第4章 陣取りゲーム

第21話 その1「そんなことを考えているようでは、お前は確実にこのゲームで死ぬ」


 そこは学校の体育館と思うくらい大きな広間だった。天井も高く、中庭に面しているであろう壁側には細長いカーテンが幾つも吊され窓を隠している。天井のシャンデリアと壁に等間隔に設置されたロウソクの灯りが、白い壁や鏡、黄金の装飾品に反射して広間を明るくしている。まるで宮廷舞踏会の会場のようだ。

 けれども、私もアネットもイムも、誰も喜んだりはしなかった。

 この空間で一番に目を引く、白と黒のタイルが敷きつめられたチェス盤のような床面を見れば、ここでおこなわれるのは優雅な舞踏会などではなく、生死をかけたデスゲームなんだと思わずにはいられなかったからだ。

 それに、この舞台、何かで見たことがあるような。

 

「どうだ玲奈、何か思い出せそうか?」肩に乗っているロシアンブルーのあけぼのがいつものように聞いてくる。


 フォーチュネでなくて、なんだっただろう。頭をひねっていると、急にあるアニメのことを思い出した。それは、昨夜、あけぼのと話していて急に脳裏に浮かんだ黒髪の女性のシーンだ。


「こんなチェス盤の上で戦ってた気がする。髪の長い、探偵みたいな女性が主人公で、トリックスターのなんたら、みたいなタイトルの――」

「『トリックスターの遊戯』だ。詳細は分かるか?」


 あけぼのの声が跳ねる。いつも上から目線の彼にしては珍しい。それだけ重要なことなんだろうけど、今の私にはそれ以上は浮かんでこない。何故か申し訳ない気持ちになりながら私は首を振った。

 また馬鹿にされるかと思ったけど、彼は「そうか」と言っただけだった。


 ただ、私も気づいたことがある。

 あけぼのはゲームが始まる前に必ず何か思い出したかを聞いてきたし、彼自身はゲームことを知ってそうな素振りを見せていた。それってつまり、私が思い出した「トリックスターの遊戯」とこのデスゲームが関係あるってこと。だから私に思い出せって言ってたんだよね?


「『50人目を取れゲーム』も『勇者と助けられた魔物ゲーム』も、あけぼのは最初から知ってたんでしょ?」

「ゲームは知っていたが、いろいろ違うところもある」


 あけぼのは肩の上で応える。やっぱり知ってたんだ、偉そうに言い訳までして。


「そうじゃない。この世界は2つの作品が混ざり合って予測できないということだ。『トリックスターの遊戯』では対戦相手のどちらかが必ず死んでいた」

「でも、アネットもイムも助けられたよ。だから今度だって――」

「まだそんなことを言ってるのか?」


 私の言葉をさえぎると、あけぼのは床に飛び降りた。


「昨夜も言ったが、今日のゲームに引き分けはありえない。『トリックスターの遊戯』のとおりなら、次はあのゲームだ。実にシンプルで確実な方法といえる。相手を蹴落とすことだけ考えろ」

「だったらこれからするゲームってなんなのか教えてよ。みんなで引き分けの方法を考えようよ」

「そして相手を助ける、か? 甘すぎる」

「誰だって死にたいなんて思わないよ。生き残るためだったらみんな協力できるよ」

「相手のために死んでやろうなんて人間はいない。自分か相手、どちらかしか生き残れない場面だったら尚更だ」


 あけぼのは顔だけ向けて鼻で笑う。生意気すぎる、私は思わず声を荒げた。


「自分ひとりだけが助かればいいと思ってるあけぼのっておかしいよ」

「自分ひとりだけで助けたと思い込んでいるお前は何も分かっていない」


 あけぼののジェードグリーンの目が光った。鋭い眼光が私を射抜く。今までとは何かが違う目。冷たく見捨てるような――誰を?


「断言する。そんなことを考えているようでは、お前は確実にこのゲームで死ぬ」


 彼はそれだけ言うと、私を見返すこともなくアネットの肩に駆け登った。

 最初は驚いていたアネットは、あけぼのが耳元でささやくと真剣な表情になって静かにうなずき始めた。一瞬、私と目が合ったような気がしたけれど、イムを抱いたまま向きを変えると顔を隠しながらあけぼのと何かを話し始めた。


 痛い、急に胸が苦しくなるのを感じる。

 あれ? 私、何かおかしいこと言った? みんなで協力してこのデスゲームを終わりにしたいと思ったら駄目だった?


