皆が無事であるように
明日に星河祭の本番を迎えた十月三十一日、今日は土曜日だがやはり各クラスや部活動の出し物の準備のため多くの生徒が忙しなく動く中、俺も生徒会のボランティアとして大忙しな一日だった。
そして準備が大詰めとなった夕方、生徒会や星河祭の実行委員が会議室へと集められた。取り仕切るは勿論、生徒会長であり実行委員長を務めるエレオノラ・シャルロワだ。
「皆さんご苦労さま。今月の頭から皆に集まってもらって、各々が素晴らしいパフォーマンスを発揮したことで明日の星河祭の準備は万全です。
しかし、私達の役目はこれで終わりではありません。明日の星河祭はきっと長い一日になるでしょう、いつどこでどんなトラブルが起きるかわかりません。どのクラスもどの部活動もどの生徒も、この月学で過ごした青春の輝かしい一ページとなるように、明日一日、どんなトラブルが起きても最大限のサポートを、そして星河祭が終わりその片付けを無事に済ませるまでが私達の仕事です。明日も頑張っていきましょう」
会長や一番先輩達三年生にとっては最後の星河祭だ。十二月には生徒会選挙が待っているため、会長達今の生徒会の面々にとっては最後の仕事のようなものだ。それだけに気合の入る仕事だろう。
会長は会議室に集まった生徒会や実行委員の面々に笑顔でそう言ったが、どこか元気がないように見えた。
他の生徒会役員や大星やアルタを始めとした実行委員が退出する中、会議室には一番先輩、オライオン先輩、そして俺が残された。
え、なんで俺も残されたの? 俺の場違い感すごくない?
「明日が楽しみね」
窓際に立つ会長が、夕焼けの空を見ながら会議室に残った俺達に言う。が、そんな会長の姿を見て失笑しながら一番先輩が口を開いた。
「会長らしくないな。本当に楽しみだと思っているのか?」
俺も一番先輩の意見に同意だ。確かに会長が普通に一学生として、青春の一ページに刻むイベントとして学園祭を楽しんでいる姿が全く想像できない。だからこそ明日が楽しみとかいう言葉が明らかな嘘に聞こえてしまうのだ。
「ほら、もしかしたら会長だってお化け屋敷とかコスプレに心浮かれるお年頃かもしれないでしょ?」
「去年一昨年と、そんな会長の姿を見たことがあるか?」
「ごめん、なかったね」
オライオン先輩は必死に会長をフォローしようとしていたが、月学でずっと過ごしてきた二人がそう思うなら会長はそういった面を全く周囲に見せないのだろう。
すると窓際に立つ会長は笑みをこぼしながら俺達の方を向いた。
「私は皆の楽しそうな姿を見ることが出来るだけで十分よ。それが生徒会長の私としての楽しみなのだから」
会長の話す言葉一つ一つが彼女自身の真意なのか、あくまで公の場での社交辞令の上っ面だけの言葉なのか、一番先輩もオライオン先輩も怪訝そうな表情をしているからわからないようだ。勿論俺もわからない。
ただ全員が、会長の言葉を半信半疑に受け止めていた。そもそも……会長がこの場に俺達を残したのは、そんなことを話したかったためではないだろう。
「ところで、本題はなんだ? わざわざ俺達を残してそんなことを話したかったのか?」
会長が笑顔であってもこの場がとても和やかに感じられなかったのは、俺達が残された理由が気になっていたからだ。先にそれを聞いたのは一番先輩だったが、オライオン先輩も頷いて会長の方を見た。
「それに俺やオライオンだけならわかるが、どうして烏夜まで残した?」
そう、会長の腹心である一番先輩やオライオン先輩だけ残すならまだわかるが、この場における俺の存在価値って何?
