第2話 狩人の男、獲物を見つける

――男主人公視点――


 一年くらい前、俺にも仲間がいた。


 貴重な、仲間だった。


 そいつらは俺にはもったいないくらい人のできた連中で、しかも、当時のクォリックで唯一、キメラの王を倒せるとまで言われたほど実力のある狩人たちだった。

 そんな連中のチームの一員としていられたことは、いまでも誇りに思っている。


 でも、死んじまった。

 魔物の群れに囲まれて、滅多打ちにされて。

 俺をそこから逃がすために、あいつら三人が犠牲になった。


 ……結果、そのチームで一番弱かった俺だけが生き残った。






 午後の買い物を済ませて、足早に自宅へと向かう。

 重い荷物を抱えたまま、知り合いから自分だと気付かれないように道のすみのほうをうつむいて進み、聞こえてくる街の人たちの話し声に乾いたつばを飲み込んで歩き続ける。


 視界は、かつてのような、仲間たちとともに眺めていたあの広々とした果てしない草原の景色ではなく、ただ交互に入れ替わり続ける自分の足元だけ……。


「……お前らが生きてたら、こんな思いしなくて済んだのかな」




 ――あの日、チームが全滅した日、街に戻ってから『仲間を見殺しにした』だのなんだのとずいぶんいろんなことを言われて、俺はいつの間にか顔を上げて出歩けなくなっていた。


 それは、残念ながら今でも変わっていない。


 俺はまだ生きていたころの仲間たちの姿を思い浮かべながら、自宅へと急いだ。







「――お、やっと戻ったか。

 待ちくたびれたぞ、ギル」


 そう言って玄関前から声をかけてきたのは、自分にとって数少ない気の許せる友人だった。


「ヤレイか! 久しぶりだな。

 また仕事を持ってきたのか?」

「当然。

 有能な狩人かりうど様にはもっと働いてもらわないとな」


 ニッ、と変わらない笑顔を向けてくるそいつに、俺は安堵とともに笑みをこぼした。


「外じゃなんだ。

 とりあえずあがってけよ」








「――また魔物退治の依頼か……相変わらず容赦ないな。

 俺はもうチームすら組めない身分だってのに」

「まあまあ、そう言うなって」


 テーブルの上に広げられた数枚の書類を交互に見比べていると、ヤレイが身を乗り出してきた。


「今回のは大きめの仕事だ。

 敵はそれなりに強いが、一体だけだ。

 うまくやれば街の連中を見返してやれるだろう」

「……ヤレイ、もういいんだ俺は。

 見返すとか、そういうのはもういい……」

「何言ってんだよ。

 オレはお前がそんな情けない顔して生きてるなんて、納得できないぞ」


 ヤレイは椅子から立ち上がって、両手を広げた。


「『アンサングス』の元メンバー、ギル・リンドウ!

 かつて、最も多くの人命を魔物の脅威から救うと言われた伝説のチームの一員!

