔夜の方かもしれない。
大沢さんは事態が急展開したので、本社に報告に向かった。本社は都心なのでバスと電車で行くとのことだった。
その後、どうやってきれいにしてあげるか考えたが、澄香がネットで調べてくれ、やり方を教えてくれた。
まず塩で自分の身を清める。肩、腕、足に塩をつける。
その後、バケツに入れて流水で流しながらきれいにする。使い捨ての歯ブラシが置いてあったので、ケチらずその歯ブラシで骨をきれいにしてあげる。
心なしか猫の頭蓋骨がさっぱりしたと言っているようだった。続けて蛇の頭蓋骨を洗うが、気持ちよさそうに見えた。ムカデの外骨格はさすがに表情を窺えなかった。
そしてバケツからあげて、水切りして、縁側に広げた新聞紙の上に乗せて乾燥させる。真夏の気温なのですぐに乾きそうだ。日向がいいだろうと思う。今まで真っ暗なところにいたのだ。その分もお日様の光を浴びるべきだと考えたからだ。
3匹の骨が並び、興味深そうにヒトガタ3体が見ており、生きた猫かカラスが来て悪さされても困るので、骨の見張りを頼んで澄香と2人でお茶をいれてくる。
縁側で冷たい緑茶を飲みながら、話し始める。
「これで成仏してくれればいいなあ」
「真田さんはお優しいんですね」
「他に取り柄もなくてね。最強の蠱毒といわれる猫鬼であってもさすがに気の毒すぎる。1番悪いのは人間だ」
「しかしご先祖を呪い殺して何をしようとしていたんですかね、その術者は」
「日記の現代語訳を読めば書いてあるんだろうけど……大沢さんに転送して貰うか」
「急ぎませんけどね」
「しかしどうして澄香さんが狙われたのかな。1番血が濃かったということだとは思うんだけど」
「子孫の中で距離的に1番近かったのかも」
「可能性はどっちもあるね」
「もう生命の危険性はなくなったので、それは真田さんの大学受験が終わってから解明しても遅くないです」
「すぐ片付いて良かったね」
「本当に。あまりご迷惑をおかけしないですみました。大学受験を体調不良で勉強できなかったから失敗したとか、目も当てられませんから」
「いや、本当に。それでも君の役に立てればそれはそれで後悔しなかったと思うよ」
ふと、そこまで言って気がついてしまった。大沢さんも朔夜もいない。今、ここにいるのは僕と澄香だけだ。これは――いかんいかん。チャンスだなんて思ってはならん。
しかし僕がそう気がついたからか、今更ではあるが澄香も気がついたようだった。
「2人きりですね~ 大沢さんはお昼、適当に作ってくださいって言ってましたね」
「う、うん」
「どこか、2人で食べに行きたいな、なんて思ってくれたりしません?」
「すごくいいアイデアだと思います」
「ふふ。嬉しい」
この美少女と2人でランチが出来るなんてすごいご褒美だと思う。
お昼前にこれらの骨は十分乾くだろう。
乾いた後は柿の種の空き缶があったからそれに収めて埋めてあげるつもりだ。
「お宅の庭によく置いてある祠って幾らくらいするのかなあ」
ネットで調べると檜、7寸で4万円くらいだった。これ以上小さいとちょっと心許ない。僕のスマホを澄香ものぞき込み、うん、と大きく頷いた。
「私がポチりましょう」
「澄香さん、心が広いな!」
「猫鬼も私も同じ外法道士の被害者ですよ。ある意味、仲間です」
澄香は自分のスマホでためらうことなく購入していた。お嬢様にとって4万円は普通に出せる金額なのかもしれない。
骨が乾いたので、僕はそれらを柿の種の空き缶に収め、家の神棚の前にお供えした。
そのあと戸締まりをして僕らは昼食に外出した。移動手段が徒歩かバスしかなく、バスが来るまで時間があったので歩いてランチができる駅前のお店までいった。暑い最中なので帽子を被って、日焼け止めを塗って、1キロほど歩いて駅前に到着した頃には汗だくになっていた。
何軒か食べられるお店があって、夜は小料理屋のお店のランチが美味しそうだったので入り、西京焼きのランチを美味しくいただいた。澄香とこんな風に向かい合って2人で食べるのは、出会った日以来だ。遠い日のように思える。神木さんの前で話したくらいで、あまりお互いのことも話していないので、学校のことや家の話をする。話題は尽きなかった。
食べ終わったあとは和菓子を大沢さんと朔夜の分も買って帰った。
午後はまた鬼の技を出して筋肉痛になったあと、寝て、勉強した。
澄香は澄香でヒトガタのコントロールに注力していたようだった。
