第9話 妹、朔夜襲来 2
「お兄――説明して貰おうか」
朔夜の目は据わっていた。
キッチンのテーブルにはご飯とお新香と干物と味噌汁というシンプルな夕食が並んでいるのだが、手をつけられずにいる。
朔夜の分の干物も焼けて、4人がテーブルに着いて、僕は口を開いた。
「まあ、食べよう。冷めてしまうから」
「食べ物を粗末にしてはならないのはキツく言われてるもんね」
「うん……」
席の並びは僕と朔夜が並び、僕の前に澄香、そして隣に大沢さんが座っている。
「味噌汁、美味しいです」
「ありがとう」
ぱあああっと澄香が笑顔になり、対照的に朔夜の目がいよいよ細くなる。
「あたしの味噌汁の方が美味しいでしょうが」
「澄香さん、お料理は初心者だから」
「初心者なりに頑張ったんですよ」
澄香も朔夜に気を遣っているようだ。
朔夜は干物を突きながら、キツい調子で始めた。
「調子がいいと言ってはいたけど、半病人の兄が、夕方とは言え、真夏の屋外で、震脚をして、車の進入にも耐える分厚い敷石を、粉砕するって、一体、どういうことなんだ? ウチのお兄は武道の達人でもなんでもないんだよ!?」
そして白米をパクパクと口に入れた。遠慮は知らない妹である。
「説明してもファンタジーなので……」
澄香は完全に朔夜に気圧されている。
「信じろとは言わないが、真田家と大林家は遠い親戚で、共通のご先祖には鬼の血と陰陽師の血が流れていて……」
「はああ?」
妹は兄の言葉を聞くつもりはないようだった。
「あるきっかけで鬼の力が使えるようになって――」
「お兄には聞いてない! なにそのよくありそうなマンガの設定は? お兄に鬼の血が流れているんなら、あたしにだってそれ、できてもいいはずだよね!?」
「そう、だね」
そのためには日記の世界に行く必要があるとは思うのだが、いければ出来るのかもしれない。いや。僕も鬼継さんの歩法を見ただけでできるようになったのだから、僕のそれを目の当たりにした朔夜ももしかしたら……
「まあ、食べようよ……」
澄香が朔夜を宥めようと試みる。考えてみれば澄香と朔夜は同い年だ。だいぶ雰囲気は違うが。友人関係になってくれれば
「お嬢。干物も上手に焼けています」
「ありがとう」
「うん、美味しいよ」
「干物焼くくらいで甘やかすな!」
朔夜は相当、ご機嫌斜めである。
「だいたいお兄がこんな美少女とハグしただけでも許せないのに同居だなんだとこっちはパニックなんだよ。しかも鼻の下を伸ばしまくった挙げ句、お手伝いと称するうら若い美女までいる。ついでに妹キャラまでいるじゃないか。あたしだが。これがハーレム計画じゃなくてなんなんだ!」
「朔夜、すごい混乱してる」
朔夜は味噌汁をかき込んで、両の手のひらを合わせた。
「ごちそうさまです!」
そしてダダダダと駆けていき、玄関を出た音がしたかと思うと、ものすごい破砕音が響いてきた。そして再びダダダダとすごい足音でキッチンに戻ってきて、朔夜は言った。
「あたしにも出来た!!!!」
「天才……」
僕は内心、頭を抱え、大沢さんは呟いた。
「シンクロニシティ――でも……」
「ホントだ。あたしにもできたってことは――ああ、済みません、兄妹して敷石割ってしまって! 弁償します!」
「1枚1万円くらいよ……それくらいは必要経費にするから大丈夫。工賃はかからないわ。そのうち真田くんにやってもらうから」
大沢さんはため息をついた。
「やっぱり兄妹なんですね」
澄香は笑顔になった。
「僕も苦労してできたというわけじゃないけど朔夜は一見しただけでできちゃうんだからすごいな」
「いやあ。鬼の血かあ。信じられそうな気がする」
自分に超常の力があると分かればもっと動揺していいような気がするが、朔夜は落ち着いている。大物だ。僕の場合は日記の世界を見たという前振りがあったから受け入れられたのだと思うからだ。
「あと陰陽師の血はこっちです」
ヒトガタが奥からテクテク3体(枚?)歩いてきて朔夜に礼をした。胸に壱、弐、参と後で筆ペンで記したので制作順がわかる。
「か、かわいい」
朔夜がそういうとヒトガタ3体が照れた。
「これは澄香さんが?」
澄香も照れつつ頷いた。盛り上がってきたらしく、朔夜は声を大にして聞いてきた。
「じゃあ、敵は、敵! こういうのって、敵が襲ってきたりするんじゃないの?」
「それは不明」
僕は肩をすくめた。
「今のところ、襲われたことはないけど私の病気は呪いじゃないかって」
「呪い――ですか?」
「呪いの術者がいるのか、大昔の呪いが今になって発現したのか、それとも単に病気なのか、全く不明です」
澄香の言葉に朔夜はうーんと唸った。
「一応、お兄も受験生なので敵がいるならともかく勉強させてあげたいのですが」
「申し訳ございません。更に続きがあります」
澄香が自分と彼女の生命力のリンク――そしておそらく自分が彼女の式神となっている話をやんわりと説明すると澄香は見る見るうちに顔を赤くした。
「エッチ! 変態! 感覚共有なんて、エッチすぎ! 今すぐ、解除してよ!」
「解除すると澄香さん、たぶん、すぐに死んじゃうんだ。まあ、解除の方法も分からないんだけど」
「お兄、人が良過ぎだよ! この1ヶ月、死にそうなほど体調が悪かったの、そのせいなんだよ!」
