20、相談

 レッドの精神を回復させることに成功したビフレストは、高級料亭「柊」の個室にレッドを案内した。丸いテーブル席の一番奥にニール、入り口に最も近い席をレッドとし、後は適当に座った。


 レッドの隣には誰も行きたくなかったのか、何とか距離を開けようとレッドの両隣に人1人分の座るスペースを開けていた。そのせいかビフレストの面々は窮屈そうにしている。

 このような不自然な開け方を見たことがなかったミルレースは不思議そうにレッドの横に座る。もしここにミルレースが居なければレッドはまた気落ちしていたことだろう。


 何度かこの店に来たことがありそうな魔術師ウィザードのプリシラは、時間の掛かりそうな料理を何品か頼んで話す時間を確保し、レッドにさっさと本題に入るよう促した。


「……女神の欠片?これが?」


 ピンクダイヤモンドのような色と輝きを放つクリスタル。レッドから受け取ったそれをビフレストの面々は回し見ている。プリシラが生唾を飲むほど魅了された欠片。盗賊シーフのジンは自身のスキルを活かして鑑定を試みた。

 荒い削り出しなのにクリスタルの中で光が幾重に乱反射し、覗き込んでいるだけで楽しく心が躍り、様々な美しさを奏でる非常に価値のある結晶だということは分かったが、女神が内包されたものであると言われてもいまいちピンとこない。諦めて隣に手渡した。


『これは……何とも……』


 女神ミルレースは顔が曇った。若干の失望と諦めが表情に出ている。ミルレースの変化が気になるところだが、レッドは話を続ける。


「最近俺が滞在していた町の近くのダンジョンで手に入れた物だ。欠片はいろんな場所に散らばっていて、全てを集めて合体させた時に女神ミルレースが顕現するらしいんだ」

「女神ミルレースですって?!」


 司祭プリーストのローランドが鼻息荒く椅子から立ち上がる。


「ま、まさかレッド……あなたは女神教に入信したのですか?」

「へ?め、女神教??」

「ホッ……その様子だと違うようですね。女神教は女神復活に奔走する過激な宗派です。女神はこの世の万物ことごとくを創造し、信徒に実りを与え、復活が成った暁には信者は世界を支配出来るという願望のような教えです。この世界に絶望した社会的弱者をより多く入信させていると聞いたことがあります。戒律はそれほど厳しくありませんが、女神を絶対視していて他の神をないがしろにしています。宗教観で暴力沙汰を起こしているのは大抵女神教徒であると噂も絶えません。……そんなものは捨てなさい。何かあってからでは遅いですよ?」

「へ、へ〜……女神教ねぇ……」


 チラッとミルレースを見れば、腕と足を組んで頬を膨らましている。不機嫌を体全身で表しているのだが、ビフレストには見えていないようだ。


「で、でもそれは単なる宗教上の話だろ?」

「甘いですね。あなたは宗教というものを何も分かっていない。とにかくそれと私たちを関わらせないようにお願いします。今日会ったことも非公式に致しましょう」

「いや、別に会うくらいは良いんじゃないかな?ほ、ほら昔のよしみって奴で……」

「は?……よせよ、お前とはもうチームのメンバーじゃねぇ。ビフレストに戻るなんて噂された日には、面倒になるに決まってる。今日会わなかったってことにしたらお互い傷つくこともねぇ。それで良しだろ?」


 思っていたのと違う反応に驚きを隠せない。レッドは首を振って邪念を追い出す。


「……そ、そうじゃなくって!会う会わないは別にどうでも良いんだ。じ、実はこの欠片を……」


 そういった直後、ミルレースに止められる。


『お待ち下さいレッド。私はこの方たちに依頼したくありません。適当に誤魔化してこの場を去りましょう』

「……?!」


 急に横からレッドの前にスルッと出て来たものだから頭が真っ白になった。固まったレッドを不気味に感じるビフレストの面々。ニールの「レッド?」の呼び声でようやく動き出した。


「……か、欠片を全て集めて高額で売り払おうと思っていたんだ。ほ、ほら、見た目通り綺麗な欠片だろ?……どこで売ろうかと思っていたけどローランドが女神教の話をしてくれたから買い手が決まったようなものだなぁ」


 ハハハッと笑って誤魔化す。弓兵アーチャーのアルマが心底嫌そうな顔で口を開いた。


「何を言っているんだお前は……?俺たちに会おうとした理由が買い手の相談だっていうのか?」

「え?あ、違う違う。この欠片集めを依頼しようと思ってたんだよ。実はこの欠片は偶然行き着いたダンジョンの最奥で埋まっていたのを見つけたんだ。それでその欠片に関係のある人にこれまた偶然出会って、これが女神の欠片であることと、もっと大きな結晶になることを聞いたんだ」

「偶然……てかダンジョンの最奥ってあんた……どこの?」


 プリシラは訝しげに尋ねる。レッドが「ベルク遺跡」と一言発すると「やっぱりね」と呆れたように呟いた。


「?……まぁその、俺みたいにたまたまそこに行けたような奴は置いといて。ビフレストなら当然誰より早く行けるだろうし、一番最初に欠片を手に出来そうな実力者揃いだから……その……」