 そんなお前が、いまでも街の連中から目の敵にされてるなんておかしいじゃないか。

 だってお前に非は無かったんだろう?」

「……いいや、俺がもっと強ければ、あいつらは……」

「その時は、キメラの王とやらの方が一枚上手だったってだけさ。

 罠にハメられたんだろ? きっと狩人数人でどうにかできる状況じゃなかったんだ。

 おかしいのは、たったひとりだけに責任を負わせて文句しか言わない街の連中のほうさ!」


 相手は魔物を統率して戦争をしかけてくるキメラだってのに! とヤレイは怒り心頭で拳を下ろした。


 ……俺はわずかに視線をずらし、部屋の隅のほうに置いた小さなテーブルの上の遺品に目を向ける。


 かつて、仲間たちが身に着けていた装備の一部だ。


 ……それでも、あのとき、俺がもっとうまくやれていれば……。


「なあ、ギル。

 お前はこのまま、この小っせえ家で燻り続けてるだけでいいのか?」

「小さいは余計だ。

 これでも、死んだ仲間たちと金を工面して買った大事な家なんだ」

「まあ、確かに、安月給の狩人でも手が出るくらい辺鄙へんぴなところだけど……。

 そうじゃなくてさ、ギル、お前いまの姿を死んだやつらに見せられるのかよ」


 俺は押し黙った。

 ヤレイはそんな俺の反応を見て、数枚の書類を手に取ったまま言葉を続ける。


「そいつらのためにもさ、少し考えてみてくれよ。

 な?」


 差し出された依頼書に視線を落とし……


 そして、ヤレイからの期待のまなざしに罪悪感を感じて、俺はそれを受け取った。


「……分かった。考えるだけ考えておくよ」

「そうか!

 じゃあ、そうだな、また二、三日後に来る。

 その時に本受注って形にしよう。

 なんだったらその前に倒しておいてもいいからな!」

「はいはい」




 それから少し雑談を挟んだ後に、ヤレイは帰っていった。


 嬉しそうに手を振って歩いていくそいつの背中を見送りながら、俺は家の中に戻った。


 依頼書をもう一度眺めながら、部屋の隅の、かつての仲間たちの遺品の前に立つ。


「……確かに、いまのこの姿をお前らに見せるなんて、ちょっと嫌だな……」


 ひげの生えた顎をさすりながら、俺は視線を依頼書に戻した。


 討伐対象になっているのは、それなりに強い魔物だ。

 中級の狩人が上級に上がる試練として選ばれるような、それくらいの強さの相手。


 でも、この程度の魔物じゃ死んだ仲間たちにはっぱをかけられる気がする。

『おいおいギル、そんなの雑魚だろ?』と。


 懐かしいそいつらの声を思い出して、俺は一人で静かに笑った。


「……分かったよ。

 みんなの夢は……『キメラ殺し』は、俺ひとりででも叶えてやるからな……」




 ――かつて、仲間たちとともに目指していたのは、『キメラ殺し』という輝かしい称号。


 負け組が就く職業とまで言われているこの狩人業も、キメラを討伐したという称号があれば一転して街の英雄扱いだ。


 今まで自分たちを見下してた連中を、今度は俺たちが見下してやるのさと、四人で笑い合った記憶が昨日のことのようによみがえった。





「……でも、そんな簡単に魔物の王なんて現れるかねぇ……?」


 場所を変えて、人の少ない街外れを歩きながら考える。


 天気は快晴。気温も良好。

 なんだかんだで最近は魔物の活動も減ってきているし、現れる魔物も、べつに街の危機になるほど危険なやつでもない。


 そもそも、目的であるキメラが現れたとして、その討伐依頼をいまの自分の立場で受注できるとは思えない。


「……はぁ……今度はひとりで地道に依頼をこなしてくしかないのか……。

 ……ん……?」


 すこし遠くでそびえ立つ城壁を眺めつつ、鳥の鳴き声や小花の匂いが浮かぶ公園をぶらぶらと散策している、その時だった。




 ――大きな木の根元に、少女が横たわっていた。




 きれいな銀髪に、サイズの合っていないだぶだぶの服。

 年は……まだ十代の半ばにも達していないだろうか。


 まだ顔立ちにあどけなさを残している少女が、白い手足でうずくまって、公園の木の下ですやすやと眠っている。


 なんだ子どもか、と通り過ぎようとしたその瞬間に、俺は妙な違和感に気が付いた。




(……この違和感は……あの時と同じ……)




 ――キメラは、人間に『擬態』する。


 かつて仲間たちが死んだあの日も、人間に姿を変えたキメラに騙されて俺たちは罠にハメられたのだ。


 あの時は、胸のうちから湧き上がる猛烈な違和感を無視してしくじってしまったが……。




 しかし。


 たった今この少女に抱いた違和感は、


 あの日感じたものとまったく同じ……!




