第29話 逆転しない裁判

「裁判長。私からも証言があるのです。発言を許可して頂けますでしょうか?」


「メルトリア侯爵令嬢か。発言を許可する。」


「ありがとうございますわ。」



 私はその場から立ち上がり、ゆっくりと話を始める。



「先ず、マリーベル様がジュリア様を殺害した事に関しては理由があります。」


「白々しい。お前が犯人だろう。」



 シュナイザーが急に立ち上がって私の発言を潰しにかかってくる。



「発言を許可した者以外は控えるように。」


「……はい。」



 ぷっ。


 ドントレス大公に叱られてやんの。



「今の発言からも分かるように、シュナイザー殿下は私をジュリア様殺害の犯人だと決めつけてかかっています。殿下が私を犯人扱いする事とマリーベル様がジュリア様を殺害した事………。二つの事柄には共通した理由があるのです。」



 シュナイザーは流れを理解出来ていないようで、嘲笑するような目でこちらを見ている。


 そりゃあそうよね。これから私が話す事は全部ただのホラ話なんだもの。



「実は……シュナイザー殿下とジュリア伯爵令嬢は密な関係にございました。ジュリア様は左腕のみが見つかっております。それはある事実を隠したかったから。」


「ある事実だと?」


「はい。ジュリア様はシュナイザー殿下のお子を授かっていたのだと思います。そしてマリーベル様が積極的に排除に動き出した。それは何故か?」



 私は少し溜めを作り、推理ものっぽい雰囲気を出しながらある事ない事ぶちまけてやった。



「マリーベル様は最初からシュナイザー殿下の婚約者という立場に対し並々ならぬ執着を見せておりました。ジュリア様を大層気に入らなかったのに加え、醜聞を隠す為にも絶好の機会だったのだと思います。シュナイザー殿下はその事実を知っていた為、ジュリア様殺害の罪を私に擦り付けようとした。大方こんな所ではないかと思っております。」


「言い掛かりだっ! 俺はそんな事はやっていない!」



 実際言い掛かりだしね。でも、今までの私に対する仕打ちを考えれば許す選択肢などない。


 ここでまとめて処分してやる。



「言い逃れは見苦しいですわ。シュナイザー殿下とジュリア様の関係については証拠となる写真も所持しております。この写真です。」



 私はかつてジュリアを嵌める為に捏造した写真を提出した。写真にはジュリアとシュナイザーがキスしているように映っている。



「確かに、ただならぬ関係に見える写真だ。」


「これに関してはローズマリー様、テレーゼ様、レイチェル様も同様に所持していますので、簡単に裏は取れると思います。」


「待ちなさい! それがどうして私がやったという証拠になるのよ! メルトリア様が嫉妬に狂ってジュリア様に手を下したのではなくて!?」


「そうですね。その可能性もあると思います。私が手を下した可能性も残りますね。」


「ほら見なさい!」



 さて、と。私が創り出した物語を皆に聞いてもらいましょうか。



「ではこれから私が言う事を聞いて、判断して頂きたく思います。」


「続けよ。」


「はい。マリーベル様のご実家は王家の闇を担っているのだと思います。今までも貴族子弟が行方不明になり、マリーベル様の手によるものではないかという噂は後を絶ちませんでした。」


「言い掛かりですわ!」



 顔を真っ赤にして否定するマリーベル。


 ドントレス大公の目がつりあがってきているのを見て、少しずつ焦ってきているようね。



「発言許可のない者は控えよ。」


「は、はい。」


「続けます。かつてシュナイザー殿下の婚約者選びの際、一人行方が分からなくなった方がいらっしゃいました。その方の名はアイリ=ラッセル子爵令嬢。彼女はシュナイザー殿下と仲が良すぎ、肉体関係があるのではと噂されていました。そんな彼女がある日忽然と姿を消した。それは妊娠していたからだと考えれば納得もいきます。いらぬ混乱を招かぬようマリーベル様……王家の闇に消されたのではないかと。」


「こじつけだ!」



 顔を真っ赤にして否定する能無し王子。良い感じに焦ってるわね。



「そうでしょうか? アイリ様とジュリア様に符号する点はございませんか? 実はお二人とも雰囲気が似ておいでです。シュナイザー殿下もジュリア様を気に入った様子でしたし、行方不明になってしまった事、肉体関係があったのではないかという事、そして………いずれもマリーベル様にとって煩わしい存在であった事。」


