第6話 味方

「――はあ? 羽衣装束を量産して欲しいですって?」

 朱鷺の申し出に、思いっきりルーアンは眉を潜めた。

「左様。この絵巻にある天女と同じ装束を、至急三十着程拵こしらえて欲しいのだ」

「バッカじゃないの! そんなの無理に決まっているでしょ! 私はメイドの仕事で忙しいの。アンタの道楽に付き合っていられる程ヒマじゃないんだから!」

 ぷいっと顔を反らしたルーアンの言動に、水影がゾクゾクと背筋を震わせる。恍惚の表情を扇子の内に隠し、主と女中の会話に快楽を得る。

「何を申すか。そなたは俺の援者であり、斯様かように我らが身の回りの世話をするよう命じられた女中ぞ。何があっても主の命にはしたごうてもらわねば困る」

「別にアンタ達の世話をするようになんて命じられてないわよ! 誰も得体の知れない地球人の世話なんてしたくないから、こうして押し付けられているだけよ!」

 元王女という地位にあっても、メイドに落ちた時から、人前で素顔を明かすことも許されない。そんなルーアンが自室以外で唯一素顔を明かし、気兼ねなく振る舞えるのは、朱鷺ら交換視察団の前だけだった。

「分かった。では天女中、そなたの望みは何ぞ?」

「は?」

「言うたであろう。我が悲願が達成された暁には、そなたの望みも叶える手助けをすると。まだ聞いておらんかったでな。ほれ、そなたの望みを申してみよ」

「わ、たしは、別に、望みなんて……」

 俯いたルーアンに、「ふむ」と朱鷺が考察の構えを見せた。

「現王妃らによって追放された母御や姉御の無念は、如何どうでも良いと申すか。そなたも王女から女中に転落し、惨めな日々を送っておるのであろう? 名誉や地位を復権させたいとは思わなんだ?」

「それ、は……アンタじゃ、どうすることも出来ないでしょ?」

「俺は帝ぞ? 月が世に於いても敵などおらんわ」

「ここじゃ、ただの都造みやこのつくりこ朱鷺じゃない! 他所よそから来たウサギなんかに、国の中枢を動かすことなんて出来るワケないでしょ!」

「左様なこと、やってみねば分からぬではないか!」

「やらなくったって分かるわよ! ここに私の味方なんて誰一人としていないんだから……!」

 声を荒げたルーアンが、目に涙を浮かべて朱鷺を見上げた。その姿に意表を突かれるも、朱鷺はそっと笑った。

「味方がおらぬのであらば、作れば良いだけであろう。俺も帝に即位した折は、誰一人味方などおらんかったでな」

「え……?」

 ルーアンが朱鷺の後ろに控える水影みなかげを見た。

彼奴きゃつ安孫あそんも、帝に即位した後に得た味方ぞ。四面楚歌の状況から、ようやっと見つけ出したのだ」

いささか、強引ではございましたがなぁ?」

 後ろで水影がチクリと胸を刺す。それに笑った朱鷺が、ルーアンを優しく見下ろした。

「そなたは我らに味方になって欲しいか? 他所から来た兎であろうとも、国を覆す知恵と勇猛さは、兼ね備えておるつもりぞ?」

 うっとルーアンの喉がつかえた。

「我ら交換視察団が国を動かしていく様を良う見ておるが良い。俺が信頼に値する男であると確信した折、再度そなたの望みを訊ねよう」

 自身に満ち溢れた黒い瞳に、ルーアンは息を呑んだ。溢れ出しそうになる涙を拭い、目を背けるも、言った。

「……外の町に、知り合いの仕立て屋がいるわ。そこにいけば、たくさんの機械で作るから、すぐに用意出来ると思う」

「左様か! ならばすぐにでもその仕立て屋に参ろうぞ!」

「ちょっと待って! 行っても、こんな羽衣装束を作れる布なんてないわよ?」

「ふっ、俺を見縊みくびうてもろうては困るぞ。万一の際に備え、羽衣装束用の反物を持参したでなぁ」

「なら最初から、羽衣装束自体を持ってきた方が早かったんじゃない?」

「それでは夢がないではないか! 月が世の天女は、羽衣伝説の天女であると信じておったでなぁ! それがしるくどれすなどとは許せぬ! やはり天女には羽衣装束を着てもらわねば、その醍醐味に欠けるでなぁ!」

 持ち前の下心で熱く弁を振るう朱鷺に、万が一にもこの男にだけは惚れはしないと、ルーアンは心に強く誓った。


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