第4話 ノービスは勧誘される

 文応高校、放課後の体育館裏。

 そこに佐々木ダイキはいた。

 向かい合っているのは、九谷ツムギ。

 ダイキの幼馴染みだが、中学の頃からは疎遠になっていた。

 告白のテンプレート的なシチュエーションだが、話の内容はそんな色恋沙汰ではなかった。


「どうしても?」

「どうしてもというか、メリットがないよね」


 ダイキは肩を竦めた。

 ダンジョン探索の、ツムギが参加しているパーティーへの勧誘であった。

 しかし、ダイキの拒絶にツムギは食い下がった。


「メリットって、わたし達、友達でしょ!?」

「……友達?」


 ダイキの声は思わず低くなっていた。

 友達だったことはある。

 しかしそれは、昔の話だ。

 ダイキの不機嫌を察したのか、ツムギの勢いも少し削がれたようだった。


「いや、でも、ほら、幼馴染みだし……」

「幼馴染みと友達は違うモノだよ。大体は仲がいいかもしれないけど、縁を切ったのは君らの方だろ?」


 それは中学生になったばかりのこと。

 ダイキと幼馴染み達は揃って、ダンジョンの石板を触りに行ったのだ。

 その歳ではまだ、ダンジョンに入ることはできない。

 しかし、石板に触ることは許可されていた。

 ダンジョンの左右にある石板の内、左の石板に触ることで、探索者の登録を行うことができる。そしてその時点でのステータスを表示することができるのだ。

 このステータスの中には、今の時点でなることが出来る職業も表示される。

 ダイキはノービスのみ。

 しかし他の皆は軒並み、様々な職業に加えサムライや賢者といったいわゆる上級職まで表示されていた。

 ちなみにツムギは、拳豪である。

 そしてそれ以来、幼馴染み達はダイキと距離を取るようになり、ダイキがノービスであることは周りに知れ渡り、法律で探索者資格を取得できる中学三年生になった時に彼らは自分達だけでパーティーをいつの間にか作っていた。


「やっぱり、まだ怒ってるんだ」

「怒っているのとはちょっと違うかな。ただ、悲しくはあった。もう一回言うけど、パーティーを組む気はないよ。大体何で今更……あ、動画か」


 ダイキに声を掛けてくるタイミングとして、何が変わったかといえばそれぐらいしかない。

 こちらの世界からダンジョンへは、『門』と呼ばれる黒い穴を通らなければならない。

 そして、この『門』は電波を通さない。

 結果、ライブ配信はできず、基本的には録画による配信となっている。

 最近、ダイキはこのダンジョンの配信を始めた。

 考えられるのは、それぐらいしかなかった。

 しかし、ツムギは慌てた様子で首を振った。


「ち、違うよ!?」

「本当に違うというか心当たりがない時は『何のこと!?』って驚くもんだよ。久谷さんは顔に出やすくて分かりやすい。言っとくけど、『ダンジョン探索。ノービス縛りで突き進みます』なんてネタ、そんな伸びないと思うよ?」


 ダイキが動画配信をしている理由は別にある。

 とはいえ、見るのは自由であるし、何故かそこそこ視聴者はついていた。暇な人はいるものだ、とダイキは思っている。


「で、でもすごかったよ? ノービスなのに、あんな動きが出来て、朝霧ダンジョンの『灼岩回廊』までソロで行けるとか、普通じゃないよ!」


 朝霧ダンジョンは、ダイキの家の近くにあるダンジョンだ。

 いわゆるフィールド型ダンジョンであり、丘陵地帯『広大なる領域』、森林地帯『木漏れ日の獣道』と続いて、火山地帯を思わされる『灼熱回廊』へと到る。

 中級探索者の入り口的なダンジョンであり、ソロで進む人間はなかなかいない。


「事前の攻略情報に目を通して、ちゃんと準備をすれば行けるよ。俺が証明してる。とにかく俺はソロで続ける。『お似合い』だしね。怒ってはないけど、根には持ってる」

「そっか……」


 中学時代、仲間はずれにされたことにダイキは抗議した。

 一般的な探索者の殆どは、ノービスからスタートする。

 それ以外の職業が表示されることは稀で、確かにあの時点で上級職まで表示されたことはすごい。

 だからといって、この扱いはないんじゃないか?

