26、不死者

「ちっ……こっちにも居るな……」


 レッドはこっそり街を抜け出し、ヴォーツマス墳墓に向けて大きく迂回ルートで拠点から出発した。


 正規ルートには冒険者ギルドの関係者と思われる集団がわらわらと待ち構えている。見つからないように遠回りで進んでいるはずが、冒険者ギルドもこの抜け道を知っていたようだ。しっかり何人か警備していた。


 ゴツゴツとした岩場で談笑している。もっと仕事に集中しろと言いたくなる態度だが、それは単なるレッドのひがみ、やっかみと呼ばれる感情から来るものなので頭を振って気持ちを落ち着ける。


『どうします?彼らはどこにも行きそうにありませんよ?』

「さらに迂回するしかなさそうだ……危険だがもう少し峠を登ろう」


 レッドは気配を消して影のように移動した。

 此処から先は踏み外せば終わりの危険地帯。誰も来ないような断崖絶壁の壁。手や足で窪みや出っ張りを探りながら進む。


『こんなの自殺行為ですよ……』

「いや、このくらい……みんなの活躍を見るためなら……屁でも……ないね!」


 ミルレースはもしもの時を考えて怯えていたが、レッドの執念は峠を軽々と踏破し、遂にギルド関係者の包囲網を掻い潜った。


『う〜ん……よくこんなルートをご存知でしたね』

「え?……うん……まぁその、1人で旅するんなら限界なんてないから。……行こうか」


 ミルレースはレッドの背中に悲哀を感じた。

 最強の存在レッドを蔑ろにする意味は何なのか。世界の救世主たるレッドは何故誰からも称賛されず、嫌われるのか。

 ミルレースは少ない見識ではあるものの、人間の真価を見定める。


『自らより上を許さない傲慢。精神的安定のための拒絶。それは命を捨てることになったとしても成すべきことなのでしょうか?……理解不能と言わざるを得ません』


 ビフレストの態度を思い出しながらレッドについていく。レッドを本質的に理解出来るのは自分だけなのではないかと思いながら。



 特別部隊VSハウザー。

 命を懸けた戦いは今佳境に突入する。


「速ぇっ!!どこから来るか全く分からねぇぞ!!」


 急所である心臓を体に入れ、完全体となったハウザーに翻弄される。

 ダンジョン内で上位種と言えるデーモンと互角以上に戦える上澄みの冒険者たちは最大の危機に直面していた。


 パパァンッ


 乾いた音が鳴り響き、その瞬間に戦士ウォリアー系の何人かが崩れ落ちる。


「背中合わせに固まれ!発見次第攻撃を仕掛けて奴の居場所を……!」


 ──ドサッ


 ジンが全部言い終わる前にハウザーの左フックが軽く顎に入る。カコンッと顎が外れたような音を立てて気絶。その場に倒れてしまった。


「何てことするネ!!」


 立ち止まったハウザーにワンが突っ掛ける。


「ほぅ?お前もしかして格闘士ファイター求道者モンクか?奇遇だな。俺もだよ」


 ワンは怒涛の連続攻撃を仕掛ける。突き、蹴り、瓦割りに踵落とし、飛び膝蹴り、回し蹴り、上段突き、下段突き、一本拳、貫手、気功。

 速度、技の精度共に達人の領域。ワンはそれほど歳を重ねていないが、功夫クンフーは誰にも負けない。常日頃から鍛錬を積み重ねている努力型の天才だ。


 中でも注目すべきは気功を自在に操ることだ。気功とは魔力の一種であり、魔法使いマジックキャスターと違うのは主に身体強化に特化した超近接型というところだろうか。かなり集中が必要とされる。

 ワンは常軌を逸した破格の才能を持ち、同じく達人と呼ばれる格闘士ファイターでも、彼のように気功を手足の如く操ることは難しい。

 生まれ持った才能と努力が合わされば、ワンという天性の格闘士ファイターが誕生する。


「ふはっ!どうした?こんなもんか?」


 しかし相手はその才能も努力をも無駄にする怪物。ハウザーは右手を腰に置いて仁王立ち、ワンの怒涛の連撃を宣言通り左手だけで対応してしまう。


「そんな……!?あり得ないネ!!」

「んじゃこれは何だ?夢か?」


 ハウザーはワンのあるかないかの隙を察知し、滑り込むように間合いに入る。左手の甲をそっと鳩尾に這わせた。


 ──ドンッ


 踏ん張った地面が抉れ、ワンが吹き飛ぶ。

 寸勁。超至近距離から放たれる拳撃。見た目に反して威力は凄まじい。


「くくくっ……まだまだ練度が足りねぇなぁ」


 吹き飛んだワンの体をディロンが掴む。壁にこそ叩きつけられることはなかったが、既に虫の息といったところだ。


「今すぐ回復魔法を掛けろ。死ぬぞ」


 ワンをローランドに渡し、すぐさま神聖魔法で回復を始める。


「がっ……がはっ……」


 ワンは回復中に何とか喋ろうとする。


「……私の功夫クンフーをゴミのように……」

「無理をするな!ワン!静かに回復を受け入れるんだ!」

「はぁ……はぁ……ローランド。私ダメネ……既に達人思ってた。でも全然だったヨ。まだ門の前に立ってただけでイキってたネ。奴は神域。これが世界……」


 ローランドの魔法がワンのダメージを治癒していくが、心までは直せない。ハウザーという頂点を見て挫ける様を目の前で見ている。


「まだまだこれからですよ。生きている限り次の段階にはすぐ行けます。ワンは天才なのですから」


 ローランドの励ましにワンは一粒の涙を零した。


「才能だけじゃ埋まらねぇものもある!生きているなら尚更なぁ!!」


 ローランドとワンの会話を聞いたのか、ハウザーが声を張り上げた。


「生き物には多かれ少なかれ寿命が存在する。更に老いて行くごとに体力までも失われる。そんな肉体では達人と呼ばれる頃には戦える身体ではない。精々が数十秒の演舞が出来て褒められる程度のもの」


