55、愛ゆえの覚悟
「女神はこの世界をお救いくださる!女神教に改宗するのです!それがこの世の幸福に繋がるのです!!」
魔導国ロードオブ・ザ・ケインの街のど真ん中で女神教が叫んでいる。街行く人々は冷たい目で女神教を見ては通り過ぎる。立ち止まって聞いている人などごくわずかだ。
そもそも女神教は邪教の類。世界の創造主たるエデンを信奉するエデン教が一般的な宗派であり、それ以外は神の名を借りた威光にすがる紛い物という感覚だ。
女神教の話をふんふんと鼻息荒く何度も頷きながら聴いているのは一般人を装う信者でいわゆるサクラだ。野次馬を増やそうと努力しているが、茶番に付き合っていられない忙しい人たちゆえに立ち止まる人など皆無。
それでも負けずに声を張り上げて女神教を布教する姿は信徒の鑑と言える。
「よぉ、見ろよ。精力的なこった」
周りの冷たい目と同様の目を向けながらジンは呟く。評議国サルカントから魔導国まで強行したビフレストはピリピリとした空気を孕みながら足早にギルド会館を目指す。
目的はライト=クローラー。冒険者ギルドで選りすぐりのチームであるラッキーセブンの解散。人間側の戦力が大幅に落ちることを危惧したニールは、ライトの奇行を修正すべくやってきた。女神教など眼中にないが、ローランドが気になることに気付く。
「あそこで見ているのはエデン教の信徒ですね。女神教を牽制しているのでしょうか?」
女神教の連中を遠巻きに観察している集団が目に入った。
「なんネ?宗教戦争でも始まるとでも言いたいのカ?」
「滅多なことを言うものじゃないぜワンさんよ。女神教は過激な連中だから見張っているだけだろ」
「そんなことどうでも良いでしょ。とっととライトの場所を聞き出して……」
プリシラがそこまで言って口を閉じて立ち止まる。みんなが振り返ってプリシラを見ていると、急に居酒屋に入って行った。
「ちょっ……プリシラさん?」
リックが進んで追いかけると、居酒屋の中で昼間から酔い潰れている女性冒険者たちのテーブル席を発見した。
「コニ……」
プリシラの呟きが指し示すのは知り合いだということ。それはつまり。
「ラッキーセブンの元メンバーか」
ギルド以上に関わりのある存在を見つけたビフレストは、元メンバーに話を聞くべく店を貸し切りにした。
*
「ふんっ!はっ!ふっ!!」
金属が風を切り裂き、ビュンビュンと鋭い太刀筋を見せる。ライト=クローラーは己を磨き上げるために人里離れた山の奥で1人剣を振るっていた。
「はぁっ!!」
ボッ
流麗に踊るように剣を振っていたライトは、上段から剣を振り下ろしてピタリと止めた。その瞬間に突風が起こり、草木を揺らした。
「ふぅ……馴染んできたな……」
数日間、剣のみを振ってきたライトは、今まで以上に剣の技術が身に着いたことを確信する。
「レッドめ……今に見ていろ」
剣を握りながらニヤリと笑う。ライトはレッドに競うように剣を振っていたのだ。しかしレッドと戦いたいわけではなく、とちらかといえば剣を振ることによってレッドを知ろうとしていた。
専業で
1日の半分は剣を振り回し、自然との調和のために瞑想を欠かさない。全ては精霊をこの目で見るためだ。人生で初めて一目惚れを経験したライトは、最愛のオリーに振り向いてもらうためにも腕を磨いていた。
(今日こそはいけるかもしれないな)
この数日で一番手応えを感じたライトは、内心ウキウキしながら瞑想するために定位置の岩に向かう。
「ライト!」
「ん?」
ライトが振り向くとそこにはビフレストの面々がズラリと並んでいた。
「君らか。こんなところで何をしている?」
「いやいや、そりゃ俺らのセリフだよ」
「そうよライト!ラッキーセブンまで解散していったい何がしたいのよ!」
「落ち着けプリシラ。それじゃ話にならないだろ」
ニールが口を出したことでライトに理解の色が見えた。
「その話か……俺を説得しに来たということだな?」
「その通りだ。君なら僕の言いたいことが分かるはずだライト、今後の戦いにラッキーセブンが必要不可欠だということが」
「やめてくれニール。俺はもう決めたんだ」
「おいおいライト。それじゃ取りつく島もないだろ?だいたい、お前のチームメンバーは全く納得しちゃいないぜ。一方的に解散を切り出されて悲しんでるのに何も思わないのか?」
「彼女たちには何度も説明したし、納得するまで話し合った。一方的に切り出したことは確かだが、ちゃんと了承は得ている。ギルド会館で確認してくれ。リーダー権限ではなく、全員の総意を取り付けた上での解散だ。まるで違うぞジン」
「いや、ライト……彼女たちは今お酒に溺れ、我を忘れています。あなたが去ったことへの悲しみから全く脱せれていません。あなたは責任を感じていないのですか?」
「俺を見くびるなよローランド。俺はしっかりと責任を果たした。解散したことにより彼女たちが傷ついたのは俺のせいだが、彼女たちも大人だ。酒に溺れ、くだを巻いているのは彼女たちの選択に他ならない。こんなことは早く忘れて次に行くべきだ」
「ちょっと!そんな言い方はないでしょ!!私だってショックだよ!ライトがこんなに無責任な奴だったなんて!」
