第31話 その5「お前が作り出したこの場面で、お前は私に何がしたい?」


 薄暗い礼拝堂の中央では、これまで兎の仮面を着けていたカール王太子が怒りに満ちた目で私を睨んでいた。

 乙女ゲーム「フォーチュネイト・エターナルストーリー~君が巡る永遠~」の攻略対象ダントツ人気ナバーワン、金髪碧眼、主人公ソフィーに対する一途な愛、私も彼狙いで同じシーンを繰り返し見てはニマニマしていたけれど。


「何をとぼけている? まだしらを切る気か、悪辣な魔女め! お前がソフィーを人形に変え、私たちに同じ時間を繰り返す呪いをかけた張本人だというのに!!」


 取り出した短いワンドを私に向け、カール王太子が身構える。彼は光属性の攻撃魔法の使い手、私なんかが叶う相手じゃない。


 考えろ、魔女って何? フォーチュネの世界で諸悪の根源として忌み嫌われていた魔女といえば、400年前から人間と魔族の争いに干渉し続けてきた存在。ゲームのクライマックスでは傷心の〝レナ〟につけ込み、新王都セントラルに敵国兵士を誘導させたラスボスだ。敵国の軍勢は旧都レジティメトにひそんでいたことがその時に明らかになるのだけれど、それって棄てられた民も協力していたんじゃないかと今なら想像できる。

 ただ、このラスボスの魔女は400年以上歴史の裏で暗躍していることをほのめかされるだけで、姿はおろか名前すらフォーチュネには出てこない、って、その魔女が私だってこと!?


「まさかヴァイスネーベル公爵の娘として私に近づいてくるとは思わなかった。ヴァイスネーベル家の息女と成婚することは私が生まれる前から決まっていたことで、〝レナ〟との婚約に不満はなかった――ソフィーと出会うまでは」


 私が少し動くたびに彼は敏感に反応して杖の先を向ける。そうか、カール王太子は〝レナ〟が怖いんじゃない、彼女になりすました魔女を警戒してるんだ。

 私はそんな大それた魔女なんかじゃないと首を振って伝えてみたが、彼はますます身体をこわばらせるだけで聞く耳を持たなかった。


「生まれる前から人生の終わりまでの道筋が決められ、そのとおりに生きるのが当たり前だと思っていた私に、ソフィーはそれは当たり前じゃないと教えてくれた。それは私にとって真夏に雪が降るような衝撃だった」


 カール王太子に気取られないようゆっくりと目を動かしながら彼の後ろを見る。アネットが妹のイルザを檻から出している所だ。あけぼのは……分からない。

 天秤の上には光に包まれたソフィーが浮いている。

 彼女はフォーチュネの主人公で、天真爛漫で、誰からも愛される少女だ。けれども、今の彼女にその面影はない。質素な白いワンピースを着ている彼女には生気が感じられないのに、うつろな目だけは何故か私を見ているような気がした。


「ああ、もう少しだからね、ソフィー。まさかこの魔女が自分の魂を幾つもに分けているとは思わなかったんだよ。どうりで倒しても輪廻の呪いが解けない訳だ。こいつは残りの魂で復活できる。散り散りになった魂すべてをほふらなければならなかったんだ」


 カール王太子は懸命にソフィーに語りかけるが、彼女はまったく反応しない。ただ、黙って私を見るだけ。それでも彼は一方的に話し続ける。


「私の婚約者の地位を賭けたデスゲームはうまくいったよ。魔女の魂を持つ者は皆、のこのこと参加したからね。このゲームも何回目だろう、ようやく本体を追い詰めた、繰り返す時間もこれで終わりだからね」


 くるり、ふり返ったカール王太子が杖に力を込める。


「お前が死ぬ間際にかけたこの呪い、ここで打ち払いソフィーを解放する!」


 彼の真剣な目に嘘は感じられない、けれども。

 情報量がいっぱいすぎる。つまり、私は悪役令嬢の〝レナ〟で、実はラスボスの〝魔女〟で、この世界のクライマックスでカール王太子とソフィーに倒されたけれど、消える間際にソフィーを人形に変えてときを繰り返す呪いをかけたってこと!? しかもカール王太子はその呪いを解くために〝魔女〟の魂を持つ女の子たちを集めてデスゲームを繰り返していたなんて!


「白々しい! 私たちが憎くてこのようなおぞましい呪いをかけたというのに。私を殺したいほど恨んでいたのだろう。愛するソフィーを人形に変えて私を苦しめたかったのだろうが!」


 カール王太子のその一言に私の中で何かがひらめいた。


 恨んでいた? 違う。〝魔女〟は彼が憎かったんじゃない。本当に殺したいほど憎かったのなら彼自身を呪い殺せばいい。ソフィーを人形に変え、ふたりを刻の牢獄に閉じ込められるぐらいの強力な魔法を操れるのなら、こんな回りくどい方法を取らなくても簡単にそれができた筈だ。それをしなかったのは、彼を殺したかったからなんかじゃない。もっと別の何かがあったとしか思えない。


