111、最果ての門

 日が落ち、辺りがすっかり暗くなった時、マルドゥクがようやく動き出す。


「ついて来い。最果ての門へと案内しよう」


 先程までの情けない姿はどこへやら、レッドたちを伴って獣の首輪が封印された場所に案内される。


「最果ての門とはどこのことを指すのだ?場所さえ分かれば我の魔剣でひとっ飛びなのだが?」

「そういえばそなたは特異な力を持っているそうじゃのぅ。日が昇る前には到着しておきたいのでありがたい。では、そなたはカムペーの滝を知っておるかのぅ?」

「ヘカトンケイルの滝か……山の場所は分かるが、滝には一度も訪れたことはないぞ?」

「それはまさか灰山の奇跡のことか?」

「知っているのですか?ライトさん」

「ああ、吟遊詩人バードが物語にして歌っているのを聞いたことがある。昔、一介の冒険者がたまたま見つけた滝の美しさに魅了され、そんな美しい滝が見られるならばと捜索隊が組織されたが、ついにその姿を記録することが出来なかった幻の滝。その冒険者は嘘つき呼ばわりされたが、浪漫があるということで灰山の奇跡として語り継いでいるんだ」

「……それは聞いたことなかった」

「とりあえず近場に飛び、そこからは歩きに切り替えよう。マルドゥク。案内を頼むぞ」


 グルガンは魔剣レガリアをかざし、世界一高い山と評されるヘカトンケイルに到着した。寒々しく植物が芽吹かないこの山は物悲しく、真新しさの欠片もないままそれでも世界にそそり立つ。別名『灰山』。

 すべての時が止まったような何も無い山。ただ1つだけ、どこにあるのかも分からないカムペーの滝から流れる水だけが時の流れを刻んでいる。


「うわぁ……俺初めて来たよ世界一高い山。暗すぎてよく見えないけど……」

「あん?来たことねぇのかよ?」

「え?ディロンさんは来たことあるんですか?」

「ねぇよ」

「え?あ、そうなんですか……」

『何だその会話は……?いいから早く歩け。置いて行かれているぞ』


 ヴォルケンに指摘されたレッドたちは魔法の光を灯して先に行くグルガンたちを追って登山を開始した。しばらく登るも、特に代わり映えのしない山の景色。ディロンが呟いた「なんかレッドのダンジョンみてぇだな」という言葉にレッドは深く傷つき、ダンジョンの模様替えをしなければと強く心に誓った。


「つーかどうやって探すんだよ?川でも見つけて上流に登るのか?」

「それで見つかるなら幻の滝でも何でもないだろ……」

『探さぬ。儂は元地帝よ。この山には何度も足を踏み入れ、その度に滝を拝んどる。目を閉じていても案内出来るわい』


 マルドゥクの言葉通り、代わり映えのしない山をしばらく歩くとザーザーと水の落ちる音が聞こえてきた。夜の闇に紛れてどこをどう歩いたのかは分からなかったが、大体7合目と8合目の間に位置しているのがグルガンとライトには分かった。


「わっ!寒っ!」


 滝に近づくに連れて急激に冷え込んだ。魔法の光でぼんやり目の前に現れた滝は日に照らされていれば美しく見えたのだろうが、浮かび上がる姿はゾッとするほどおぞましく映る。大量の水が川となって流れることもなく小さな滝壺に飲まれて消えていき、1度流されれば水量と勢いから2度と上がってくることは無いだろうと思わせる。


『これがカムペーの滝じゃ。そしてこの滝の先にこそ最果ての門が存在する』

「滝の先が空洞になっているのか」

「ここをくぐれば……って濡れちゃいますよ」

『一時的に水を堰き止める。長くはたん。堰き止めたと同時に中に入るぞ』


 マルドゥクとヴォルケンの2大精霊の力で排出口に蓋をする。水が止まったと同時に空洞に飛び込んだ。全員無事に辿り着いた空洞の中はさらに気温が低い。だんだんかじかんでいく手足に鞭打って奥に進むと、行き止まりにぶち当たった。


「は?行き止まりじゃねぇか。まさか穴でも掘れってんじゃねぇよな?」

「そんな突っ掛からないの。この先に何かが封印されていることには間違い無いんでしょ?お爺様?」

『うむ。問題は封印の解き方だが……』

「知らないのか?」

『封印したのは儂らでは無いからのぅ。当時の皇魔貴族の長、メフィストとそなたの祖父アレクサンドロスが封印したのだ。儂が引き篭もったある日、アレクサンドロスが儂の住処に来よってな。ベラベラと自慢話をして帰ってったわい。酒が入っとったんだろうのぅ……』

「だからなんだよっ」

「ふむ。つまりグルガンの家系である我なら封印を解けるかもしれぬと、そういうわけか」

『うむうむ。察しが早くて助かるわい』


 グルガンは行き止まりの壁を眺める。そこであることに気付いた。


「この魔法陣はグリードの特異能力を封じる魔法陣だ。レッドを倒す目的でグリードの封印を解くことにしたフィニアスが……いや、アルルートが同士討ちを避けるために使用していた。なるほど、メフィスト様がアルルートに教えていたのは獣の首輪の力を利用する魔法陣だったのか……」

「そういえばグリードってめちゃくちゃ強そうだったよな。力入れ過ぎて勝手に破裂したけど、あれ食らってたら俺も死んでたかもしれないなぁ……」

「あれはレッドの力を吸い続けた結果だけど、許容限界を超えてまで吸い続けたのは何でか分からなかった。レッドの言う通り、レッドを倒すなら文字通り死ぬ覚悟でやらないとダメだったんだろうと思う」

