ごっこ遊び、ではなく
「二年一組の烏夜朧です。シャルロワ会長はいらっしゃいますか?」
俺は生徒会室の扉をノックしたが、中から返事が聞こえてこない。もう一度ノックしてみたが、そもそも部屋の中に誰かがいる気配もしないのだ。
レギー先輩から生徒会の面々は今日も集まっていると聞いていたのだが、別の場所に集まっているのだろうかと困っていると、ネブスペ2第三部の主人公であり月学の生徒会副会長である明星一番先輩が通りがかった。
「烏夜、生徒会に用か?」
「あぁどうも一番先輩。今日って生徒会の会合とかないんですか?」
「予定はあったんだが、急遽取りやめになってな。まぁ……諸般の事情ってところだ」
一番先輩は明言こそしなかったが、その原因がローラ会長にあることはすぐに理解できた。
「ちなみにシャルロワ会長がどこにいらっしゃるかご存知です?」
「いや、今日はすぐに帰ってしまったし何も聞いてないが、何か用事があったのか?」
「はい、デートにでも誘おうかと思っていたので」
俺が笑顔でそう言うと、一番先輩は呆れたように溜息をついた。今の一番先輩にはわからないだろうが、多分今の俺がデートに誘えば普通に来てくれると思うよ、あの人。
と、俺は半分おふざけ半分本気で言ったのだが、一番先輩はメガネをクイッと上げてから真剣な表情で口を開いた。
「昨日の会見は烏夜も知っているだろう? どんな経緯があったかはわからないが、半ばお家騒動のようにシャルロワグループの会長に就任することになったんだ。ローラがどれだけ完璧な人間だとしても、それはあくまで俺達同年代と比べての話で、社会という大海の中ではまだまだひよっ子のはずだ。
ローラにかかるプレッシャーは、俺達みたいな庶民には考えられないものだろうな……」
原作だと夏場に倒れたティルザ爺さんに変わって第三部でローラ会長は正式にシャルロワ財閥の後継者となるのだが、その半端ないプレッシャーに苦しむローラ会長を一番先輩が支えていくことになる。
だがもうローラ会長がシャルロワ財閥を継ぐってなると……どうなるんだ? ネブスペ2のトゥルーエンドは確かにそれまでのシナリオと大きく異なる部分もあるが、第一部、第二部、第三部の共通シナリオにある程度沿っていくため一番先輩達の大きなイベントは起きない、はず。
とはいえ俺達が目指している真エンドをどう練っていけばいいか、それを考えるために俺はローラ会長と話がしたかったのだ。
その後、俺はローラ会長のLIMEに連絡を入れたが既読すらつかず、電話をかけても出ることはなかった。
そして校門付近に集まっていた陸上部の面々に話を聞いてみるとローラ会長が月ノ宮海岸の方へ歩いていくのを見たという目撃情報を得たため、俺は一旦家に帰った後、自転車を漕いで月ノ宮海岸へと向かった。
六月の梅雨時の空は雲に覆われていて、天気予報では雨が降るかどうか微妙な確率という空模様だった。それでもサーフィンや海岸を散歩する人々は多く、その中に……ポツンと砂浜に佇む銀髪の少女を見つけた。
「お前は、ナイーブな気持ちになると海を眺めたくなるのか?」
砂浜を駐輪場に止めて、俺は砂浜に佇むローラ会長の側まで駆け寄って話しかけた。彼女はボーッと白波を眺めていたが、俺に気づくと小さく笑顔を浮かべてこちらを向いた。
「昔、一緒に海に行ったこと覚えてる?」
「俺が首まで砂浜に埋まってた時のことか?」
「それは花菱いるかに転生した時の話でしょ。それとももう一度埋まってみる?」
「お前のスカートの中をもう一度拝ませてもらえるなら喜んで」
「わかったわ。頭まで綺麗に埋めてあげる」
「それはもう埋葬だろ」
こっちからの連絡に反応しないぐらい気分が沈んでいるのかと思ったが、こんな軽口を叩ける元気はあるようだ。言っておくが首から下まで埋まる分の穴を掘るの、結構大変だったからな。
「んで、シャルロワグループの会長さんがこんなところで油を売ってて良いのか?」
「別に会長になったからって私が急に多忙になるわけではないわ。毎日会議があるわけでもないし、お父様は会長の座を退いたとはいえ後見人みたいな立場だから、私は今後も気兼ねなく月学に通い続けるわ。
まぁ、以前と比べて忙しくなるのは確かでしょうけど」
最近では学生で起業するというのも珍しくなくなってきたが、日本有数の大企業グループの経営を若輩に委ねるというのはぶっ飛びすぎている。ティルザ爺さんもトニーさんの件の責任をとって会長を辞したとはいえ、彼が持つ影響力はまだまだ大きなものだろう。
しかし、周囲から向けられる大きな期待、そして……経緯が経緯なだけに、今のシャルロワ家に向けられる風当たりは強いものだろう。
「大分思い切ったことをしてくれたな」
「愛しき乙女ちゃんを助けるためよ」
「溺愛しすぎだろ。でもよくトニーさんを捕まえられたな。あまり証拠とかなかったはずだろ?」
最初のループで刑事のマルスさんが探偵のジュリエットさんに調査を依頼して、トニーさんとネブラ人の過激派との関係を探らせていたが、確実な証拠はなく一度は連行されたもののトニーさんは逮捕されることはなく、結局バグで消滅してしまっただけだった。
