第5話 社畜、草を探す

 俺はスクーターが置いてあるところに戻ると、そのまま果物を入れた鞄をスクーターに収納した。


 前は鞄とヘルメットを入れるだけで、パンパンになっていた。


 それなのに今は鞄とヘルメット、元々鞄に入っていた中身が入っているのに、まだまだ入りそうだ。


 ただ、探すのが手探りになってしまうのが問題になるだろう。


「これからどうしようね」


「ゴボッ?」


 とりあえず食べるものは確保できた。


 最悪、水分も果物の果汁でどうにかなるだろう。


 そうなると体をゆっくりと休ませることができる場所だけが必要になる。


 木が生えてきたため、日陰で休むことができる。


 それだけでも今はゆっくりと休めるような気がした。


 いまだに日が暮れることはないし、常に体が日に当たっている。


 初めは久しぶりの日光浴に心地良さを感じていたが、日に当たると皮膚が痛くなってしまう。


 簡単に言えば日焼けしていたのだ。


「とりあえずは昼寝をしてから考えようか」


 俺達は疲れた体を休めることにした。


 木陰のあるところで、俺とゴボタは木にもたれるように眠りについた。


「とーたん!」


「んー」


「とーたん! たんたんたんたん!」


「ぐはっ!?」


 ゴボタは俺の体をツンツンと突いて起こしてきた。


 あまりにも力の強さに息をするのもやっとだ。


 ただ、寝起きが悪い俺を確実に起こさせる方法としては良いだろう。


 脇腹が内出血しそうだがそれも仕方ない。


 ゴボタは楽しそうに笑っているからな。


「ああ、寝過ぎたな」


「ゴボッ!」


 体の疲労感もだいぶ回復したため、結構な時間寝ていたのだろう。


 ただ、太陽は上に登ったままで、周囲の明るさに変化はなかった。


 やはりこの謎の世界はずっと昼間だということだ。


 それに時間が経過したことで出てくると思ったやつは、全く姿を表さなかった。


――半透明の謎の板


 あれがこの世界の鍵になるはずだが、どのタイミングで出てくるのかわからない。


 仮説として、時間経過で出てくるかと思った。


 だが、視界に何もないところをみると、一定の期間で現れるのだろう。


 正直、時間の経過がわからないため、ここに来てどれぐらい経ったのだろうか。


 顎や頬を触ってもあまり髭は生えていない。


「とーたん?」


 ゴボタも俺のマネをして顎や頬を触っていた。


「くくく、ゴボタには髭は生えてないからな」


 そんなゴボタの頬を掴みグルグルと回す。


「とーたあああん!」


 ゴボタは痛かったのだろう。


 おもいっきり俺のお腹を叩いてきた。


「グフッ!?」


 あまりの痛みに次第に目がチカチカとする。


「とーたん? とととと……」


 ああ、なぜかゴボタがソワソワしている。


 俺の顔を見てはどこかに行って戻ってくる。


 急にどうしたんだろうか。


 いや、どうしたんだろうかは俺の方だ。


 視界が少しずつぼやけてくる。


「とぉーたーん!」


 俺はゴボタが叩いた痛みに意識を失ったようだ。


 ♢


「ふぁ!?」


 俺は目を覚ますと口に違和感を感じた。


「ととと、とーたん!?」


 ゴボタは俺の顔を見ると、ポロポロと涙を溢していた。


 お腹はまだ痛むが、それよりも口の中に入っているものが気になった。


「草?」


「くさ?」


 吐き出すと草が大量に俺の口に入っていた。


 しかも、少し潰した痕跡があり、口の中は苦味を感じる。


「ひょっとして心配になって食べさせてくれたのか?」


「ゴボッ!」


 空腹で倒れたと思っていたら、果実を食べさせていたはずだ。


 それを踏まえると、気絶したことで心配になり、草を食べさせたら治ると思ったのだろう。


 いや、ひょっとしたら本当にこの草に傷を治す効果があるのかもしれない。


「ゴボタはこの草が何かわかる?」


「ゴホッ!」


 大きく頷いているところを見ると、やはり草の作用がわかっているようだ。


 今も必死に押し潰して、飲み込む動作をジェスチャーで教えてくれている。


 それなら集めておいても損はないだろう。


「今後のためにも草を集めておこうか」


「ゴボッ!」


 ゴボタは俺の手を引っ張って、再び森の中を案内してくれた。


 果実を探す時は上を見ていたが、今度は地面を必死に見ていた。


 きっと木の葉ではなく、地面から直接生えているため下を見ながら歩いているのだろう。


「ゴボタ危ないぞ」


 ただ、ずっと下を見ていたため、ゴボタは木の幹に直接突っ込みそうになっていた。


 俺はすぐに服を掴むと持ち上げた。


「とーたん、にひひ!」


 突然体が浮いたことに驚きながらもゴボタは喜んでいた。


 俺の上で寝ていた時も思ったが、見た目より重いのは何か理由があるのだろうか。


 実は筋肉がついており、引き締まって見えるだけなんだろうか。


「せっかくなら肩にでも乗るか?」


 俺は屈むとゴボタを肩車する。


 少し重いがこれなら転ぶ心配はないだろう。


「わぁー!」


 ゴボタは髪の毛を掴むと、クルクルと回し出した。


 俺をスクーターだと思っているのだろうか。


「ブルンブルン!」


 俺がエンジン音のマネをすると、ゴボタは頭を叩き出した。


「とーたん、ドゥンドゥンだよ?」


 そういえば、ここに来てからスクーターの音も変わっていた。


 スクーターもすでに俺の知っているものとは別物だしな。


「ドゥンドゥン!」


 俺はエンジン音を口ずさむと勢いよく走り出す。


「わぁーい!」


 普段よりも高い視野にゴボタは喜んでいた。


 だが、俺は森に何をしに来たのか忘れていた。


 探しに来た草が地面から生えていることを……。


 そして、それはどこに生えているのかゴボタにしか分からなかった。

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