9、旅立ち
ギルド会館で受付嬢のルナに街を出ることを伝えた。
「本当に……この街から出て行くんですね……」
寂しそうな顔をするのは、冒険者を守れなかったことに対する自責の念からだ。自分がもっと気を付けていればウルフのような荒くれなど近付けさせなかった。レッドのためにと藁にも
結果は散々。
レッドを傷つけ、ここに居られなくさせてしまった。ルナの独りよがりが生んだ悲しい出来事。
「大変申し訳ございませんでした」
「あ、ちょっ……あなたのせいではありませんから気にしないでください。俺はその……やることが出来たのでこの街から離れるんです。昔馴染みに会うためにちょっとアヴァンティアまで……」
「……そう、でしたか……」
ルナは悲しげに俯く。しかし送り出すものがうじうじしていてはせっかくの門出も台無しとなる。何とか作り笑いを見せて声を張った。
「……旅のご無事とご活躍をお祈りしています。お元気で」
ルナに握手を求められ、レッドは手を握った。
「あなたも。1年間ありがとうございました」
2人は戦友のように笑い合う。嫌なことを忘れたように清々しく。
「あ、そうだ」
レッドは何かを思い出し、ゴソゴソとポケットを探る。チャリッと小さな金属音を鳴らしながら倉庫の鍵が出て来た。
「これを。この街に来てから魔獣の素材や薬草なんかを補充してきた倉庫の鍵です。俺が持てる分は持ったので、良かったらギルドで有効に使ってください。初心者の冒険者とかが居たら優先的に……って言わなくたって分かってますよね?ハハッ……」
ルナはレッドがもうこの街に戻ってこないことを悟った。
「ありがとうございます。ですが、それならいっそ売ってしまわれた方が良かったのでは?」
「ああ、なんかこの街の道具屋じゃ買い取れないって言われて……『破産させる気か!』ってブチギレでしたよ。ちょっと貯め込み過ぎちゃいました」
テヘッと可愛こぶる姿を見てルナは何だか悲しくなってきた。
レッドはその日暮らしをしていた弱小冒険者だ。貯め込むような余裕はなかったろうし、仮に貯め込んでいたのが本当だとして、それはこれから一緒に戦う仲間のためだったに違いないから。
しかし街から街の移動にはレッドの言う通り大荷物は邪魔の極み。強がりであろうことは理解しつつも無下には断れない。
ルナはとにかく頭を下げ、街の入り口まで見送りを買って出た。レッドの後ろ姿が見えなくなるまで見ることしか出来なかったルナの目には涙が浮いていた。
*
街から離れてチラリと振り返る。今生の別れを連想させる受付嬢との会話内容を思い出して鼻で笑った。
『何かおかしなことでもございましたか?』
ミルレースはひょこっと顔を出した。
「ん?ああ、まぁ……それよりも女神様はもしかして俺にしか見えないのか?こんなにも浮いてるのに誰も指摘しないなんて……」
『浮いてますか?私……』
ミルレースは悲しそうに服を触る。
「いや、あの……俺が言いたいのは見た目がどうこうではなく物理的にね?足が俺の膝より上にあるのに見もしないなんて変でしょ。だからそう思っただけで……」
レッドはあたふたしながら言い訳がましく捲くし立てる。困り顔を見せていたミルレースはそんなレッドを見てくすっと笑った。
『冗談ですよ冗談』
「え?あ、ああ……からかわれたのか……」
久しぶりの同行者にレッドの心が浮つく。楽しい。それがレッドの感想だった。
『ところでアヴァンティアと言われましたね?それはどこにあるのでしょうか?』
「結構遠いよ。途中いくつか休憩を挟んで安全に向かおうと思うからそのつもりでいてくれ」
『ふふっ……分かりました。あなた様のペースで結構でございます。久々の外ですし、遊覧観光の気分で旅を楽しみます』
レッドはミルレースの楽しそうな横顔を見て仲間と旅をすることの楽しさを思い出して噛み締めた。