「私だって、花菱いるかに転生した入夏と出会ってからの八年間、何もしなかったわけじゃないわ。部下に頼んでずっと叔父様を探らせていたの。今回の交代劇だって前々から仕組んでいたことよ」
「それは用意周到なことで。でもローラ会長にとってトニーさんって大切な存在じゃなかったのか?」
「私を裏切るような人なんて必要ないわ」
トニーさんはシャルロワ財閥の資金を横領したという罪で逮捕されたが、ネブラ人の過激派との黒い関係の捜査を受けて余罪が出てくるかもしれない。今更ビッグバン事件の犯人が捕まったって俺達に何か影響があるわけではないが、これで今後変な噂が広まるようなことはないだろう。
問題は、一族から大罪人を出してしまったシャルロワ家の立場だ。
「ねぇ、入夏」
また、ローラ会長の雰囲気が変わった。
今、俺に話しかけているのは、月見里乙女だ。
「入夏はネブスペ2のヒロインの誰と結婚してみたい?」
これはまた突拍子もない質問だな。何なら俺はヒロイン全員好きってぐらいだが、結婚となるともう少し真剣に考えなければならない。
『入夏って結婚願望とかあるの?』
……そういえばコイツ、前世での俺に似たような質問してたよな。今急に思い出した。
この世界に転生して結婚とか考えたことはないが、ヒロインの中から選ぶってなると……理想的なのはアストレア姉妹や琴ヶ岡姉妹か。特に姉の方。スピカは勿論のことベガも年下だがやはり姉としてしっかりしているし、二人とも性格とかに長所しかないのだ。あるいはちょっとワガママなムギやワキアに振り回されるのも楽しいだろうし、あまりこういうことは言いたくないが、双方共に家が太い。
まぁ家の太さで言ったらシャルロワ家の面々が一番だろうが……ローラ会長のことは勿論好きだが、婿としてのプレッシャーがヤバ過ぎる。
でもなぁ、レギー先輩とかも捨てがたいしルナみたいなちんちくりんの相手をするのも楽しそうだし……美空は大星の恋人ってイメージが強すぎるし、夢那はこの世界だと自分の妹になってしまうから除外するとして、選ぶならスピカかベガか。前のループのバイアスでベガを選びたくなるが……。
『それともさ……私の隣が、良い?』
……。
『な、なーんちゃってー……』
……いや。
今、俺が選ぶべき答えは違うな。
「お前だよ、月見里乙女」
俺は、自分の前世にけじめをつけるべきだ。
「一体俺が何度、お前のためにループを繰り返してきたと思ってやがる」
せっかくネブスペ2というエロゲ世界に転生できたなら、もっと楽しめることもあったかもしれない。死に戻りできることを考えれば、己の欲望に身を任せて非倫理的なことだって可能だったかもしれない。
だが俺が、半ばノイローゼになりかけながら血反吐を吐いて全ヒロインのエンディングを回収できたのは……こんな世界に迷い込んでしまった幼馴染を助けたいという気持ちが強かったからだ。
俺が知っている乙女なら、きっと顔を真っ赤にして照れるだろうと俺は期待したのだが──彼女は俺の方を向くと、思いっきり俺の股間を蹴り上げた!
「のおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
頭まで響く筆舌に尽くしがたい衝撃に俺は砂浜の上で悶え苦しんでいたが、ローラ会長はそんな俺を嘲笑うように見下しながら口を開いた。
「そんな甘い言葉で私を手籠めに出来るなんて勘違いしないことね」
くそっ、エレオノラ・シャルロワとして生きてきたコイツの心には響かなかったか! 俺だってかなり恥ずかしさをこらえながら格好つけたつもりだったのに!
股間の痛みをこらえながらなんとか立ち上がった俺は、歯を食いしばりながらローラ会長に言う。
「……んで、一体どうしてそんな質問を俺にしてきたんだ?」
元々のエレオノラ・シャルロワというキャラに結婚願望なんてなさそうだし、山のように押し寄せてくるお見合い話を全部断っているぐらいだ。それは彼女の思い出の中で花菱いるかという初恋相手が生き続けているからでもあるが……。
俺の苦しむ姿を見て満足した様子のローラ会長は、笑顔で海を眺めながら口を開いた。
「実は私が会長に就任することが決まってすぐに、シャルロワグループとの太いパイプを築こうと目論んだ連中から色々とお見合い話が押し寄せてくるのよ。もう嫌になっちゃうくらい。
このお見合いを手っ取り早く断るためにはどうすればいいと思う?」
そりゃ手っ取り早く相手を決めることでは、と答えそうになった時、俺は気付いた。
そしてローラ会長は……いや、彼女の中に眠る月見里乙女は、はにかみながら俺に言った。
「ねぇ、入夏。私の恋人になってよ。
今度は……ごっこ遊びなんかじゃない、本物の恋をしたい」
……。
……ついさっき勘違いするなって言って俺の股間を潰したくせに、お前……大分俺のこと好きだろ。
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