第9話

2XXX 4月28日

心音が姿を消し始めて三日が立った。

友里は病院退院後から復帰し登校する予定日である。



パン屋に花屋、八百屋が並ぶ住宅路、

心音と同居している三人が歩いている。先頭に横川と深雪が歩いておりその後ろに愛がついて行っている形だ。三年の二人は焦燥に駆られていて生徒会長である横川も本心は学校に通っていられる心境では無かった。警察には勿論、探索願を出している物の単なる家出としか正直の所、警察は考えて居ないだろう。必然的に後回しされるのは明白だった。


「深雪、心音はクラブにも通ってないんだよな」

「ジキルハイドが不在だからそうみたい」

三年二人は、思い当たる節がある所は全て捜索したが見当たらない。恐く虐めの加害者であろう菜々子や美海、純や雅紀の家にも訪問したが心音の姿はなかったのである。


「愛は何か知らないか?行方不明前一緒に帰ってきたろ」

「僕は本当に何も知らないよ」

愛はいつも通りで何も心境の変化は無かった。それが深雪は腹ただしかったのだろう。感情に任せるままに理不尽に怒鳴る。愛は困惑な表情を若干浮べるも何も気にしていなかった。寧ろ、普段と変わりなく受け答えをする。


「心音さんは何か考えがあっての事なんだよ。いつも二人は彼女の考えには尊重してきたでしょ」

二人は俯いて黙り込む、数分経つと横川が口を開いた。

「何かがあったかもしれない時は、俺はできる限りの事がしたい。何も無かった時は彼女の気持ちを尊重するまでだ。」

深雪も横川の言葉に便乗した。愛は微笑んで一言「それでいいんじゃない」と言葉にした。



校内 娯楽室 8時21分


この場には純ら三人と菜々子と美海の姿がある。

菜々子はテーブルに頬杖をしながら朝食のスムージーを飲んでいる。

「マジ、詰まらんし。どして、心音も友里も来ないわけ?」

菜々子は元貴に膝枕をしてもらいながら呑気にスマートフォンに触れている。

「それな〜?まぁ別にいいんじゃない。いづれまた来るでしょ〜」

どんよりとした空気の中、純と雅紀は只管にダーツを楽しんでいる。菜々子らは羨ましかった。


「アンタらはいいよね、それが楽しいんっしょっ?」

純は投げようとしたダーツを止めて、一瞬眉を上げて菜々子を見た。

「ブル取れたらカッケーだろ、それだけ」

純の言い分は菜々子には理解が難しかった。

雅紀に関しては純がしているから付き添ってやっているだけである。それでも楽しんでいるようだった。

結論、男は些細な事で人生を楽しめる単純な生き物と彼女は認識することにし自身の中でこの話は完結した。



その日の友里はとある場所を訪れていた。

弱い自分から生まれ変わる為に。



2XXX年 4月30日 5時05分


行方を眩ませていた心音は早朝に久しくシェアハウスに戻っていた。そっと音を立てないように、玄関の前には眠そうに歩く愛、心音が戻ってきた事を目指するとただ微笑んで言った。


