天の川も渡れずに
本来俺は執事として接客する予定がなかったため着替えに少し手間取ってしまったが、十二時過ぎにはフリーになった。一時から中庭で吹奏楽部の演奏会があるため、そこでベガと合流する予定だ。
クラスで少しまかないを食べたが、やはりお昼時だからか少しお腹も空いていたため何か買いに行こうと学校内をブラブラしていると、屋台が多く並ぶ本校舎前で知り合いの姿を見つけた。
「ノザクロもスイーツで勝負しなさいよ! 何日和ってるのよ!」
「よくシィンクしてみるんだよゴールドガール。トゥデイみたいなカーニバルみたいなハッピーデイにはワンハンドでイート出来るフードがグッドなんだよ」
本校舎の生徒玄関前に陣取る二つの屋台。一方は月ノ宮駅前のケーキ店サザンクロスの出店、そしてもう一方は海岸通りの喫茶店ノーザンクロスの出店で、それぞれの屋台でロザリア先輩とノザクロのマスターが言い争いをしていた。
なおサザクロはカップケーキを、ノザクロは豚の串焼きを売っていた。ノザクロに豚の串焼きというメニューは無いはずだが。
「どうも皆さん。売れ行きはどうですか?」
「オー、ボローボーイ! 大繁盛だよ!」
「こいつらの串焼きの匂いにウチのケーキが負けてるのよ!」
前に俺に試食させてくれたフルーツや生クリームが乗ったカップケーキをロザリア先輩は売っているが、すぐ側で串焼きなんて売られたら堪ったもんじゃないだろう。俺も屋台のリストは見てるからノザクロも出店することは知っていたが、まさかスイーツとかじゃなくて豚の串焼きとはな。しかも結構売れてるし。
「そうだアンタ、せっかくだしウチのカップケーキ買ってかない? この前よりかなり進化したんだから」
「マスター、串焼き一つ」
「OK!」
「ちょっとー!?」
「すみませんロザリア先輩、後で絶対買いに来るんで」
そりゃお昼時だったらカップケーキより串焼きを食べたくなるもんだよ。しかしベガに串焼きは似合わないなぁと思い、美味しい串焼きを食べながら屋台が並ぶ通りを巡っていると、また知り合いを見つけた。
「あ、朧君だー! 丁度良いところに!」
俺を見つけてハイテンションで俺に手をブンブンと振っている耳に貝殻の髪飾りをつけた女性は、この月学のOGであり超人気芸能人であるコガネさんだ。いつもは金髪ショートなのだが、長い黒髪のウィッグを付けて変装している。彼女の隣にいる黒髪のサイドに白黒の星柄のリボンを巻いた女性、これまた世界的な芸術家であるレギナさんの姿も。
「あ……そ、その節はどうも」
「いやレギナさん、もう僕を引っ叩いたことは良いですから、全然気にしてないですって」
「違うんだ朧君。前に君をぶった時の感覚が忘れられなくて……もう一度叩きたくなるんだ」
「ひぇ……」
コガネさんとは前に夢那へのサプライズで会ったが、レギナさんと会うのは久々だ。多分七夕祭以来か? いや病院で会ったっけ。あまり近づいちゃいけないかもだけど。
するとたこ焼きの屋台の方から俺達の方へやって来る女性が三人。
「あ、そういえば君この学校だったんだっけ?」
「いや貴方達の後輩ですよ」
コガネさんと同じように長い黒髪のウィッグを付けて赤いメガネをかけた女性、超人気シンガーソングライターのナーリアさん。こちらも変装のためにウィッグとか付けていて、その手には六個入りのたこ焼きが入ったパックが。
「いつもワキアを誑かしていた子ね」
「いや病室が隣同士だったから良いじゃないですか」
茶髪のショートで黒縁メガネをかけた長身の女性、アクア・パイエオン。葉室総合病院に勤める医師で、俺が入院していた時に色々とお世話になった先生だ。
「やぁ朧君。私達の制服姿、似合ってると思わない?」
「いやもう最高ですね」
そして長い茶髪に白い眼鏡をかけた、ネレイド・アレクシス。初代ネブスペに登場する八人のヒロインの内五人が揃っているが……どういうわけか全員月学の制服を着ている。
「いやー、こうして制服を体に通すと学生時代を思い出すよね。レギナったら校舎にペンキで色塗って物凄く怒られてたもんね」
「良い思い出だね」
「コガネちんだって校舎を使ってクソダサロミジュリしてたじゃん」
「あれは傑作だったわね」
「ボクは中々に良かったと思うよ」
「いらんフォローはやめい」
なんか初代ネブスペのヒロインの面々を見ていると安心感がある。だってこの人達、基本的に害が無いんだもん。しかもこの五人と面識があるってだけで俺は感動しているが、まだヒロイン全員とは知り合えていない。
初代ネブスペのヒロインの面々は太陽系の惑星がモチーフとなっており、主人公を太陽と位置づけて水生、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、そして地球の衛星である月の合計九人のヒロインがいるのだが、既に死亡している月を除いて後三人のヒロインがまだこの世界にいるはずだ。
「そうだ、丁度六人だし朧君もどう? このたこ焼き」
「あ、良いんですか?」
「一人一個ずつね」
なんかたこ焼きそれぞれに爪楊枝が刺さっている異様な光景だったが、俺は何も考えずに一個頂いてそれを口に放り込んだ──その瞬間、辛子の風味が鼻腔を突き抜けた!
「ふごおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
「あ、大当たりだね」
むせて咳き込む俺を見ながらコガネさん達は大爆笑していた。これあれか、ロシアンルーレットみたいに一個だけ辛子入りだったのか!? どうせならコガネさん達の誰かが悶え苦しむ姿を見たかったよ!
しかも割と容赦ない量の辛子が入っていたからかなりの刺激で、涙目になる俺をナーリアさんが優しく背中を擦ってくれていた。
「まーまー、今日は良いことあるよ朧君。そうだ、誰かと花火見る予定とかあるの?」
「あ、ありますよ」
「え、あるんだ……」
「ちゃんとリア充してるじゃん……」
一緒に花火を見るだのフォークダンスを踊るだの、学園祭というものにはそういう恋の伝説がつきものみたいなところがあるが、急にコガネさん達のテンションが低くなった。そうか、初代ネブスペでメインヒロインを攻略した世界線だとすれば全員振られてしまっているわけか。
そんな中、俺達の方へ近づいてくる男がいた。
「あれ、お前ら何してんの?」
豚の串焼きを片手に現れた黒髪ツーブロックの男、レオさんこと白鳥アルビレオ。月学のOBであり、そしてコガネさん達の同級生であり、初代ネブスペにおける親友ポジのキャラだ。
「あれ、レオナルド君じゃん」
「だからアルビレオだって言ってんだろうが」
「レオ君は彼女出来たのかい?」
「お前らだってまだ独り身だろうがよ!」
「まーアクアたそとかレギっちゃんよりはレオナルドの方が結婚早そうだよね」
「ちょっと待って、ボクがレオ君より婚期が遠いと思っているのかい? アクアは良いとして」
「誰が行かず後家じゃコラ」
初代ネブスペの舞台が八年前のビッグバン事件の直後だから、この人達ってまだ二十代半ばぐらいのはずだよな。確かにレギナさんやアクアたそは気難しい感じがしそうだからあれだけど、コガネさんとかナーリアさんって誰か芸能人とこっそり交際していてそのままゴールインしてそうだ。もうこの人達の恋路は初代ネブスペとかネブスペ2で描かれるシナリオの範囲外にあるからわからんけど。
「そういえば朧君ってこの後予定とかある? 私達、一時から体育館でバンド演奏を見に行くつもりなんだけど」
「ナーリアのサプライズもあるからね」
「それ言っちゃ意味ないでしょ!?」
「僕は一時から中庭で吹奏楽部の演奏を見る予定ですね」
そして時計を確認すると、いつの間にか十二時五十分になっていた。きっとベガは先に中庭で待ってくれているだろう、そう思って俺はコガネさん達に別れを告げて中庭へと急いだ。
中庭に作られたステージには吹奏楽部が既にスタンバイしており、ステージ前に並べられたパイプ椅子の座席には保護者を含め多くの観客で埋め尽くされていた。俺はベガとの待ち合わせ場所である、中庭の一角にある自販機が数台並んだスペースへと向かったのだが、そこにベガの姿は無かった。客席にもベガはいなくて、携帯の着信も確認したが連絡もなかった。
もしかしたらクラスの手伝いが長引いているのかと思い、俺はベガのクラスへと向かった。ベガ達のクラスがやっているコスプレ喫茶はお客さんもコスプレできるサービスもあり、メイドや巫女、忍者に騎士という世界観が入り乱れた店員や客で繁盛していたが、やはりベガの姿はない。
「あれ? 烏夜先輩、どうかしたの?」
すると、隣の教室からワキアがひょこっと顔を出してきた。ワキア達のクラスはお化け屋敷をやっているはずだ、黒幕に覆われた教室からは時折悲鳴や断末魔が聞こえてくる。
ワキアもお化けらしく白装束で口元は血だらけだったが、これはこれでなんか可愛いなと思いつつ俺はワキアに声をかけた。
「ねぇワキアちゃん、ベガちゃんがどこに行ったか知らない? 中庭で待ち合わせしてたんだけど全然見当たらなくてさ」