「私は〝魔女〟じゃないけど、彼女が何をしたかったか分かった気がする」

「ここまで来て命惜しさに世迷い言でも口にする気か?」

「そうじゃない。彼女があなたに何度も同じ時間を繰り返させる理由。それってあなたに何かしたかったんだと思う」

「私に何かしたい? 呪い殺したいの間違いではないのか!」


 杖の先から圧縮された光が飛び出し、私の髪を焼きながら耳元をかすめた。

 怖い、けれども、〝魔女〟の気持ちを伝えなければ、カール王太子を、このデスゲームを止められない。カール王太子もアネットもイムも、このゲームに関わってる全員が助かるような方法を考えなくちゃいけないんだ。考えろ、考え続けるんだ、私。


「殺したいほど憎んでいるなら、刻の中に閉じ込めるより殺してしまった方が簡単だよ」

「苦しみもがく姿を少しでも長く見ていたい。だから真綿でゆっくりと首を絞めていくように仕向けているというのに白々しい」

「だったら、刻を繰り返すごとにあなたの状況は悪くなっていくはずでしょ。でもあなたは何回もデスゲームを繰り返してると言った。同じ状況を繰り返していていても自分が不利になるようなことは積み重なってない、そうじゃない?」


 彼の口元がピクリと動く。そして口を固く結んで何かを考えるように視線を動かした。

 じわじわと苦しめていきたいのなら繰り返すごとに選択肢を奪っていけばいい。けれども、そんなことは起きていない。彼の様子を見て私の予想は確信に変わった。刻を繰り返す呪いにかかっているのはカール王太子じゃない。

 続々と頭に血が送られてくるのが分かる。こめかみが脈打つ。考え続けろ。


「〝魔女〟がかけた呪いは、あなたに対してじゃない。彼女自身にかけたのだと思う。自分に関わる人全員に同じ刻を繰り返させるようにって」

「黙れ、人をたぶらかす魔女が。400年という人の数倍の時間を生きながら、これ以上なにを望むか」


 台詞とは裏腹にカール王太子の声にさっきまでの覇気はない。言葉の端がわずかに震えている。

 フォーチュネの中で〝魔女〟はラスボス風にほのめかされていただけで最後まで姿を現さない。なので、シェーンベルグ王家と彼女との間にどのような繋がりがあったのかは分からない。けれども、何度も同じ刻を繰り返しているのだから、この刻の中で彼女は何かをやりたかった筈なんだ。


「きっと〝魔女〟はあなたに近づきたかったんだと思う。〝魔女〟は魂を分けてたくさんの〝レナ〟になった。これってつまり、それだけあなたに会える回数を増やしたってことだと思う」


 カール王太子の杖の先が私かられる。見れば、青白くなった顔の半分を手で押さえている。


「〝魔女〟があなたに近づいて何をしたかったのか、何を伝えたかったのか、私には分からない。けれど、それはきっとあなたに危害を加えることではないと思う」

「――私に近づきたい? ならば何故レナに化ける?」


 隠していない片方の目で私を見る。その碧い瞳に殺気はもう感じない。狼狽うろたえているかのような弱々しい目をしていた。


「私に近づきたいのならばもっと適した人物がいるはずだ。考えたくもないが、ソフィーならば私も騙されて招き入れただろう」


 確かにそうすればカール王太子に近づけるかもしれない。けれども〝魔女〟は主人公のソフィーに魂を移すことはしないで人形に変えた。

 〝魔女〟は〝レナ〟を依代よりしろに選んだけれど、カール王太子に近づきたいのならやっぱりソフィーは邪魔。ソフィーを殺害してカール王太子に心の傷を負わせたところで〝レナ〟になれば簡単に近づくこともできたはず。けれども〝魔女〟はそうしなかったし、人形になったソフィーとカール王太子を引き離すこともしなかった。


 それは何故か? 普通に考えればカール王太子を傷つけたくないから。ソフィーは邪魔だけれど殺してカール王太子を悲しませたくない、だから人形にするしかなかった。そして〝魔女〟はソフィーの恋敵ライバルである〝レナ〟に魂を移した。

 仮に〝魔女〟の計画がうまくいってカール王太子に会ったとき、彼女は人形のソフィーが見ている前でカール王太子に何を伝えたかったのだろう、わざわざこんな回りくどい方法でこのようなシチュエーションを作ってまで。


「それでは魔女よ。見事、お前が作り出したこの場面で、お前は私に何がしたい?」


 杖を棄てたカール王太子が私に向き直る。その表情はフォーチュネのどのシーンにもない、泣きそうな、それでいて全てを諦めてすっきりしたような顔だった。

 天井近くのステンドグラスから入った日光が一条の光の帯となって私たちを指す。巨大な天秤も、祭壇も、参列席も沈黙し、石造りの礼拝堂の静けさが私たちを包む。


 私はもう一度、彼に目を向け、そしてその先のソフィーを見た。


「きっと〝魔女〟は、400年を生きてきて、初めてあなたに――」


 私は〝魔女〟じゃない。だから、彼女がカール王太子に何をしたかったのかは分からない。

 400年以上も生きてきた〝魔女〟、彼女はイムに人の言葉を与える代わりにイムの頭の一部を奪った。それをどうしたのかは想像するしかない。もし、イムの勇者への想いに興味がわいて頭の一部、つまり、記憶を取ったのだとしたら――。


 これは私の勝手な想いだけれど、これまでのことって――いつかあなたに振り向いて欲しい――そう思ったからじゃないのかな。


 私が更に口を動かそうとしたその時、鋭い悲鳴が衝撃となって礼拝堂を震わせた。


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