白鳥アルダナ編④ ときめきの嵐警報
十月六日。夏服から冬服への移行期間ではあるのだが、日中はまだ暑いため殆どの生徒が夏服のままだ。
俺は松葉杖をつきつつも校舎内を移動して、最近疎遠になってしまっているベガと接触しようとしている。しかしベガの姿を見かけても、俺の存在に気づいたベガは逃げるようにどこかへ立ち去ってしまい、俺もまだ右足が悪いためベガを追いかけることも出来ずにいる。
今のベガとの関係は時間が解決してくれるとも思えず、ベガの双子の妹であるワキアに協力を願いたいところなのだが、その経緯をどう説明したらいいものか……そんな悩みも抱えつつ放課後を迎えた俺はルナに呼び出されていた。
今日も星河祭に出展する記事を書くための手伝いをしてほしいとのことだったが、呼び出し先は新聞部の部室ではなく一年生の教室だった。
「あ、烏夜先輩やっほ~」
待っていたのはルナとワキアだった。なんかいつもワキアの病院服ばかり見てたから、前にも見たことがあるはずなのにワキアの制服姿がレアに感じる。制服姿のワキアも可愛いし元気そうで何よりだ。
「やぁワキアちゃん、ルナちゃん。ワキアちゃんもお手伝い?」
「学校に通えるようになったのはいいんだけど意外と暇なんだよねー」
「というわけでワキアちゃんにも手伝ってもらいます。まぁまずは……朧パイセン、昨日の写真のことなんですけど」
昨日の写真? 俺は昨日、ルナの手伝いのために新聞の部室でルナが書いた記事を読んで、記事に添付する俺の写真を選んで……。
「あ」
俺は鮮明に思い出した。黒の下着姿の、ルナの自撮り写真を──。
「ふんっ!」
「あばぁっ!?」
「烏夜せんぱーい!?」
俺はルナから腹部に強烈な一撃を受けてよろめいたが、松葉杖のおかげで踏ん張ることが出来た。いや俺は悪くないはずだし怪我人に容赦が無さ過ぎる。
「朧パイセンが一体どういう想像をされているかわかりませんが、あの写真は私がわぁちゃんにどの下着が似合うかを聞くために撮っただけなんです。なので忘れてください」
「あ~あの写真見たんだ~」
「ま、まぁ忘れるよう努力はするよ」
良かったよ写真を送った相手がワキアで。いや相手がワキアだとしてもあの構図は完全にエロ写メだったんだよ。
「でもまさかルナちゃんが勝負下着を決めたいだなんて言うとは思わなかったよね~」
「え、勝負下着?」
「ちょっ、それは言わなくてもいいんだよわぁちゃん!?」
何? 今一年生の間では勝負下着を決めることが流行ってんの? どんだけマセてるのとか思ったけどまぁそういうお年頃ではあるか。
「誰のため選んだのかはわからないけどね、でも黒が似合うのって良いよねー」
「水着も黒だったもんね」
「ふんっ!」
「ぎゃぼぉ!? これ僕が悪いの!?」
なんかあれがルナの勝負下着であるというバイアスが入るとまた見方が変わってくるのだが、今は目の前に本人もいるし忘れよう。
さて本題であるルナの手伝いなのだが、今日は記事に添える写真を撮りたいとのことで三人で一緒に葉室市まで出かけることとなった。
最初に訪れたのは葉室駅から近い葉室中央公園。市街地の中心で緑豊かな自然を満喫できるオアシスのような場所で、紅葉シーズンになれば多くの人で賑わう観光スポットでもある。
「じゃあ朧パイセン、何かポーズとってください」
「どんなポーズ?」
「なんか……モデルっぽくきめてください」
いや注文が結構アバウトなんだけど。しかし俺はルナの要望に答えるべく、公園の遊歩道沿いに並ぶ一本の木に寄りかかって、そして物憂げな感じで空を見上げるようなポーズを取った。
よし、今がシャッターチャンスだぞルナちゃん!