 しかしこの時、パーティーのリーダーだった有田ショウに言われたのだ。

 ノービスのお前にはソロがお似合いだと。

 少なくともオレ達のパーティーには、お荷物は不要だと。

 他の三人も、ショウほどではないが、彼の暴言を諫めるようなことはしなかった。

 そこまで言う連中と、行動を共にしたいとは思わないダイキであった。




 夕暮れに染まる空き教室に、三人の生徒がいた。

 少年が一人、少女が二人。

 少年の名を有田ショウという。

 探索者としての職業はサムライ。戦士系の上級職だ。

 そこに九谷ツムギが、落ち込んだ様子で戻ってきた。


「駄目だったか」


 ショウの問い掛けに、ツムギは頷いた。


「うん、ごめん」

「気にすんな。無理を言ったのはオレの方だし、アイツが頑固なだけだ」


 ツムギの頭をポンポンと叩いて、ショウは励ます。

 それに便乗したのが、一緒にいた少女達だった。


「まったく、いつまで拗ねてるんだか。せっかくウチのパーティーに入れてあげるって言ってるのに」

「本人が拒否しているんだから、無理に入れる必要もないと思いますが……そもそも非はこちらにある訳ですし」


 強気で上から目線なのが、波佐見アオイ。職業はアサシン、盗賊の上級職である。

 そしてそれを窘めたのが、伊万里ソフィアである。職業は賢者で、神官と魔術師どちらの術も使うことができる。

 四人は幼馴染みだった。

 かつてはここに佐々木ダイキが入っていたが、今はその縁は切れているといってもいい。

 ふん、とアオイが鼻を鳴らす。


「アタシ達は悪くないわよ。アイツがいつまで経ってもノービスなのは、ただの事実じゃない」

「転職しないのには、理由があるのかもしれません」


 静かに語るソフィアに、アオイは噛みついた。


「理由? 最弱職でいるのに、何かメリットでもあるの?」

「それは分かりません。あったとしても、教えてくれるとは思えませんけど」


 カッとなりやすいアオイと、常に冷静で物静かなソフィアは、よくこうやって言い争いになる。正確には一方的にアオイが喧嘩腰になるのだが、大体翌日にはケロッとしていた。


「心の狭い奴だわ。だからソロなのよ」


 そしてダイキを最も嫌っているのも、アオイだった。

 理由は本人にも分からないでいるが、アオイは自分の言うことに従わない人間は、大体嫌っている。


「……でも、ノービスなのにスキルは使ってるんだよね。動画では『もどき』だって言ってたけど」


 ダイキが配信している動画は、ここにいるみんなで見た。


「練習すればできるって、再現できてる配信者、他にいねえけどな」


 ショウの言葉に、アオイが首を傾げた。


「ホラかもしれないってこと?」


 一方で、ソフィアは考え込む素振りを見せていた。


「でも、ダイキさんは再現できているんですよね……練習が必要とも言っていましたから、その練習量が肝心なのかもしれません。何にしても、本人に聞いたところで、はぐらかされるでしょうけれど」

「嫌な奴」


 アオイが吐き捨てるように言った。




 ツムギと別れたダイキは、自分の教室に戻ってきた。

 委員長である上和泉さくらが残っていたが、どうやら日誌を書いていたらしい。

 こちらに気付いて、顔を上げた。


「佐々木君、さっき九谷さんに呼び出されたのって、何ですか?」


 ツムギは、ダイキと同じクラスメイトだ。

 途中で別れたってことは、おそらく他の幼馴染み達と空き教室かどこかで合流しているんだろうな、と考える。

 まあ、どうでもいいことではあるが。


「お、目敏いね、さすが委員長。明日話が広まってたら、上和泉さんがばらまいたって陰口叩いとくね」

「酷いことを笑顔で言いますね!?」

「そんなに俺のことが気になる? ……あー、うん、ちょっとメンタル不安定になっててキャラがブレてる。ちょっと待って」


 ダイキは軽く頭を振った。


「大したことじゃないんだ。パーティーに入らないかって誘われた。動画見たって」

「え、それ間接的に私が原因じゃないです?」


 動画配信を始めた切っ掛けは、確かに目の前にいある上和泉さくらの勧めだった。

 しかし今は、別の目的になっている。

 なので、ダイキは首を振った。


「いや、勧められたのは事実だけど、決めたのは俺だし。それに先生からも、余所のダンジョンでの動きも見たいからって、推奨されてたからね」

「先生って学校の?」


 さくらの問いに、確かに先生といえばそちらをまず想像するか、とダイキは思った。


「いや……どう言えばいいのか、一番近いのは家庭教師になるのか。とにかくその人もやった方がいいって言ってたから、上和泉さんは気にしなくていいよ」


 ダイキがノービスのままでいるのも、その先生の指導に依るものだ。

 ノービスはスキルを覚えられないが、それを補うメリットがあるのだ。基本的に他の職業に転職できるなら皆、そちらを選ぶので、ノービスのままという人間は殆どいないのだが。