「でも、それで人が1人生きながらえているんだからいいじゃない」
「ああ、もう、それとこれは話が違うだろ!」
「愛されてますね、真田くん」
大沢さんがぼそりと言うと朔夜はピタリと止まった。
「べ、別に妹が兄を心配して何が悪いっていうの?」
「はいそうですか。悪いわけないですね。お茶をいれますね」
そう言って席を立ち、ガスコンロにやかんを乗せた。
「で、死ななくなる方法はないの?」
「僕では完全適合しなかったHLA型が一致する親族を探すのが1番手っ取り早いって話になってる」
「それ、ホント? それで呪いが解けるの? そもそもお兄のHLAって本当に一致してなかったの? 前の話では一致したって言ってなかったっけ」
朔夜が首を傾げる。
「確かに。実際、1ヶ月は澄香さんも普通に暮らせていたんだものな。原因は別なのかもしれない。術者を探すべきだ。もしくは呪いの元をたどって解除するかだ」
「ともかく不確かなことが多すぎて、今は待ちの状態なの。日記の中身次第だと私は思ってるんだ。結果、拙速になってしまった場合、私の体力的に厳しいから。その分、待っている時間を修行に振り分けようってことだったんだけど――意外と簡単にできてしまいましたね、真田くん」
僕は澄香の言葉に頷いた。
「初歩の初歩なんでしょうけどね」
「まあ、お茶でも飲んで落ち着いてください」
大沢さんが食後のお茶をいれてくれた。
「日記の解読を依頼してからまだ半日も経っていませんから、落ち着いて待ちましょう。急がなければならないですが、一刻を争うわけではありません。冷静になって、日記の内容を精査して、それから杖刀と鏡と眼鏡を試してみましょう」
「眼鏡はかけてみる前で良かった」
「本当ですよ。何かあってからでは遅いんですから。何も手がかりがないなら眼鏡をかけても貰いますが、そうではないんですよ」
大沢さんはさすがに大人で責任をとる立場だと思う。
「妹さんがいうように勉強して、鬼の技とやらで傷めた筋肉を回復しての繰り返しでだいぶ身体が慣れるのではないですか? 普通の回復とは訳が違うようですし。そういえば朔夜嬢は筋肉痛、大丈夫ですか?」
「超痛い。驚きすぎてアドレナリンで分からなくなっていたんだと思う」
「あとで鎮痛スプレー拭いてあげますね」
澄香が親しげに声をかけると朔夜は苦い顔をした。
「自分でやりますわ」
大沢さんの言うとおり、日記の解読を待つことにしよう、と僕は自分に言い聞かせた。
旧大林邸で過ごす2日目の夜、身体はかなり楽になっていた。除く筋肉痛、だが。
短時間で2度鬼の技を出したからか、2度目の回復は遅かった。全身が痛み、立ち上がるのも難儀する中、僕は勉強をした。
昨晩と違うのは朔夜が同じ部屋にいることだ。朔夜も同じ座卓で勉強道具を広げて勉強している。朔夜はこれでなかなか成績優秀なのだ。
「お前、本当に家に帰らないの?」
「心配だから」
「大丈夫だよ。倒れたりはしないよ」
「そっちじゃない。お兄が、どっちかに悪さしないか心配だから」
「朔夜嬢、布団乾燥機が終わりましたからいつでも寝られますよ。まだ熱いですけど」
大沢さんが声をかけた。
「居間の北側のお部屋を用意しましたよ」
「ありがとうございます」
朔夜は笑顔で大沢さんに答え、席を立ったかと思うと、ズルズルと敷き布団を部屋に引き摺ってきた。
「お前、ここで寝る気か?」
「兄妹だから問題はないだろう」
「いやいや、もう何年も一緒になんか寝てないだろ!」
「心配だ」
「不許可です」
大沢さんが戻ってきて敷き布団を担いで元の部屋に戻した。
「危険だ」
「お前が危険だよ」
「小学4年生まで一緒にお風呂に入っていたのに今更」
「そんなこと今の今まで言ったことないよな、お前。急になんだよ……」
「女っ気ないお兄だから、すぐやられちゃうでしょ。チョロいでしょ、どうせ」
「図星なのは認める」
「大林さん、めっちゃ美少女だし」
「お前も世間じゃ美少女だよ」
「そんなこと言っても誤魔化されないぞ」
朔夜は赤くなってまた座卓に座った。俯いたままだった。
「お前が心配しているようなことは起きないよ。目の前の不安が解消されないとそれどころじゃない」
「そうかもだけど」
朔夜は顔を上げて僕を見つめた。
「せっかく一緒に寝る口実ができたのにさ、って思うと面白くない」
そういう朔夜は今まで見たことがない顔をしていた。
「4人で雑魚寝する機会はあるかもな。遠征とかありうるし」
「そういうんじゃない!」
朔夜は怒りだして、自分の布団がある部屋に行ってしまった。
お風呂が沸いたチャイムが聞こえてきた。先に僕ではなく、朔夜が入ることになっている。お風呂に入ったら少しは落ち着くだろうか。そう考えながら勉強に戻った。
小一時間後に朔夜が風呂から上がり、脱衣所辺りから朔夜の悲鳴が聞こえてきた。
「染みる染みる~~」
消炎スプレーが日焼けに染みているらしい。
「咲夜さん、ガマンしてください」
どうも澄香がスプレーしてあげているらしい。
少しでも仲良くなってくれればな、と思いながら僕は自分の風呂の用意を始めたのだった。
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