(まさかこのガキ……人間に擬態したキメラか!!)


 俺はその銀髪の少女を注視した。


 よくよく考えれば、ここに一人でいるのも変だし、妙にだぼついた服を着てるのもちょっとおかしい。


 第一に容姿がきれいすぎる。顔立ちが整っているのもそうだが、もし外で遊んでたりとか、家出とかをしてるような普通のガキならもっと汚れてたっていいはずなのに。


 自身の狩人としての勘が、こいつはキメラだと叫んでいる。


 落ちぶれても俺だって狩人の端くれだ。

 かちゃりと、常に携帯していた剣の柄に手をかけ、臨戦態勢を整える。



 どうする。こいつはまだ眠っている。


 最初の一撃に全力を込めればやれるだろう……。


 ……でも、擬態してるキメラを殺して、元の姿に戻らなかったらどうする?

 人間の姿のまま死なれてしまったら『キメラ殺し』の称号は手に入らない……。


 いやいや、キメラ相手にそんなこと気にしてる余裕は……!







 ――そこで、パチ、とそいつの目が開かれた。


 赤と青のオッドアイが、自分に向けられる。




 しまった、遅かったか――!




 ごくりと生唾を呑んで目の前の敵からの攻撃に備えていると……そのキメラの娘は、ゆっくりと小さな口を開いた。




「おまえ、名はなんと言う?」




 少し舌足らずな、まさに人間の少女といった風のあどけない声音。


 ……すぐ殺しに来るつもりはないのか。

 なるほど、あくまでも人間のふりをして、俺から情報を得ようというんだな。


 落ち着いて深呼吸をする。


 いいだろう……乗ってやるよ。


 慎重に言葉を選んでから、こちらもゆっくりと口を開いた。


「……ギル。

 俺はギル・リンドウだ。

 お嬢ちゃん、こんなところで寝てたら風邪ひくぞ?

 家に帰らないと」


 手汗のにじむ手のひらを剣の柄から離しながら、完璧に自然な笑顔を見せた。


 選んだ言葉は、あくまでも相手が普通の人間の娘であることを前提としたもの。


 俺のほうから舞台は整えてやった。

 さあ、何が目的だ。何が欲しい。


 相手に緊張を悟られないようにしながら、俺は返ってきたそいつの言葉を聞き漏らすまいと耳を傾けた。










「――わたしはセツナ! 人間だ!

 ギル、めしを食べられるところを教えてくれ!

 わたしおなかが空いた!」








 何を言ってるんだこいつは。


 自分のことを人間だと直接言うやつがあるか。


 馬鹿なのか?


 いや、それとも、そうやって俺を油断させる作戦なのか? 


 分からない……ッ! こいつの考えが、一切……!!







 そこでハッと気が付いた。


 こいつ、もしかしてまだキメラの子どもか?


 この、まだ微妙に不自然さが残ってる言葉とか、知能がまだ人間のレベルまで到達していない感じとかがどうもそれっぽい。


 俺は、舌足らずな口調のまま飯をねだってくる小娘から視線を外した。




 ……これは、チャンス、かもしれない。


 相手は……まだ演技している可能性があるとはいえ、おそらくまだガキんちょだ。


 狩人仲間のいない俺でも十分やりあえるだろうし、何より、こんなアホなら簡単に騙せる!


「――なんだ、腹が減ってるのか。

 よし、それじゃあ飯を食わせてあげよう。

 ついてこい」

「ほんとうか! ありがとうギル!」


 この小さな獲物キメラを導きながら、俺はやつに見えない角度で頬をゆがめた。




 これはきっと、死んだ仲間たちが授けてくれたチャンスだ。


 アルト、ニア、ヴィンス、感謝するよ。




 ――こいつを殺して、『キメラ殺しみんなの夢』を叶えてやるからな。




 そのためにも、まずは、こいつがキメラだという証拠が必要だ。

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