第34話 社畜、ヒモになりたい

「なんで逃げたんですか?」


「いや、急に追いかけてきて怖かったからです」


「鬼ごっこをしてたから仕方ないじゃないですか!」


「はい、すみません」


 なぜか俺は大人の心菜に怒られていた。


 小さかった心菜に怒られるって違和感しか感じない。


「とーたん、だいじょぶ?」


「ああ、大丈夫だぞ」


 あぐらをかいている足の間にいるゴボタは、心配そうに俺の顔を見上げていた。


 ああ、今日も我が子は可愛いな。


 俺はそんなゴボタの頬をスリスリする。


「ボス、ゴボタは犬じゃないぞ?」


「ええ、妻がいるのに子ども相手ばかりして」


 リーゼントとホワイトが俺にベッタリとくっついてきた。


 ゴボタばかり可愛がっているからか、遊んで欲しいのだろう。


 リーゼントもツンデレだけど、なんやかんやで甘えただからな。


 生粋のツッパリって言っているが、犬なのは変わらない。


「ゴブリンの奥さんに子どもまでいるの!?」


 そんな俺達を見て心菜は驚いた顔をしていた。


「私がダンナ様の妻ですからね」


 ホワイトは何かを感じたのか、心菜を牽制していた。


 目では見えないが、何かバチバチとしている気がする。


「お兄ちゃんはゴブリンとそういうこともしたの!」


「そういうこと?」


「なぁ!? 女性にそんなことを言わせようとするなんて最低だよ。性行――」


「ああああああああああ!」


 俺はゴボタの耳を塞いで、大きな声をあげる。


 さすがにそんなことを我が子であるゴボタに聞かせることはできない。


「ゴボオオオオオ!」


 ゴボタも遊んでもらっていると思ったのか、声を出して笑っていた。


「俺はここに迷い込んでから、ゴボタと出会ったんだ」


 俺はゴボタと出会った時のことを話すことにした。


「迷い込んだ……? そういえば、気絶する前も気になったけどどういうこと?」


「いや、俺はたぶん五日前ぐらいにここに来たんだよ。確か2023年の12月――」


「えっ……ちょうど20年前……」


 その言葉に俺の胸がざわついた。


 20年前――。


 そんなに時が経っていることがあるのだろうか。


 俺は急いで近くにある掘った池で顔を覗く。


「いや、俺の顔は変わってないぞ」


「うん……お兄ちゃんだけ時間が止まっているような気がする」


 心菜の言葉は信じられなかった。


 そんなことが本当にあるのだろうか。


 まるでタイムスリップしたような気分だ。


「タイムスリップか?」


「その可能性が高いかも……。今までダンジョンに迷い込んだ人もいないから……」


 その言葉に俺は今頃脳内に聞こえた声が、パズルのピースのように感じた。


 やっと一つのパズルがダンジョンとして完成した気がする。


「俺はダンジョンに迷い込んで、ダンジョンが開放されるまで時を過ごしたってことか」


 俺はその場で崩れるように座り込んだ。


 元の世界に帰れるかわからなかった。


 ただ、帰ることができたらどうしようかと考えていた。


 目の前にいる心菜が、本当に成長した心菜なら俺の知っている世界はもうないってことだ。


 あんなに大きな火の玉を出す技術もないし、人間が人離れした力もない。


 俺の知らない20年が存在していた。


「まずはこの20年について話した方が良さそうだね」


「ああ」


 俺は心菜から俺がいなくなってからの20年分の話を聞くことにした。


「そういえば、2023年の流行語対象ってなんだった? 〝バラ肉です〟が流行っていた気もするが……もしくはパパ活とかか?」


「バラ肉……それは知らないけど、パパ活というか売春行為は結構当たり前にはなっているのかもしれないね」


 俺は咄嗟に心菜の肩を掴む。


「おい、お前は何もやっていないよな? あの純粋な心菜だよな!」


 当時パパ活の話題は世間でニュースになっていた。


 それだけ若い子がお金がないのも理解していたが、俺はその行為を引いていたからな。


 だって、俺の大嫌いな課長がパパ活をしていたという噂があったからだ。


 噂だとしても聞いた時は虫唾が走った。


「はぁー、何言ってるの。私はそんなことはしないわよ! これでも高級取りだからね」


「そんなに稼いでいるのか?」


「んー、あまり働かないけど多いと月収1000万近くは――」


 俺はその場で正座をして頭を下げた。


「どうかヒモにしてください!」


 帰れるようになっても働きたくはないからな。


 こんな身近に高級取りがいるなら、どうにかヒモになれないだろうか。


 チラッと心菜の顔を見たら、蔑んだ目で俺を見ている。


「あー、ヒモとメンヘラって相性が良いからほっとしたわ」


 そんな状況を見ていたホワイトだけが、どこか嬉しそうな顔をしていた。

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