 アネットとイムに話しかけようとした刹那、広間の扉が開いた。見れば、兎の男が3人の令嬢を連れていた。


「お待たせいたしました、レナ様、アネット様、イム様。ファイナルステージに参加する6名の婚約者候補が揃いました」


 兎の男は恭しく頭を下げると、令嬢たちを広間の中央へと案内する。紫色のドレスを着た細身の令嬢、ピンクのドレスを着たふくよかな令嬢、白のドレスを着た小柄な令嬢がそれぞれの表情で私たちを見てくる。そうだ、私はこの子たちとゲームをしなければいけないんだ。


 私たち6人が並んだところで兎の男が広間の奥に進む。一段高くなっているそこには玉座らしきものがあった。


「これまで幾つものゲームをおこなった結果、ここにいる6名の皆さまが勝ち残りました。まずは祝福を。皆さま、おめでとうございます」


 女の子の人形を抱きながらひとり拍手する兎の男だったが誰もが警戒した眼差しを向ける。そんな私たちの視線など気にすることなく兎の男は上段に登るとくるりとふり返った。

 

「ですが、この中の6名のうち、カール王太子の婚約者となれるのはたった1名です。そのひとりになりさえすれば、あなた様の願いは必ず叶います。さあ、あと少しです。戦って勝ち残り、真の婚約者となって夢と栄光と己の望みを全て掴んでください」


 一段高いところから大仰に構えて説明する兎の男はまるで舞台に立つ主役のようだ。私たちも、この舞台装置も、主人公である兎の男をもり立てる飾りにしか見えないのかもしれない。

 確かに私は飾りなのかもしれない。だって、アネットもイムも私を見ようともしないのだから。

 もう一度アネットたちに目をやると、アネットが慌てて視線をそらしたのが分かった。

 その瞬間、何故か私の胸の中のモヤモヤが一気に吹っ切れた。


 あけぼのだ! あいつがアネットとイムに勝手なこと言ってるんだ。だったら私だって!


 私は壇上で身をくねらせ悦に入っている兎の男を邪魔するように声を上げた。


「ゲームマスター。もし、自分の願いを諦めると言ったら、このデスゲームをリタイア出来る?」


 兎の男の動きが止まり、その場にいた全員が私を見る。新たに加わった3人の令嬢を見ながら私は言葉を続けた。


「みんなだって死にたくはないよね。願いが叶わないのは残念だけれど、全員がリタイアするって言えばゲームはなくなるから誰も死なないんだよ」

「なに言ってんだよ、レナ!」


 ダンッ、と床を鳴らしてアネットがみんなの注目を集める。あけぼのを肩に乗せ、松葉杖で立つイムを抱えたまま彼女は私を睨む。


「レナのそれって、誰かひとりでもゲームに参加するって言ったら、そいつが勝つってことじゃねーのか?」

「誰も死にたくないもの。みんなで協力してリタイアすれば、みんな助かるよ」

「そーだよ、誰も死にたくない。死にたくないからみんな考える。どーやれば自分ひとりだけでも助かるかってな」

「なんであけぼのみたいなこと言うの!」

「違うよ。そんな風にみんなをそそのかして、レナひとりだけゲームに参加するつもりじゃないかって言ってんだよ」


「そのような甘言で出し抜こうとした愚か者を何人も見てましてよ」「ゲーム開始前からすでに駆け引きが始まってるのねん」「善人ぶってああ怖い。危うく騙されるとこでしたのー」アネットの言葉に釣られるように、紫、ピンク、白の令嬢たちも口々に私を罵る。


 急にアネットたちが遠くに感じる。彼女たちとは2メートルも離れていないというのに。

 遠くにいると感じるほど、彼女たちの視線が冷たくなっていく。アネットの切れ長の緋色の目も、あけぼののブルーとジェードグリーンのヘテロクロミアの目も、まるで別人のそれのようだった。


 そうだ、イムは――アネットの腕の中にいる水色の少女に目を向けると、彼女は何かを言おうと口を開いたが、それをアネットが素早く手で塞いだ。


 きっと私は震えてる。ようやくそれだけを理解できた時、兎の男の咳払いが広間に響いた。


「皆さまご静粛に。折角のレナ様からのお申し出、なかなか興味深いものがあります。ファイナルゲームを前に決心が揺らいでいる方がいらっしゃるかもしれません。良いでしょう、それではお聞きします、皆さまの中でリタイアをご希望の方はいらっしゃいますでしょうか」


 持っていた女の子の人形を撫でながら、兎の男はさも愉快そうに私たちを見渡す。

 右を見ても左を見ても、みんな顔を背けて無言のまま動こうとしない。

 みんなでデスゲームから逃げ出せるチャンスだったのかもしれないのに、いったい何がいけなかったんだろ。

 思わず俯いてしまった私をあざ笑うかのように兎の男が高らかに宣言した。


「皆さまの揺るがぬご決意に、わたくし、感動を禁じ得ません。そのお気持ちに応えるべく精一杯、ゲームを盛り上げたい所存です。それではファイナルゲームを開始します」


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