 ハウザーはバッと肉体を見せ付けるように大きく手を開いた。


「見ろこの身体!老いず朽ちず全盛期のまま!!永遠に強くなり続ける!永遠にあり続ける!お前ら人間に到達しようのないいただきに俺は立ち続ける!!」

「何をベラベラと演説こいてんだ……コラァ!!」


 ボッ


 図に乗るハウザーにディロンは自慢の斧を振り下ろす。


 ──ギィンッ


「!?」


 その感触は生き物の柔らかさとは無縁。硬い床に鉄の棒を思いっきり振り下ろしたように反動が手に返り、ディロンの手が痺れた。


「くくくっ……効かねぇなぁ?」

「チィッ!!」

「ふふん!ならこれならどうだ〜い!」


 ディロンの背後から素早くヘクターが聖剣を突く。


「抜け駆けは許さなくてよ!!」


 そこにルーシーも突撃槍でハウザーの腹を突いた。


 ギギィンッ


「そんな!?」


 二人の武器はディロンとは質が違う。ヘクターの聖剣には神聖魔法が、ルーシーの突撃槍には強化魔法が付与されていた。

 かなり強いアンデッドでも一撃で昇天させる威力が弾かれ、ハウザーの肉体は尚も無傷のまま。


 パパパパァンッ


 速すぎて見えない拳が3人を襲う。避けることも、防ぐことも、捌くことも出来ずに為す術なく3人は吹き飛んだ。


「はぁーっはっはっ!!効かねぇ効かねぇっ!!俺が軽く避けて遊んでやってたのが必死こいて逃げてるようにでも見えたかよ?悪いなぁ!そもそも俺にお前ら程度の実力じゃ傷なんて付けらんねぇのよ!!諦めな!!」


 高笑いしながら冒険者たちに絶望を与える。しばらく悦に入っていたハウザーは首をゴキリと鳴らし、肩を回しながら手をダランと下げた。


「くくくっ……なかなか楽しかったぜ。礼と言っては何だが、全員俺の手で潰してやるよ。全力で抵抗してみろ!」


 腰を落として今にも飛び掛かりそうなハウザーに部下のデーモンが声を掛けた。


「ハウザー樣!!」

「おぉいコラァ!!お前から先に死にてぇらしいなぁ!!」


 ハウザーはサッと踵を返してデーモンを殺そうと腕を振り被ったが、デーモンは臆さず報告する。


「奴です!奴が来ました!!」


 ピタッと腕を止める。勢いが良すぎてバフォッと衝撃波のような突風が巻き起こったが、ハウザーは何事もなかったように腕を下ろした。


「……マジか。そりゃ一大事だ。こんなことしてられねぇ」


 ハウザーはチラリと冒険者たちを見る。


「よぉ、急に用事が出来ちまったからよ。デーモンこいつらを相手にくつろいでてくれ。逃げたって構わねぇぜ?後でどうせ俺が全滅させるんだからな。はぁーっはっはぁっ!!」

「奴?急用?おい、オメー誰のことを言って……」

「黙ってな小動物。お前らにはお前らに相応しい相手を用意してやるぜ。おい、あいつを出せ」


 デーモンはすぐさま頭を下げ、命令を聞き入れると周りの同胞に手を振って合図する。それに反応して慌ただしく動き回るデーモンたち。何が起こるのか予測不能な周囲の慌ただしさに身を凍らせる冒険者たち。


 ──ズゥンッ


 重量のある体で踏み締めた音が地鳴りと共に心身を震わす。現れたのは4、5mはある巨大な二足歩行の奇怪な存在。


「「ビィギャァァアアッ!!!」」


 いくつもの声が重なった様な声はあの世からの断末魔か。肩口から胸に火傷のような切り傷を見た時、街を襲撃してきたアークデーモンであることを悟る。


「っ!!……あの時の奴だ!」

「ああ、それは間違いないが……あの体は何だ?」


 アークデーモンの消滅したはずの腕が沢山の腐肉で構成され、背中や足が異様に膨らみ、顔のようなものが体の内部から浮き上がっている。目には瞳がなく、真っ赤に光りを放ち、口からドロのような液体をダバダバと流していた。


俺の死体共コープスコレクション。こいつらを殺せ」

「「ビィギャァァアア!!!」」


 ハウザーの命令を承諾したかのように見える雄叫び。これから冒険者一同に待つ恐怖が、まるで弾かれたように解き放たれた。

 満足そうに踵を返したハウザーはデーモンに連れられて例の奴の元へと急いだ。

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