隣のクラスだしワキアならベガの行方を知ってそうだと俺は思っていたのだが、ワキアは首を傾げて不思議そうな様子で口を開いた。
「へ? それって誰のこと?」
俺は耳を疑った。
ワキアの口から放たれた言葉が信じられず、俺はもう一度ワキアに聞く。
「いや、ベガちゃんだよ。君のお姉さんの」
最悪の可能性が、俺の頭をよぎる。
「私にお姉ちゃんなんていないよ? 烏夜先輩も知ってるでしょ?」
ワキアがそんなことを言うなんて信じられなかった。
絶対に違う、絶対におかしい。俺が今まで接してきた琴ヶ岡ベガという少女はどこに行ったんだ? 俺は周囲の目も忘れて、ワキアの肩を掴んで詰め寄った。
「……ワキアちゃん、悪い冗談はやめるんだ。君には双子の姉がいたはずだろう? 君と同じ銀髪で、青いリボンを付けて、ヴァイオリンを習っていて、この前のコンクールで優勝した自慢のお姉さんがいただろう!?」
何かたちの悪いドッキリを仕掛けられているのかと思った。むしろドッキリやイタズラならそれで良い、何ならそうであってほしかった。
しかし俺の期待とは裏腹に、ワキアは怯えたような表情で体を震わせていた。
「わ、私そんなの知らないよ……烏夜先輩、何言ってるの……?」
緊迫した様子でワキアを問い詰める俺、そしてそんな俺に怯えるワキアを見て周囲が騒然とする中、お化け屋敷となっていた教室の中から血だらけの白装束を着た夢那が姿を現した。
「に、兄さん!? 何やってるの、ワキアちゃんが怯えてるでしょ!?」
夢那は慌てて俺をワキアから突き放して、ワキアを庇うように俺とワキアの間に割って入った。俺も夢那のおかげで我に返ったが、動揺や不安からか頭がクラクラとしていた。
「ご、ごめん……」
夢那は最初こそ怒っていたようだったが、俺の様子がおかしいことに気づいたのか不安げな表情をしていた。
「に、兄さん……?」
それが只事ではないと夢那は気づいたのか、俺の手を引っ張って急に駆け出した。
「ごめんワキアちゃん、ちょっと兄さんと話してくる!」
「えぇ!? 夢那ちゃん!?」
そのまま俺は、校舎の隅にある人気のない倉庫へと夢那に連れて行かれた。
校舎の端っこにある倉庫は、今日は更衣室に使われているぐらいで誰もおらず、周りに人気もなかった。俺が椅子に座って項垂れる中、夢那は周囲に人がいないことを確認して倉庫の扉を閉める。
「兄さん、何かあったの?」
夢那はこの世界がネブスペ2というエロゲの中の世界で、兄である俺が別世界から転生してきたことを知っている。ネブスペ2原作で今日の星河祭で起きる一連のイベントについて予め説明してあるから、何か想定外のイベントが起きたのだと察してくれたのだろう。
だがこの事態は、想定外も想定外だ。
「……夢那。今から僕がする質問に、ちょっとした出来心とかイタズラとか無しに、正直に答えて欲しいんだ」
「う、うん」
夢那はきっと嘘をつかない。きっと……ワキアも嘘をついていたわけではないだろう。そんな酷いいたずらをするような子じゃない。
だが、俺にはそれが信じられなかったのだ。
「夢那は、琴ヶ岡ベガって子を知らないかい?」
その前例があったが故に、最悪の可能性が俺の頭をよぎる。そうであってほしくなかったが、夢那は不思議そうな表情で首を横に振った。
「ううん、ボクは知らないよ。琴ヶ岡って名字の人は、ワキアちゃんぐらいしか」
「ワキアちゃんは一人っ子?」
「うん、ボクはそう聞いてるけど」
俺は自分の携帯でLIMEの連絡先を探す。その中に、つい最近まで連絡を取り合っていた少女の存在はなかった。
「そうか……」
消失した、としか考えられなかった。
そう、琴ヶ岡ベガはこの世界から消失したのだ。烏夜朧の幼馴染、朽野乙女と同じように。
まるで、元からこの世界に存在しなかったかのように──。
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