「無責任か……俺は彼女たちの期待に応えられない。今までたくさん助けてもらったのは事実だし、俺に好意を持っていることも知っていた。だからこそハッキリと言って責任を取ったよ。俺はあなたたちとは恋人関係になれません、とね。……すまないがもう街に戻ってくれないか?俺はやることがあるんだ」
ライトはもう話すことは何も無いと視線を切る。思った以上に深刻な状況だ。今一度チームをまとめようにもリーダーがこのザマでは同じ言動の繰り返しとなるだろう。覚悟の決まったライトにはどんな言葉も無力だ。
ニールたちが肩を落として諦める中、そもそも何でここまで頑ななのかの理由が聞きたいリックは、ずっと憧れていた男に質問する。
「待ってくださいよライトさん。こんなんじゃ俺たちが納得出来ないです。……教えてくださいよ、解散に至った動機を」
ライトはリックの目を見る。真剣な目で見つめられたライトはフッと笑った。
「俺が解散に至った動機……か。それは端的に言えば……愛、かな」
「「「……は?」」」
聞いていたビフレストは素っ頓狂な声を上げてライトを見る。ライトの周りは常に女性が侍り、何をしていなくても愛を感じることが出来たはずだ。だとするなら愛で解散とはどういうことなのか。理解出来ずに疑問が声となって漏れ出てしまうのは自然である。
「……それは君がいつも持っていたものじゃないのか?」
「何を言っているんだニール?みんなもそんな顔して……?ああそうか、勘違いしないでくれ。彼女たちとはそんな仲じゃないし、それはプリシラがよく知っているだろ?俺は旅の仲間に手を出したことはない」
「……それは……男としてどうなんだ?」
「男として?違うなアルマ。冒険者としての常識だ。一緒に旅をする中でぎくしゃくするようなことがあっては万が一の時、死に直結する。仲間内で恋人を作ればどうしてもその子を贔屓してしまうだろ?」
「え?じゃあつまりそうならないために自重していたということなのカ?」
「いや、あくまでも冒険者の常識の話だ。誤解を恐れずに言えば、俺は今まで特定の個人に入れ込んだり、心の底から誰かを好きになったことはない。だからその誤解は改めてくれ。彼女たちの今後の人生にも関わってくる問題だからな」
ライトは話が済んだと踵を返す。しかしすぐに「ライト!」とプリシラに呼び止められた。
「……好きな人が出来たってこと?」
「ああ、その通りだプリシラ。俺はあの子に恋をした。一目惚れさ」
「それで解散して山籠りって……なんでよ!?解散する理由なんてないじゃない!別にその子のことを想ってたってチームで戦えたじゃん!」
「ハル、コニ、フィーナ、エイナ……みんな同じことを言ったさ。別に解散する必要なんてないってね」
「そうでしょーが!」
「あるよ。必要がある。俺が上の空で戦うようなことがあれば確実に彼女たちを危険にさらす。それに俺はやらなきゃいけないことがある。今はダンジョンに潜っている暇もない。だからダラダラとチームを維持するよりはみんな新しいところで頑張ってもらうのが一番良いと確信した。現に彼女たちは実力者だから引く手数多だ。俺のわがままで無駄な時間を過ごさせはしない」
「それがわがままでしょ!自分のことばっかりであの子たちの気持ちが1つも入っていないじゃない!だいたい薄情なのよ!何が好きになったことがないよ!ふざけたこと言わないでよね!!」
プリシラの怒号が響き渡る。ビフレストのメンバーはプリシラに若干引いた。既に離れたチームに対して熱がこもりすぎている。
実はプリシラはライトの性格をある程度理解していた。ラッキーセブンのメンバーだった頃はライトに憧れを持ち、恋人同士になれたらと下心丸出しで冒険をしていたのだ。だが、ライトの目にはプリシラはおろか、他の女性も写っていなかった。異性として扱ってはくれたが、どれほどアピールしても、襲える隙を見せても、どんな時もいち仲間としてしか見てくれなかった。そんなライトに嫌気がさして出て行ったことを思い出し、爆発してしまったのだ。
そしてそんなプリシラにライトは小さく首を振った。
「……すまないプリシラ。俺が立場をはっきりしなかったために無駄な時間を過ごさせてしまったことを……嫌な気持ちにさせてしまったことを心から謝りたい。だからこそ、君の二の舞にならないようにラッキーセブンを解散させた。許せとは言わない。恨んでくれたって構わない。でも俺は考えを改めたりしない。……もう帰ってくれないか?これ以上君らに構っている暇はない」
「ライト!!」
もういくら呼ばれても立ち止まらない。ライトの後を追おうとするプリシラの肩を掴んでニールは静かに首を振った。酒場で見つけた元ラッキーセブンの言った通りだった。ライトの覚悟は誰にも止められない。山籠りをすることで何を得られるのか、何がそんなに大変なのかを聞けぬままにビフレストは山を降りる。
ライトに失望したのもそうだが、ライトが使えないのであれば別の手を考える必要がある。今居るトップランカーのシルバーバレットや風花の翡翠に話を持ちかけ、ビフレストは戦力の確保に動き出す。
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