最終話 血と涙の復讐

 私のアイゼン公爵推しは瞬く間に広がっていった。


 先日のスピーチによって対王家派閥を急激に拡大した上、派閥トップとなった私と婚約者同盟の核となる人間がその話を広めているのだ。


 生徒の大半が対王家派閥に属している以上、アイゼン公爵を王へと推す声は良く聞かれるようになった。



「これで王位継承の件についてはほぼ決着。後はユリウスがどこにいるのか、よね。」



 私は自室にて思案に暮れている。


 あいつは王家の秘儀、インビジブルの魔法を使えるが故に、姿を隠されると本当に見つけるのが大変なのだ。



「早く見つけ出して始末しないと……。」



 私がポツリと独り言を呟いたその時、ガタッとクローゼットから物音がする。



「っ!?」



 侵入者? まさか……ケラトル家が報復に来た? 脅しが足りなかったのかしら。



「出て来なさい。」



 声を掛けても出てくる様子は無い。まぁ、当たり前か。


 私はサーチの魔法を使い、クローゼットに人間が隠れている事を察知した。



「いるのは分かってるわ。何をしに来たの?」



 面倒ね。クローゼットの中から飛び出されて不意打ちされてはかなわない。


 私は指に魔法を準備し、再び声を掛ける。



「出て来なければ5秒後に魔法を撃つわ。5、4、3…………。」


「待ってくれ!」



 私がカウントをスタートさせると、出て来たのはまさかの人物。何としても見つけ出し、始末しようとしていた相手。



「ユリウス……殿下?」



 マズい。今の独り言を聞かれた?


 いえ、それどころじゃないわね。いつから居たのかによってはかなりマズい事を口に出していたかもしれない。


 確実に始末しないと。



「や、やぁメルトリア嬢。奇遇だね。」



 忍び込んでおいて奇遇もクソもあるか!



「……殿下。一応お尋ねしますが、いつからここに?」


「君が夕食に行っている間だ。」



 成る程。



「私の独り言、聞こえていましたか?」



 返答次第ではすぐにでもこいつを殺す。



「自白しないととかなんとか……。何か罪を犯したのか?」


「いえ別に。聞き違いでしょう。」



 聞こえていなかった? 嘘を言っている可能性もあるし、判別し難いわね。



「何故ここにいらっしゃるのですか。皆探しておりますよ?」


「親友と内緒のお泊り会をしていた。すると王族死亡という情報をハイデルトから知らされ、そのまま匿ってもらっていたというわけだ。」



 あのクソガキ。余計な事しやがって……。



「以前からハイデルトの好意で時々こっそりこの屋敷にお泊りしている。」




 そう言えば学園に入学してからのハイデルトはたまに自室で食事を摂る事もあった。


 あれはそういう事だったのね。



「ユリウス殿下。取り敢えず、私の下着を返して頂けますか?」



 ユリウスは私の下着を握りしめている。


 それにしても誤算だった。今後、自室だとしてもサーチの魔法を使って警戒を切らさないようにしなくては。



「あ、あぁ……。ところでメルトリア嬢、俺の言い訳を聞いてくれないか?」


「言い訳をどうぞ。」


「君の下着が……。」


「私の下着が?」



 下着がどうしたと言うのかしら?



「欲しかった。」


「はぁ……。」



 こんな馬鹿を相手に私は頭を悩ませていたの?



「まったく。何をしているのかと思えば……。」



 思わず力が抜け、ユリウスを視界から外した次の瞬間だった。


 私は突然の衝撃に倒れ、床に頭を打ちつけた。



「あっ……痛ったぁ…………。」


「貴様がっ! 貴様がああああっ!」



 今までに見た事もないような怒りの表情でユリウスが私の首に手を掛け、全力で絞めてくる。



「うっ……。」



 く、苦しい……。魔力を……。



「信じていた! 信じていたんだ!」



 こ、このまま……じゃ。



「本当に好きだった! それを貴様がっっ!!」



 私は遠ざかる意識の中、制御もせずに魔法を放った。


 ボンッ!! と音がし、ユリウスの上半身が吹き飛ぶ。



「ゲッホゲホッッ!!」



 制御もせずに魔法を放ったせいで爆発が起き、私自身もダメージを負ってしまった。



「あぁ……。」



 これはもう、ダメね。全然力が入らない。


 目線だけを動かしてみると、私の体が一部吹き飛んでいる。



「……。」



 これまで頑張ってきたけど、ここで終わり……か。


 私を好きだって言うなら……大人しく殺されておけよカスが。




























「はっ!?」



 目が覚めると、そこには懐かしい光景が広がっていた。


 テレビ、冷蔵庫、テーブルに安物のベッド。間違いなく、日本で暮らしていた時の私の部屋だ。



「夢……だった?」



 信じられない。あれが夢だったなんてとても思えない。


 やけにリアルだったし、あの世界での出来事を私は鮮明に覚えている。



「死んだから戻って来た、という事かしら……えっ!?」



 口から出た台詞に思わず自分でも驚いてしまった。


 やはり夢なんかでは絶対にない。あの世界での常識やら言葉遣いがそのまま今の私に反映されている。


 かしら、なんて元々の私は絶対に使わない言葉なのだから。



「もしかして……。」



 私はサーチの魔法を発動してみた。


 目を閉じていても周囲の様子が手に取る様に私の頭に流れ込み、しっかりとあの世界で体験した魔法が使えている事を再確認する。



「使えた。魔法が……。」



 あり得ない事が起きている。あり得ないけど……ありがたい。



「あら?」



 付けっ放しのテレビにはおどろおどろしいフォントで書かれた『GAME OVER』の文字。


 あのクソゲー『血と涙の復讐~ポロリ(あたまが)もあるよ☆~』で死んだ時の画面だ。



「なーにがコンティニューしますか? よ! 誰がするもんですか!」



 私はゲーム機の電源を落とし、カートリッジを抜く。カートリッジに書かれたシュナイザーとユリウスのイラストが私のイライラに拍車をかけた。



「はぁ。最低な体験だったわ。」



 スマホを確認すると、日付は2024年2月2日と表示されている。


 あの世界で過ごした時間が長かったせいで正確な日付は覚えていないけど、恐らくそれ程時間は経ってない。



「成る程成る程。」



 となればやる事は簡単。


 私は外へ出掛ける為、久々に熱々のシャワーを浴びて涙を洗い流し、シャンプーとコンディショナーに懐かしさを覚え、カジュアルな服装に身を包む。



「なんだか血の臭いが取れてないような気がするわね。ま、別に良いか。」



 ドライヤーで髪を乾かす事にさえいちいち感動を覚えながら、着替え、バッチリ化粧をし、車のキーを持った。


 私はふと視線にとまったクソゲーのカートリッジを手に取り呟く。



「テレーゼ、ローズマリー、レイチェル…………さようなら。私の大好きな親友たち。」



 手に魔力を纏わせ、クソゲーを灰にした。



「ありがとう。三人と過ごせて私は救われたわ。」



 祈りを込め、灰になったカートリッジを見つめる。



「はぁ、今日も寒いわね。」



 お気に入りのブーツを履いてトントンと足を鳴らし、玄関から出る。


 冬の寒さによって息が白く染まった。



「久々の運転だけど、こういうのは自転車と同じで忘れないって言うわよね? 待っててね。陸人りくとベル……。」



 あの世界のダラスとマリーベルによく似た私の大切だった・・・人たち……。


 本当の復讐対象はお前たちよ。

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