夕方には大沢さんと朔夜が帰ってきたので、ある意味、安心した。
「うお。お兄、大林さんに何かされなかった?」
2人きりだったことはあとで気がついたようで、朔夜に迫られた。
「大林さんに何かされなかったかって、逆だろ、普通。僕が何かする方で」
「お兄にそんな度胸ないでしょ。せいぜいラッキースケベが発動したら本当にラッキーなだけで」
言い返せなかった。
「葛まんじゅうを冷蔵庫に冷やしてあるから、あとで食べよう」
「やった!」
朔夜はキッチンに向かった。
大沢さんはまだ澄香がこれからどうなるか分からないので、契約は半年継続になったということだった。本人はたいへん安堵していた。
「ここの仕事はいい仕事だからな。私がオフィス勤めなんかできっこない」
「メイド服も着られますしね」
「もう着ないわ!」
割と気に入っているように見えたのだが、1回きりのネタだったらしい。
その夜は澄香の回復祝いということで、沢田さんはとてもいいお肉を振る舞ってくれた。一般庶民が人生でそう何回も食べるような肉ではなかった。
食後のデザートに葛まんじゅうを食べ、そして普通に寝た。
穏やかな夜だった。
異変が生じたのは翌日のお昼頃のことだった。
朝1番に祠が配達され、僕は早速開梱して、方位を確認して設置し、祠の中に柿の種の空き缶を収めた。朔夜は今日も部活に行っていた。
「考えてみるとどうして祠なの?」
疑問を呈する澄香に僕は答えた。
「100年も経てば怨霊も神様になる理屈」
「平将門とか菅原道真みたいな?」
「お岩さんもね。お岩さんは元々夫婦円満の神様でお化けは関係ないフィクションだけど」
「そうなんですね」
「どうぞ神様になってください。お願いします」
「では私も。どうか私どもをお守りください」
そう言って僕らは祠を後にした。
これで猫鬼の件は一件落着したと思ったのだが、たぶん、異変はこのときのお願いが効力を発揮したに違いなかった。
大沢さんの作ってくれた冷やしうどんを食べた後、ヒトガタが大慌てで澄香を呼びに来たのだ。ヒトガタ3体はガタガタ震えながら、居間の方を手で指していた。
「何があったんだろうね」
「行ってみますか……」
ヒトガタが後ろを恐る恐るついてくる中、僕と澄香は居間に行った。
すると居間の縁側に猫の姿があり、ゆったりと毛繕いをしていた。
「猫じゃないですか」
白と黒の模様も美しい猫だった。
しかしその尻尾は異形だった。
「蛇とムカデ――猫鬼だ!」
呼ばれたことに気がついたのか、猫鬼は顔を向け、大きなあくびをした。大きなあくびは蛇も連動してあくびしていた。ムカデは不明だ。そして破魔の眼鏡をしていないのに猫鬼が見えることに気がつき、これはもう違うなにかだ、と僕は感じた。澄香も見えていることがその証拠だ。
「どうしたんですか? 猫?」
キッチンから大沢さんがやってきて、縁側の猫鬼を見て言った。
「まあ、かわいい」
「しっぽ、しっぽ!」
澄香が指さすと大沢さんは言った。
「しっぽ。ないですね。もともとない子でしょうか」
大沢さんには尻尾がない普通の猫に見えるのだ。
大沢さんは出汁とり用の煮干しを持ってきて、上げてもいいか澄香に聞いた。
澄香はコクコクと頷くことしか出来なかった。
大沢さんは食品トレイに煮干しをあけて猫鬼の前に出すと、喜んで食べ始めた。蛇とムカデも身体を伸ばして一緒に食べていたが、大沢さんには見えていないようだった。
猫鬼は食べ終わると僕らを一瞥したあと、縁側から飛び降り、庭を歩いて行った。
そして祠の前で姿を消した。
「猫ちゃん、また来ますかねえ」
「ええ」
「というか、いると思うよ」
会話のラリーが続いていないなあという顔をしたあと、大沢さんはキッチンに戻っていった。
「すごいねえ。神様になってくれたんだねえ」
「情けは人のためならずですね」
「成仏させてあげた方が良かったのかな」
「でも、縁側であんなにくつろいでいたんですから、いいんじゃないでしょうか。そうだ。煮干し、お供えしておきましょう」
澄香は微笑んでキッチンまで煮干しをとりにいった。
こうして役者は出そろい、僕の高校最後の夏休みが始まった。
できれば受験勉強を優先したいとは思うが、そうは問屋が卸さないだろう。
石は転がり始めたのだ。
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