第17話 アキラトリッカ その七

 トルベリーナの館の裏手、扉の一つが開いて、中から武藤むとう松凛まつりが姿を現す。

 一通り周囲の様子をうかがうと、まだ中にいる大輔に声をかける。

「こっちだ、ついて来て」

 トルベリーナ邸の裏庭は、表庭に負けず劣らず広かった。

 表庭以上に木が植えられており、ちょっとした林になっている。

 林へ向かって歩きながら松凛が言う。

「この小道の向こう、林の中を抜けた所に裏門があるんだ、そこからあんたを……」

 不意に林の中から声が上がった。

「ほらね、大当たりだ」

 木立の影から、二人の女が姿を現した。

 一人はどういうわけか、コックコートを着ている。

 もう一人は格好は普通だが、瞳の色が金色だ。

 さらに十人以上の男達が次々と姿を現す。

「言った通りだったろ」

 と、コックコートの女が言った。

 賭けでもしていたのだろう、金色の瞳の女が舌打ちしながら、コックコートの女に指にはさんだ紙幣を手渡す。

 紙幣をポケットにしまったコックコートの女は、松凛に向かって言った。

「……さてと、その子を渡してもらおうか」


 三好みよし伊三美いさみ犬川いぬかわそう、両者がトルベリーナの館の前に着いたのは、ほぼ同時だった。

「ここだな」

 伊三美の問いに、後席の中心まなかが答える。

「でヤンス!」

 伊三美は無線機で、特定した館の位置を本部の穴山へ伝える。

 伊三美は穴山への連絡を終えると、言った。

「……霧隠さんやしのぶちゃんたちも、全員が既にこっちへ向かってる、すぐにここへ着くってさ」

 ヘルメットを脱いだ荘は、館の正門が開いたままになっているのを見て取った。

「……様子がおかしい、急ぎましょう、伊三美さん」

「おう!……おっと、お前らはここで待ってな、荒っぽい事になるかも知れねえからな」

 と、伊三美は木子きね中心まなかあまね千通ちづるの二人に、ここへ残るようにいう。

 中心と千通は顔を見合わせると、同時に口を開く。

「「でも」」

「心配すんな、ちゃっちゃと片付けて、帰りも送ってやるからさ、それまでバイクを見ててくれ、駐禁切符を切られたら困るしな」

 荘に続いて正門の方へ走り出そうとした伊三美は、ふと立ち止まった。

「おっといけねえ、忘れるとこだった」

 着ているライダースーツの胸元を掴み、ぐっと力を込める。

 一瞬でライダースーツは伊三美の身体から脱げ、中からは鮮やかな深紅の特攻服が現れた。

 中心と千通が声をそろえてツッコむ。

「「どういう仕組み!?」」


 松凛は悠然と侵入者達を見回しながら言った。

「やれやれ……もしかして、大勢だったら勝てると思ってる?」

 松凛は後ろにいる大輔に小さな声で告げる。

「後ろに下がってて、館の壁を背にして、そのまま動かないで」

 大輔は松凛の言葉に従い、ゆっくりと後退あとずさりを始める。

 松凛はバッグから瓶を取り出した。

 クエルボのレゼルヴァ・デ・ラ・ファミリアのエクストラ・アネホ、松凛がトルベリーナの私室から持ち出したそれは、アルコール度数四十度のテキーラだ。

 パキリ、と音を立てて瓶のキャップを捻り、手付かずだったそれを開封する。

 そして、まるで銭湯で湯上がりのフルーツ牛乳でも飲むように、ごくごくとラッパ飲みし始める。

「……な?!」

 何を考えてるんですか、という言葉が口をついて出そうになるところを、大輔はかろうじて飲み込んだ。

 みるみるうちに瓶は空になり、瓶から口を放した松凛は、口の脇から流れ出た一筋のテキーラを手で拭う。

「ふう」

 松凛は大きく息をつくと、空になった瓶を脇に放り投げる。

「良いぜ、かかってきな」

 松凛は傲然と言い放つ。

(体格が……変わってる!?)

 大輔が見る限り、松凛の体型が一回り大きくなっていた。

 筋肉がパンプアップされ、はっきりとセパレーションが分かるほどになっている。

 コックコートの女が無言で腰に下げていた刃物を抜く。

 刃渡り三十センチはありそうな大型の洋包丁だ。

 金色の瞳の女も抜く。

 こちらは西洋式のサーベルだ。

 二人はじわじわと松凛に向かって距離を詰めていく。


 背後で次々と部下達が無言で倒れる中、トルベリーナは決意した。

(やるしかないね、一人でも……)

 せめて松凛ピーニャ大輔ダイスケが逃げるまでの時間を稼がないと、トルベリーナはそう思った、だが。

 急に脚に力が入らなくなり、視界もぼやけてきた。

(……毒か?!……匂いはしなかったのに!!)

 トルベリーナも馬鹿ではない、部下達を倒したのが毒ガスである可能性も疑ったが、何の匂いもしなかった。

 それに何より、相手は全員マスク一つ着けていないのに、何の影響も受けずにいる。

 トルベリーナは膝をついた。

「うん、上手く効いてくれたようですねー、行きましょう」

 色白で小柄な女・張か、膝をついたトルベリーナの脇を抜けて館の中へ行こうとする。

「待ちな」

 長身で浅黒の女・孫が張を止めた。

「ナメられたままじゃ癪に障る、少しばかり忘れられない様にしてやろう」

「あー、弱い者いじめですかー?……でも、そういうの、嫌いじゃないです、うふふ」

 孫は手にした中国刀を鞘から抜いた。

 柳葉刀と呼ばれる形状の刀だ。

「顔にデカい傷の一つもこしらえてやりゃ、見るたびに思い出すだろ、これからは口のきき方に気をつけな、豆喰いビーナー

 (……くそっ、身体さえちゃんと動けば、こんな奴らに……)

 孫の刃がトルベリーナの顔に迫る。

 その時、轟音と共に一機のヘリコプターがトルベリーナの館の上を通過した。

 法で認められているとは思えない低高度だ。

 館の周囲にいた者、全員が呆気に取られ、空を見上げる。


「おいでなすったぜ!!」

 伊三美が走りながら歓声を上げる。


 ヘリコプターはMH-60M、通称ブラックホークと呼ばれる米軍の汎用ヘリコプターUH-60の特殊戦仕様型だ。

 乗っているのは十勇士の霧隠才華きりがくれさいか三好清海みよしせいか望月六花もちづきりっか、そして八犬士の犬塚信いぬづかしのぶ犬山節いぬやませつだ。

 ローターとエンジンが立てる轟音の中、才華が叫ぶ。

「目標と思われる建造物の周囲に、大勢の人影を確認した!のんびり懸垂下降ラペリングしてる暇は無さそうだ!」

 才華は八犬士の二人、信と説に向け叫ぶ。

「我々は直接飛び降ります!あなた方は――」

 負けじと信も声を張り上げる。

「もちろん、おつきあいします!」

 頷いた才華は、次に三好清海と望月六花へ向けて叫ぶ。

「三好、望月、両名は建造物周辺に集まっている人物の脅威度を確認、障害になると思われる場合は速やかに制圧しろ!」

 清海が無言で頷き、六花は大声で答える。

「了解です!」

「八犬士のお二人は、私と大輔様の捜索を!」

「承知しました!」

 才華は操縦席と通話できるインカムを手に取り、操縦士に指示を伝える。

「旋回して再度目標地点に接近、建造物の上空で停止してくれ!」

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