「ンフフッ」
「いや何笑ってんだよ」
「フフッ、だって全然似合わないんだもん」
「そんなー!?」
俺は俺なりにいい感じのポーズを取ったつもりなのにカメラを構えるルナとガヤのワキアに笑われてしまう始末。
「やっぱり松葉杖とギプスがダメだねー」
「これはどうあがいても外せないからね?」
その後も写真集に映るモデルっぽいポーズを決めてみるのだが、やはり俺にそんな雰囲気は似合わない、というかカメラマンであるルナが笑いをこらえきれなくてカメラがぶれてしまうからどうしようもないのだ。あとやっぱり足の骨を折って松葉杖ついてるとギャグにしかならんのよ。
「どうしましょう朧パイセン。これじゃ全然写真なんか撮れないですよ」
「いやせっかくポーズとってるのに笑われてる僕の身にもなってよ。そろそろ泣いちゃうよ僕?」
「だったらさ、もっと自然体っぽくするために私と一緒に撮らない?」
というわけで今度はワキアも一緒に映ることに。まずは公園のベンチに座って談笑している風景を撮ってみる。
「いや~烏夜先輩のおかげでさ、最近はすっごく元気が有り余ってるんだ~」
「ワキアちゃんもピアノのコンクールに出場したりしないの?」
「私はコンクールとかで賞を貰うよりも、小さなコンサートでも開いて皆の笑顔が見たいって思うんだよね。ほら、最近だと動画をネットにアップしてバズることもあるでしょ? そういうのも面白そうじゃない?」
動画サイトにはピアノが上手い人が色んなカバー動画を出したりしているが、ワキアが動画投稿を始めたら俺絶対見に行くし配信してたらメチャクチャスパチャ投げまくるわ。
なんて会話を交わしていると、ワキアは空を見上げて口を開いた。
「私ね、烏夜先輩には本当に感謝してるんだ。たまたま隣の病室になったってだけだったのに、いつも楽しくお喋りしてくれたり、何かあるとすっごく心配してくれたり……私のために医者になるだなんて言ってくれちゃったりさ。
まだ完治したかはわからないけど、今も烏夜先輩のおかげで私もすっごく元気になったから……私、これから烏夜先輩と色んなことが出来るよ」
そしてワキアは俺の方を向くと俺の方に身を寄せて顔を近づけてきて、上目遣いで囁くように言った。
「ねぇ、烏夜先輩。私とどんなことしたい?」
そ、そりゃ勿論あんなことやこんなこと──。
「す、ストップ! ストーップ! カットカットー!」
何かとんでもない雰囲気になりかけた瞬間、カメラを構えていたルナが慌てて止めに来た。
「わぁちゃん! そこまで良い雰囲気にしろとは言ってないよ! そして朧パイセン! 何まんざらでもなさそうな顔してるんですか!」
「だってワキアちゃんにあんなこと言われたらルナちゃんだってああなるでしょ!?」
「私がわぁちゃんに……確かにそうですね。私だったら耐えられなかったかもしれません」
「納得するんだそれ」
危ねぇ、ルナが止めてくれなかったら俺の頭がおかしくなるところだったぜ。
『ねぇ、烏夜先輩。私とどんなことしたい?』
ワキアのセリフは原作のワキアルートでも言っていたが、画面の向こうで見ているのと実際に言われるのとじゃ全然違うな。なんかヒロインの本気を見せられた感じだ。よく理性を保ったぞ俺、でも次にこんなことされたら多分ぶっ壊れる。
その後も公園内で場所を変えて写真を撮ろうとするも──。
「烏夜先輩……私のここ、こんなにドキドキしてるの、感じる?」
「ストップストップー!」
ワキアの攻勢は止まらず──。
「これ以上烏夜先輩のこと好きになっちゃったら、どうしたら良いんだろ?」
「カットカットー!」
あまりのときめきの嵐に俺の理性の防波堤も決壊が近づく中──。
「もーっ! 一体どんだけイチャイチャすれば気が済むのー!?」
とうとう先にルナの堪忍袋の緒が切れた。もう大事なカメラを地面に投げつけるかのような勢いでルナは怒っていたが、ワキアはご満悦というような笑顔を浮かべていた。
「いや~こういうのも楽しいね~」
「わぁちゃん! 私はトレンディ映画を撮りたいわけじゃないの! 朧パイセンの記事に添える写真を撮りたいだけなの!」
「結構良い感じだったと思うんだけどな~」
なんか本来の目的は全然達成できてないけど俺はすんごい最高の気分だ。俺ワキアにこんなに迫られたら簡単に籠絡されてしまうよ。
「そんなにガミガミ言うならさ、ルナちゃんが烏夜先輩と映ったら良いんじゃない?」
「へ?」
ワキアのその一言がきっかけで、この謎の撮影会はさらに混沌と化すこととなる──。
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