「……ちょっと気になったんですけど、その先生はダンジョンに入らないんですか?」

「そこは訳ありでね。ちょっとダンジョンには入れない体質というか。代わりに動画の編集を……ああ」


 そこで、ダイキは思い至った。

 ダイキの様子に、さくらが声を掛けてきた。


「何です?」

「いや、アイツらが俺を勧誘したのって、編集技術の方かもって思って」

「あー……私、編集のことはよく分からないけど、確かに佐々木君の配信は何というか……素人っぽさはない感じはしますね。……もしかして、その、編集作業をしているのって、佐々木君の先生ですか?」

「そういうこと。んー、そういうことなら、何とかできるかな」


 考える、ダイキであった。




 数日後の休日。

 探索者の集会場というモノが存在する。

 登録や依頼関係の受付や、探索者ランキングの表示されたディスプレイ、探索者同士の情報交換の場としてのカフェ・酒場が併設された建物だ。

 有田ショウとその一行がその建物に入ると、一人の少女が待っていた。

 フードを被った、端整な顔立ちの少女だ。

 フードも黒なら、服も黒。

 右腕には買い物帰りなのか、パンと何やらワインのような瓶の刺さったバスケットを下げていた。

 まるで黒い赤ずきんのような少女だった。


「失礼。有田ショウさんですか」


 声を掛けられ、ショウは思わず足を止めた。


「え? あ、ああ、そうだけど……」


 黒い少女の感情のない黒い瞳が、ショウからその後ろのツムギ達へと向けられた。

 そして再び、その視線がショウに戻された。


「では、後ろの人達も含めた皆さんが、ダイキさんの元幼馴染みですね。ダイキさんというのは、佐々木ダイキさんです。名乗り忘れていました。私はエレナ・ヴォルフと言います。ダイキさんは今もダンジョンに入っていますので、私の方から一つ、お断りをさせて頂きたく、ここで待たせてもらっていました」

「……お、お断り?」

「はい。ダイキさんの探索者としての先生をさせてもらっています。ダイキさんは今のところ、パーティーを作る予定はありません。ですので、勧誘はお断りさせていただきます。お話は以上です。それでは失礼します」


 それだけを言うと少女――エレナは軽く頭を下げ、ショウ達の脇を抜けていこうとする。


「ちょっ、アンタ待ちなさいよ! 何一方的に捲し立ててるのよ!」


 それを呼び止めたのは、波佐見アオイだ。

 ショウには分かる。

 アオイの言葉は、反射的に思わず出た言葉だ。特にエレナに用事がある訳ではない。

 だが、エレナは足を止めた。


「何か?」


 エレナは振り返った。

 感情のない瞳が、アオイを捉えた。


「ヒッ……!?」


 アオイが後ずさる。

 エレナはその場に佇んでいる。


「言われた通り待っていますが、何か、言いたいことがあるのですか? こちらの用件は済みましたが、他にそちらから何かあるのなら、どうぞ。何ですか? こちらはこれから、動画の編集と昼食の用意と他の家事もしなければならないのですが。」


 大慌てで、ショウはアオイの首根っこを掴み、自分の後ろにやった。


「な、ななな、何でもない! 呼び止めて悪かった!」

「そうですか」


 エレナは、そのまま集会場を出て行った。

 その背をショウは見送るしかなかった。

 一見するとただの少女だが、ショウの勘が「アレに手を出すのはヤバい」と最大級の警鐘を鳴らしていたのだ。

 今までで一番苦戦したダンジョンのモンスターなんて、アレに比べれば生温いにも程がある。

 今の自分では、絶対踏み入ってはならないダンジョンの入り口……その目の前にいるような気分だった。

 ダイキは一体、何と関わっているのか……いや。


「……ダイキにはもう、関わらないようにしよう」


 ショウの言葉に、少女達三人も頷いた。

 特にアオイは涙目であった。




 それ以後、有田ショウとそのパーティーメンバーが、ダイキに関わってくることはなくなった。

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