「約束通り何も言わず待ってたよ。おかえり」

心音は愛の髪を撫でる。彼はどこに行っていたのか自分からは聞いてこなかった。

だから、心音は愛に手紙を託した。


「この手紙を明日の朝にポストに入れてくれる?」

「……中身みてから考えていい?」

心音は愛の反応に一瞬戸惑いを見せる。

ただ、彼の立場を考えて同意した。


「………分かった」

「これからの事を知った上で受け入れてくれるんだね」

愛は顔を俯かせ目に涙を溜めていた。

そして、若干手を震わせる。

心音はそっと彼の手に触れた。


「それが楽なんだよね」

「私がしたい事だよ」

愛は二度頷いた。心音は優しく愛を抱きしめると、ふと霞んで消えていった。


「愛、大好きだよ」

最後に彼にそう言い残して。



その日の愛は、横川や深雪となるべく顔を合わせないようにする為にいつもより早くに家を出た。メッセージでやり取りしていた友人の礼音と学校に向かう事にした。


「うぃ〜っ!」

電信柱には両耳にひし形のピアスを付けたアシメ髪が特徴的な女子が大きく手を振り、愛を呼びかける。愛は少し駆け足で向かった。

彼女はすぐに愛が活気が無いのを感じ取り、躊躇いもなく話しかける。普段何も考えていないように見える彼も割と考え込みやすい。

「ウチが話聞いてやるから、」

「…うん。ありがとう」

愛は涙が溢れると礼音は動揺して周囲を見た。



「えっ、ちょっ、えーっ!?」

涙を拭う愛を、

礼音が他慌てて彼の背を撫でて落ち着かせた。






青い空が黒く染る。



友里はある施設の帰りだった。

彼女は何日も学校を休んでその施設に通っている。


商店街を歩く友里、


今日はやけに背後が気になっていた。

視線を感じるのだ。

亡霊に付き纏われているそんな感覚があった。


息を飲んで、タオルで汗を拭い早歩きをした。


何故か今日は一通りも少ない。

危険が更に増しているようだった。


突然の着信音が恐怖を倍増させる。

非通知だった。


戸惑いながらも彼女は電話に出る。



【止まって】



それは聞き覚えのある女の声だった。



友里は足を止めて振り返る。

底には遠目に一人の女子高生が立っていた。



「心音?」

シルエットが何となく彼女を連想させた。

友里が電話越しに名前を呼びかけると彼女は段々と近づいてくる。



「今日は星が綺麗から見に行こう」と。



そう言って心音は電話を切ると、友里の目の前に立って彼女の左手を取った。


いつも突然で強引な事なのが心音だ。

初めてあったあの日の事を友里は思い出す。

だからと言って彼女に対して怒りが無くなった訳ではない、友里は彼女の手を振り払った。


すると、心音は微笑んで友里に言った。


「さよなら、ごめんね」と。


心音は背を向け姿を消した。

友里は不可思議な気持ちになる。

当面行方を晦ましていた心音が今になって不意に現れた事もだが、最後に言い残した心音の言葉が何処か胸騒ぎを起こさせたのだ。



翌日の朝のこと、

久しく友里は学校に向かった。

友里の長い髪が短くなっている。

昨夜に自分で切って気持ちを一転させていた。


時刻は8時50分、友里は教室に足を踏み入れる為の心の準備をする為、誰も居ないはずの屋上で気持ちを整えることにした。



「頑張れ、私。今の私なら大丈夫」



屋上の扉を開くと空は雲がかり雨の匂いがしていた。何処か不吉な予感をさせる。

前方には屋上の外壁に登って立っている女子高生の後ろ姿があった。



「……何…してるの?」



友里が声を掛けるとその女子高生は振り返った。

彼女の招待は心音であって、死んだ瞳をしていた。



「友里、奇遇だね」

「そこで何してるの?危ないから取り敢えず…降りたらどう?」



心音は死んだ瞳のまま口元を緩め笑みを浮かべた。




「 ここ数日、旅をしてきたんだ。


孤児の私を育ててくれた施設の人達に挨拶に行ったり、行きたかった場所に行ってきた。


沖縄の海って、透明かと思ってたけど想像してた以上に透明ではなかったかも


実は、私ね遊園地にも行ったことなかったから一人で遊園地も楽しんできたんだ。


観覧車にも乗ったこと無かったから乗ってきたし…流石に一人じゃ観覧車は楽しくなかったけど、」



今から起きる事を察した、友里は話を遮り慌てて止めようするもすぐに足を止めた。



「動かないで!動いたら飛び降りるから」



「何言ってるの!?死ぬ気!?そんな気楽に命を捨てていいの!」



心音は友里の言葉を聞いた瞬間、こちらを睨むように見つめ血が一気に登ったのか顔を赤くしながら叫んだ。



「気楽に!?ホントに貴女は人の背景が見えてない!!」



「…え?」



「転校してきたばかりだから何も分からない。気楽に死のうとなんかしてない!!つい、、最近なんか、、アイツに…」



友里は息を飲む。

また言葉を誤ったと焦りを感じた。

一先ず、彼女を落ち着かせ飛び降りを阻止しなければならない。

彼女が考え直すかもしれない事を必死に友里は思考に探りを入れる。



「心音が死んだら大切なジキルハイドも死ぬんじゃないの?心音が作り上げてきたもの全てが壊れる事になる。それはダメでしょ?」



友里がゆっくりと心音に近寄ろうとする。彼女との距離は約三メートル、慎重に慌てないで刺激しないように心音に近づいていく。

心音は友里から視線を外し俯いていた。

そして、彼女もまたゆっくり視線を友里に戻す。



密かに心音は笑った。



「ジキルハイドはね」

心音が話し出すと友里は足を止める。



「彼はずっと私の側に居てくれるの。だから、私が命を絶っても分かってくれる。だって、彼が一番の私の理解者だから」


友里が口を挟もうとするも心音は饒舌になり話を辞めない。



「私ね、別れの挨拶を済ませてきたの。



だから昨日、友里にも別れの挨拶をしなきゃと思って声をかけた。


分かってたことだけど、拒絶されて挨拶を諦めてたの。