 レッドはチラチラとニールを見ていた。それに噛み付くような姿勢でガタッとリックが立ち上がる。


「おい、本気で言ってんのか?煽ってるようにしか聞こえないぜ?」

「な、何だ?さっきから突っ掛かって……本気に決まってるだろ。キレる理由が分からないな」


 レッドの困惑に合わせるようにジンが「やめろリック」と止めに入ろうとするも、リック本人に右手で制される。


「俺たちはそのことでギルドから突き上げ喰らってんだよ。ゴールデンビートルなんかに先越されて周りの目からもバカにされてんだ。そんな俺たちに『当然誰より早く行ける』だぁ?これが煽ってないってんなら何が煽ってることに何だよ!」

「え?突き上げ?ギルドから?なんで?」


 レッドは目をパチクリさせた。ゴールデンビートルは確かに実力があり、まぐれでもダンジョンを攻略した実績を持つ。しかしビフレストは実力もさることながら、それ以上に多くの実績を積み上げて最高の冒険者チームへと上り詰めた。それも1年足らずで。実力でも実績でも、ゴールデンビートルでは足元にも及ばない。

 なのにギルドがたった一回のダンジョン攻略にうつつを抜かし、ビフレストを突き上げるなどレッドの道理に合わない。


「リック、落ち着いてくれ。それは……彼には分からないことだよ」

「あ?!んなわけ……!!」


 ニールの発言に噛みつこうとしたが、レッドが目を白黒しているのに気付く。


「!?……森にでも住んでんのか!!」


 レッドは照れるように苦笑いしながら自身の後頭部を撫でた。その仕草にリックはイラッとしたが、そのタイミングで「失礼します」と店員がやって来た。丁度料理を運んできたようだ。

 机に料理が並べられる間中気まずい空気が流れ、店員が出て行くまで誰1人口を開くものはいなかった。


「……よし。取り敢えずは食事にしようか」


 ニールは貼り付いたような作り笑いをしながらリックに席に座るように促した。



 レッドは街の広い道を1人トボトボと歩いている。店から出たレッドはさっきまでの会話を思い出していた。


「悪いが僕たちは欠片集めが出来ない。女神教……いや、どういった勢力であれ人とは争えないし、睨まれる様な行動もつつしみたい。君が欠片集めに邁進するというなら、僕たちとは別の道に行くことになる。その旅が終わるまでは今後君に会うことはないと思っていてくれ。……君の今後の活躍を祈ってるよ。レッド」


 コース料理の丁度メイン時に告げられたニールからの離別宣言。せっかくの霜降り肉も特製自家製ソースも添えられた香草の薫りすら感じられず、デザートの前に席を離れた。


『元気を出して下さい。どの道彼らでは無理でした』

「……何でそんなことが分かるんだよ……」

『欠片を手に取っても私を認識出来ませんでした。その時点で何を言っても意味がありません。全て悪い方向に捉えてレッドを攻撃したことでしょう』

「悪い方向……それは女神教の話か?」

『ええそうです。私という存在が今あなたの目の前に居る以上、妄言でも何でも無いというのに真実を覆い隠してしまう。これではいつまで経っても話は平行線のままです』

「……確かにそうだ。けど、ローランドの話も無視出来ない。女神教の過激派が猛威を振るう以上、みんなに支持されないのも事実だろ?なぁミルレース。女神教の教えって本当なのか?お前が復活した暁には世界を支配するって……」

『……物事を大きく捉えてしまうのはよくあることです。私を崇めている女神教というのは大きな勘違いをしているようですが、どう思おうと私がそれを否定することはありません。何故ならそれこそが争いの種だからです。レッド、あなたは私のことをどう思いますか?』


 ミルレースの言葉にレッドは納得した。女神教は屈折した考えを持って行動している可能性が高い。女神教を自分たちの都合の良いものに変換して考え、その教えが絶対であると信じる者が多ければ多いほどに、否定はより意固地な怪物を生み出す。ローランドが『甘い』と言ったように女神教の内部に巣食う病魔は大きいのでは無いだろうか。

 ならばレッドの取る道は一つだ。女神ミルレースを復活させ、女神教の信者にミルレースの本当の教えを説いてもらう。こうすれば女神降臨と共に誤解はすっかり晴れて世界に平和が訪れる。


「……お、俺は……その……」


 しかしレッドはイマイチその答えに辿り着けない。ビフレストとミルレース、そして女神教に挟まれてしまったように感じて、身動きが取れないと強く思ってしまった。

 魔族や魔物を殺すのに戸惑いはない。だが、こと人間となると話は別だ。同じ人間である以上、人とのいさかいなど考えたくもなかった。今以上に孤立して戦わねばならない事実に困惑を隠せない。


『レッド……』


 ミルレースは分かっている。レッドはここで簡単に答えを出すことなど出来ない。肉体の強さと反比例して心が弱すぎる。どこでどう間違ってしまったのかレッドの生き様に手を加えたいところではあるが、女神ミルレースにそのような力はない。レッドが自ら答えを出して前に進むのを陰ながら応援するしか出来ることはないのだ。

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