一番先輩の質問に会長は笑顔で小さく頷くと、俺達が座るテーブルの前までやって来た。
「私が明星君やベラに話したいことに、彼も関係あるからよ」
すると会長は立ったままテーブルに手をついて、そして口を開いた。
「私の父でありシャルロワ家現当主のティルザ・シャルロワが八月に倒れ、それから目覚めぬまま昏睡状態にあるわ」
一番先輩とオライオン先輩は声こそ出さなかったが、二人共驚いた様子だった。まだ世間に公表されていないが、俺は九月に葉室総合病院で植物状態にあるティルザ爺さんを見ている。
そして、シャルロワ家の現当主が昏睡状態にあり、目覚める可能性、いや復帰することがほぼ不可能かと思われる状況……そこから導き出された答えに一番先輩もオライオン先輩も気づいたことだろう。
「近々、私がシャルロワ家の当主になることが発表されるはずよ。おそらく数日以内にね。貴方達にはあらかじめ伝えておこうかと思ったの。そこの後輩君も含めてね」
ティルザ爺さんが植物状態にあることすら公表されていないが、俺は偶然それを知ってしまったためついでに教えようと会長は思ったのだろうか。
俺も少し驚いたが、会長がシャルロワ家の次期当主になることはネブスペ2の原作でもそうだから驚きはしない。むしろ会長がそれを事前に俺に教えてくれたことが意外だった。
一番先輩もオライオン先輩も、自分の同級生がシャルロワ家という日本有数の実業家の後継者になることに戸惑うかと思っていたが──。
「じゃあ月学をもうやめるのか?」
「いえ、当主になるからといってすぐに家業を継ぐわけではないわ。月学を卒業してから色んなところで学んでから、ね。でも色んな事業に関わることになるとは思う」
「へ~凄いじゃん会長。何か記念パーティーとか開く?」
「そうね、何かしらの集まりはあると思うわ。ベラは呼ばないけどね」
「そんな~」
しかし一番先輩もオライオン先輩も、シャルロワ家のご令嬢である会長を特別に扱う様子はなく、むしろこんな時でも冗談を言い合っている。俺も会長と同級生だったら多少は見方も変わっていたのだろうか。
「俺達はいつも会長と呼んでいるが、もしかしてCEO的な意味合いで会長と呼ぶことになるか?」
「そうかもしれないわね。貴方がどう頑張っても辿り着けない地位になるわ」
「なら俺は一国の長になるしかあるまいな!」
「明星君が選挙に出る時は演説会場の側に街宣車を置いてあげるわね」
「妨害する気まんまんか!?」
ネブスペ2第三部の始まりは、一番先輩が会長に告白されるという衝撃的なシーンから始まる。つまり明日、生徒会室で会長が一番先輩に告白を……まぁ告白と言っても、その時点では会長に好意があったわけではないのだが、周囲にいる人間達の中でわざわざ彼を選んだということは、好き嫌いの好みが激しそうな会長にとって一番先輩が一番信頼できる人間だったというわけだろう。
自分からあらゆる面で会長に一番を奪い取られた一番先輩は会長のことを激しくライバル視していたし、会長の告白を受け入れようとしなかったが……明日、この二人は一体どうなってしまうのだろう?
会長の話が終わった後、俺は校門で待ってくれていたベガやワキア、そして夢那と一緒にシャルロワ家の車に乗った。
「ねー、明日烏夜先輩は誰と一緒に周るの?」
恋愛モノにおいて学園祭というイベントは鉄板だ、恋愛ゲームにおいては誰と一緒に周るかでルートが大きく分岐することもある。ネブスペ2原作では月学の学園祭である星河祭が催される時期が第二部と第三部の境目であるためメインはアルタや一番に奪われているが、大星もしれっと第一部で攻略したヒロインとイチャイチャしている姿を映される。
「午前中はクラスの手伝いがあるけど、午後からはフリーになるよ」
「あ、私もクラスの手伝いは午前中だけなんですよ。烏夜先輩、お昼から一緒に周りませんか?」
「えー、ずるいよお姉ちゃん!」
「でもワキアちゃんもボクも、お昼からクラスの手伝いだもんね……」
「ぐぎぎ……」
まぁ俺とベガのフリーな時間帯が偶然被ったわけではなく、事前にそうなるよう打ち合わせしていたのだ。なおスピカもムギも俺に合わせて時間を明けることに成功したが、レギー先輩は演劇部としての仕事があり、新聞部に所属しているルナも一日中ネタ集めに奔走したり写真を撮りまくるという。
だから、明日はベガと一緒に周ることが出来るはずだ。多分スピカとムギも一緒についてくるだろうけど。
「烏夜先輩、星河祭の伝説はご存知ですか? 星河祭の後夜祭で一緒にダンスを踊ったカップルは幸せになると」
「あれ? それって一緒に後夜祭の花火を見るのがトリガーじゃなかったっけ?」
「どっちも聞いたことあるから両方なんじゃないかな」
「へ~そういうのあるんだ。なんだかロマンチックだね、兄さん」
そう言って夢那は俺の方を見た。夢那は俺の前世とかネブスペ2について知っているから、そういうのも知ってるんだね?という若干威圧的な確認の仕方だった。いや知ってるけど、もう成り行きに任せたいよそれは。
そして月学から一番近い俺や夢那の住むマンションに車が到着し、ベガとワキアに別れを告げた。そして帰宅後、俺は自分の部屋でもう一度禁断のバイブル……ネブスペ2の攻略チャートを書いたノートを開いた。
「明日、何か手伝えることある?」
「いや、大丈夫だよ。全部上手くやるから」
「どの時点で上手くいったって判断出来るの?」
「そうだね……皆が生きて帰ればかな」
と、俺は冗談っぽく夢那に答えてみせた。
だが、それは俺の切実な願いでもある。何故なら、朽野乙女が『消失』した現実に直面してしまったからだ。結局その原因を究明できず、そして朧が唯一生存できる世界線、トゥルーエンドへの道が閉ざされてしまったまま、第二部の終わり……そして第三部の始まりを迎えることとなる。
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