『グ、グリードの許容限界を超えた?無限と言われていたあれを……?』


 ショックを受けるマルドゥクを尻目にグルガンは魔法陣に手をかざした。すると共鳴するように魔法陣が赤く光り輝いた。


「やはりここから力を引き出していたようだ。かなり強力だが、こちらには封印術に長けた存在がいる」


 グルガンの言葉で全員が全員の顔を見渡す。魔法に精通するのはライト、オリー、精霊王たち。しかしこと封印術となると話は違ってくる。グルガンほどの魔族があてにする存在とは誰なのか気になっていると、グルガンはどこからともなく魔剣を取り出した。今まで2本見たことがあったが、この魔剣はどれとも違う。6本ある中の一本なのだろう。


獣牙解放オーバーエンハウンス翡翠の牙ゾディアックよ、その力を示せ。出ろ天秤座リブラ


 ギュバァッ


 翡翠の牙ゾディアックと呼ばれる魔剣が光り輝き、その光と共に人型の存在が姿を現した。禿頭で髭が地面につくほど長い上に、眉毛も長く目が隠れている。小人のような身長の長老のような見た目。その名を天秤座リブラ


「ホッホッホッ。久しぶりに儂の出番かのぅ?」

『えぇ?なんかジジイが増えたんじゃが?』

「この者は天秤座リブラといって我が魔剣から召喚する12の守護者の一翼だ。封印術と結界術に精通しているのだ」

「我らがリーダーの期待に応えねばなるまい。……ふむ、こういった類の封印は儂にとっては封印のふだを剥がすようなもの。こう、ペリッとのぅ。少しだけ時間をいただこうか?」


 そう口にしてから10分、天秤座リブラは仕事を終えて魔剣に帰っていった。


 ──ズゴゴォ……


 行き止まりかと思われた壁が上に自動的に上がる。


「封印を解くと同時に魔法陣の効果も失われたか……だがもう必要あるまい」


 徐々に上がる壁の奥から光が差し込む。太陽のように眩い光の先、暖かい風とそよぐ新緑が目に飛び込んでくる。


『ぐあぁぁぁぁつ!!』


 マルドゥクは苦しみながら滝の外へと飛び出した。フローラはマルドゥクに『使えない方の爺』というレッテルを貼ってレッドたちと最果ての門を潜った。

 潜った先はのどかな田舎のようだ。田んぼと思われる場所は緑が青々と生い茂る。封印の先にこのような景色が広がっているなど思いも寄らない。少し先にポツンと建つ一軒家に近寄っていくと、生き物の気配を感じた。


「むっ……」


 グリードのような存在がわっと出てくると思い、身構えながら進むグルガンたち。レッドは特に気にすることなく前に出た。


「何でこんなところに一軒家?」


 レッドが首を傾げた時、家からヌルッと人影が1人出てきた。


「姫様!こっちこっち!早く早くぅ!」

「ああ〜ん。もぉ〜……外に出たくな〜い。めんどくさ〜い」

「姫様は寝すぎなんだよ。ほら見て、今年も豊作だ。もうすぐ赤い実が……って、ん?」


 1人から3人の声が聞こえてくる。会話の途中でレッドを視認したのか、会話が止まってこちらを確認しているのが視線で分かる。


「あ、どうも〜。ここの主人ですか?」

「あら?いらっしゃ〜い。お客様がいるなんて聞いてないよ〜。それなら早く出たのに〜」


 一軒家の影から光の元に出てきたのは首にマフラーを巻いた女性。そのマフラーの先が蛇のように動きながら女性を連れ歩いているようだ。女性もマフラーの両端も独立した生物で、全部で3体の生物がここに封印されていたことが窺い知れる。マフラーから警戒を感じるが、女性からは敵意も殺意も警戒すら全く感じない。

 レッドはそんな女性に見惚れている。女性はレッドの視線にニコリと笑いながらコテンと首を傾けた。


「なぁに?私の顔に何かついてる〜?」

「ミ、ミルレー……ス……?」


 その姿に女神との類似点はほぼ見られない。

 女神ミルレースはブロンドだったが目の前の彼女は髪の色はモーヴシルバー。少しくせ毛で髪は腰より長く編み込みのヘアスタイル。肌は女神と同じ白色だが、どちらかというと外に出ていないことによる不健康さではないかと感じる。スラッとしたモデル体系だったミルレースと違って、背丈は高くないがそこらかしこがムチムチして豊満。パッチリとした大きい目でまつ毛が長かったミルレースに比べて、彼女はジト目気味。

 それでもどうしてもこれだけは遺伝ではないかと思えるものが1つ。オッドアイだ。サファイア色の瞳、かと思えば片方はルビーのように真っ赤なオッドアイ。瞳孔は朝のネコ目のように縦長だが、その目の色だけでミルレースを感じられた。


「ん〜ん。私はスロウ。スロウ=オルベリウスが私の名前〜。あなたはだぁれ?」


 目の色だけでミルレースと重ねてしまうとは、レッドはミルレースロスなのかもしれない。恥ずかしくなりながら口を開いた。


「あ、そ、その……レッド……レッド=カーマインです」

「んふ〜っよろしくねぇ〜レッド〜」


 レッドとスロウの間に流れたのは甘酸っぱいほどの純粋な気持ちだった。

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