そしてふと思う。アヴァンティアに居る「ビフレスト」のニール=ロンブルス。彼に会って女神を託すのが最善の手だろうと思うが、彼女を渡したらまた1人ぼっち。孤独な旅を強いられることとなるのかと。
レッドは揺らぐ気持をグッと堪えて歩き出す。
もう振り返らない。
一歩一歩地面を踏みしめ、我が道を行く。
*
夕日に赤く染まる街「プリナード」。
ギルド会館では店終いを始めていた。カウンターに受付終了の札を上げ、深夜遅くまでやっているギルド会館の食堂を除いて通路をロープで塞ぐ。これより先は関係者以外立ち入り禁止だ。仕事を終えたルナは更衣室の扉を開けた。
「お疲れ〜ルナちゃん」
「あ、お疲れ様ですヘレナさん」
2人は挨拶と他愛ない会話で帰宅準備を始める。今日起こったことといえば、一番はレッドのことだろう。チームへのお願いの反省点や、ウルフのような輩の今後の対応など会話内容は様々。最後にレッドが街を離れたことを告げる。
「ま、そうだよね〜。こんな街に居たくないよね〜……」
レッドに気休めの一つも言ってあげられなかったことを考え、ヘレナもため息をついた。
ルナも思うところはたくさんあったが、レッドとの別れでその辺りは済ませているので落ち込むことはなかった。
「そうそう、レッドさんがこんなものをくれましたよ」
ルナは倉庫の鍵を取り出す。レッドに言われたことをヘレナに掻い摘んで説明した。
「ん〜……涙ぐましい!健気で誰からも理解されない人なんて心が痛いな〜」
「私も同じ感想です。良かったら私が冒険に加わりたいくらいです」
「ま、そうね。その気持ち分からなくはないわ〜。生活あるから無理だけどね〜」
悔しいがルナも全く同じだ。どれほど同情しても背に腹は変えられない。
「私帰りに確認してきます。ギルドで扱えるものがあれば使わせていただかないと……」
「真面目ね〜。じゃ、あたしも見にいこっかな〜」
ルナとヘレナは2人で肩を並べて貸し倉庫に辿り着いた。管理人に聞くとあと1年猶予があるそうで、まだまだこの街に居るつもりだったことが窺い知れる。
ここでも思い出したように寂しい気持ちを抱えながら倉庫を開けた。
「……うっ!?」
青臭い香りがムワッと押し寄せる。きっと薬草が原因だ。薬草の知識がなくともこれだけ強烈な青臭さを感じれば、何らかの植物だろうと言うのは容易に想像できる。
倉庫の外に臭いが行かなかったのは消臭魔術がこの部屋に施されているからだ。ゴミの回収を請け負う職員に聞いたことがあったので(便利な魔法だな)っと記憶していたのを臭いで引っ張り出された。
「なにこれ〜。何か凄い……え?」
ヘレナは所狭しと並ぶ壺や皿のような入れ物を見て驚愕した。通常手に入らない20階層の薬草や、それに類する動植物の一部を乾燥させたもの。爪や牙、角に至るあらゆる素材がこの倉庫にあった。
見たこともない素材に圧倒される2人。仲間が居ないレッドは1人でこの素材を集めたことになる。
冒険者チームからことごとく撥ね付けられたレッドを間近で見ていたルナは、誰の助けも借りられないことを強く知っている。
言い訳不能なほどに異常な状況。何が起こっているのか把握できるまでに15秒は呼吸を忘れた。
「どど……どうしましょうか……これ……?」
「いや、あたしが聞きたいよ……取り敢えずギルド長には明日あたしから報告するから、ルナちゃんはこのことを口外しないようにお願い出来る?」
ルナは1も2もなく「はい」と即答した。
レッドを思う寂しさも悔しさも全てが吹き飛ぶ状況。ルナが今ここで感じたのは言い知れぬ不安と、レッドに対する畏怖であった。
「ヘレナさん……もしや私達はとんでもないミスを犯したのでしょうか?」
ルナの引きつった顔を見てヘレナは肩を竦めた。
「それは〜……神のみぞ知るってとこかな?」
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