でも良かった。最後にこんな形だけど話す事ができて。


友里、私のせいで貴女の人生を壊しちゃってごめんね。



私が居なければ友里は傷つくことはなかった。



私を助けようとしてくれてありがとう。



友里の事、信じてあげられなくてごめんね。



弱い私でごめんね。



せっかく手を差し伸べてくれたのに……。



友里は強いよ。



自分の正義を貫こうとしてかっこ良かった。



けど、自分の正義を貫きすぎて人の気持ちを考える事を疎かにしてる。



もっと、人を理解して……。






じゃあね。バイバイ」




2XXX年 5月1日 9時07分



友里の視線から心音が消えた。



雨雲かかる空の下、学校の屋上から心音は飛び降りた。



心音が落下していく際に心音は窓際の席でクラスメイトに囲われる菜々子の姿が映る。また菜々子も自身の背後に一瞬何かが落下することに気がついた。


地面に身体が叩きつけられ、血液や内蔵が校庭に無様に飛び散る。

それらを洗い流すかのように突然雨が降り出した。



教室の窓が開き菜々子と美海が校庭を見下ろした。美海は血塗れになる心音を見て悲鳴をあげ、菜々子は呆然とただ心音の有様を目に焼き付ける。


次々と教室の窓は開き人が群がった。

純が群がる生徒を一声で退かし、窓から顔を出す。



「マジか、、。」

純の後に続いて雅也と元貴も顔を覗かせた。

元貴は肩を震わせ怯えている美海に気がつくとすぐに傍に寄り添い抱いて落ち着かせた。

雅也は純と目を合わせると首を横に振った。


「俺はなんも関係ねーよな?そーだろ?」

純に同意を求める。だが、純はただ雅也を見つめるだけで何も反応をしなかった。

雅也が後退りしていると副委員長の鹿金にぶつかった。


「痛てぇな邪魔なんだよ!おい、純なんか言えよ」

「さぁ、関係ないと思うなら関係ないんじゃないか。俺はどうだっていい」

「……薄情だな」


教室から出ていく雅也と入れ替わり、担任教師が教室に入ってき一先ず落ち着かせる為、全員に着席するよう声をかけた。



後者が狼狽とする中、屋上から見下ろす友里の影。


飛び降りようとした彼女を止める事も出来なかった。


彼女は、雨に打たれながら追いつかない心境に涙を流していた。


気分が悪くなりトイレに駆け込んで嘔吐した。



定まらない現実



頭の中が虚無になった。




警察のサイレンの音が何重にも重なる。

警察が事情聴取をし現場の確保を行った。

生徒達は解放され授業は中止となった。



昼、


心音と同居している三人も自宅に戻り、偶然を装って愛が心音に言われていた手紙をポストから見つけた。



「愛、貸してくれ」

「…うん。」

横川は愛から受け取ると、手紙を開いて三人で顔を覗かせる。横川が全て読み上げた。



横川先輩へ



孤児院から出ていく時、私も一緒に連れて行って欲しいという我儘に答えてくれてありがとうございました。私の大好きな愛までも一緒に連れて行って欲しいという我儘にも答えてくれたのは驚いたけど、太っ腹で頼れる生徒会長の先輩を尊敬しています。



忌部先輩へ



この間のケーキ凄く美味しかったです。大食いなのに太らない秘策、聞いとけばよかったかもしれないです。いつも気にかけてくれていたのは知っていました。なのに、期待に応えることが出来ず溜め込んでしまってごめんなさい。弱い私でごめんなさい。今までありがとう。



愛へ



大好きだよ。無理ばっか頼んでごめんね。

愛はいつも詰まらなさそう。私が言うのもなんだけど生き甲斐を見つけてね。ロックな友達がいっぱい居るんだから、バンドでも初めて見たらどう?あっ、楽器弾けないか、音楽教えてあげたら良かったなー。じゃあっ、あれだね。好きな人見つけるといいよ!きっと、愛の事を理解してくれる最高の人が見つかるよ。




最後に



皆、突然姿を消してゴメンなさい。

私は最後にやりたかったことを全てしてきました。

沖縄の写真、遊園地の写真、いっぱい撮ってきたからここに残します。

最後に孤児院の皆にも会ってきて横川先輩のパパにも挨拶をしてきました。

死ぬなんて事は言ってないから安心してください。


みんな、ありがとう。




一緒に入れて楽しかったよ





手紙と写真を見た彼らは静かに涙し、

怒りの感情がただただ芽生えた。





心音が死亡して時が流れたある日のこと、



地下クラブに猫の着ぐるみ着た物が現れる。



心音はもう死んだはずなのに。




「久しぶりだなぁ〜みんなぁぁ!」



その着ぐるみからは確かにジキルハイドの声がした。



「今日は、皆に大切な話がある。



俺は一度死んだ。だけど再度甦った。



どういう事か分かるか?



俺の中に元々居た彼女は死んだ。



だから今日から俺の…いや、彼女の代わりは」



ボイスチェンジャーが途切れる。



「私がなる。



だから今日、私が彼女を生かすのに相応しいか皆に判断してもらうわ! 」




心音……貴女を許したわけじゃないけど



貴女がなりたい自分になろうとする姿は尊敬した。



私と貴女とはその捉え方がズレていただけで



向かってる先は一緒だったのだと思う。



私はそれを理解するのが遅かった。



もっと早く、理解出来ていれば

違った未来があったはずだった。


何もかも分かち合えるはずだった。


選択を誤り、

あの日から少しずつ

異なる私たちは離れてしまった。


貴女の笑顔の奥の憂いを

見落としたことを今は悔んでいる。


私の青は澄んでいる


かける言葉を間違えたせいで

差し伸べた手は届かなかった


もう貴女には会えないなけれど

けれど、貴女が生み出したジキルハイドには会えるから…。



私がジキルハイドになって、心音を生かすよ。

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