「成る程な。確かに納得のいく説明ではあった。」



 裁判長であるドントレス大公も上手く誘導出来そう。後はテレーゼに証言を補足してもらえれば……。



「だが少し推測が強過ぎるな。どうも決定力に欠けるというか……。メルトリア嬢が犯人ではないと決定づける証拠でもない。勿論、シュナイザー殿下がそんな事をしていると言うのなら、俺は極めて苛烈な判決を下してやるがなぁ。」



 ドントレス大公は目に怒りを宿し、シュナイザー殿下とマリーベルを睨みつけている。


 あの人は不正や誤魔化しが大嫌いな人だ。まぁ、裁判に私情を挟む時点で裁判長としては最低だけどね。


 私は時を巻き戻る前、マリーベルの誘導によってこの人に理不尽な判決を下されている。



「その点に関しましては、ケラトル家の方がアースダイン家よりも大きい事を加味して頂ければ……。王家の闇という役目を担うには我が家では荷が勝ち過ぎます。」


「まぁ、そうではあろうなぁ。王家の闇、か……。」



 ドントレス大公は完全にマリーベルを疑っているけど、だからと言って判決を下す様子がない。


 あの感じだともう一押し誰かの証言が欲しいのでしょう。王家の闇に関しても懐疑的な様子だし。



「私にも発言の許可をお願い致します。」


「おぉ。テレーゼか。勿論許可するとも。」


「ありがとうございます。」



 テレーゼは立ち上がり、スラスラと打ち合わせ通りの事を言い始める。



「我がハワード家は先々代国王の代に王家の闇を担う家系だったようです。証拠としてハワード家の記録も持って参りました。私の考えでは今代はマリーベル様のご実家であるケラトル家がその役目を担っているのかと。」


「何だと……?」



 あれ? この様子だと、ドントレス大公は先々代の王家の闇を知らなかった?


 ドントレス大公はテレーゼが持って来た記録を読み、ページを捲る度に怒りが募っているようだった。


 そして………………。



「絶対に許さんぞ! 権力者が自分の我儘で女を好きに食い漁るだと!? なんという悪辣なっ!!」



 書類をバンと叩きつけ、怒り心頭という様子で立ち上がるドントレス大公。



「今のハワード家に罪はないにしても、過去の悪行はあまりにも酷い! しかしテレーゼが自ら告発した事により、ハワード家を今更どうこうはしないでおこう。だがマリーベル! 貴様は一族郎党処刑だ! シュナイザー! お前も勿論処刑だ!」



 うっわ。ドントレス大公がブチギレてしまった。


 もうこれ、裁判になってないじゃない。私にとっては好都合だけど。



「今逃げようとしたわね? マリーベル様、大人しく刑を受けなさい。」



 私は呆けているマリーベルを組み敷いて、さもマリーベルが逃げ出そうとしているかのように見せかけてやった。



「メルトリア嬢良くやった! マリーベルには鞭打ちの刑も追加だ!」



 あっははは。


 おっかしいたらありゃしない。



「叔父上、どうかシュナイザーの処刑は勘弁してもらいたい。王位を継がせるのはユリウスにするとしても、処刑までというのは流石に……。」



 あら? クソみたいな王様が今更何かさえずっているわね。



「これは異なことを。このような薄汚い性根の持ち主を権力者の座に置いておくと?」


「いや……廃嫡はする。だが処刑までは……。」


「罪のない人間が食い物にされていますが?」


「……。」



 ドントレス大公と現王の関係は叔父と甥。立場こそドントレス大公の方が下でしょうけど、王からすれば頭の上がらない存在でもあるのだ。



「どれ程の罪を重ねたとしても我が子は可愛いという事ですか。では……。」


「発言をお許しください。私から提案があります。」



 ドントレス大公が意見を曲げてしまいそうになったので、少し誘導してやる事にしましょう。



「何だ? メルトリア侯爵令嬢。判決を出すのは俺だ。」


「はい。ですから提案でございます。」


「ふむ。発言を許可する。」


「ありがとうございます。」



 良いわ。これでトドメよ。



「シュナイザー殿下は確かに罪を犯しました。しかし、やはりこの国の第一王子である事も考慮すべきだと思います。」


「メルトリア……。」



 あら。何を感動しているのかしらこの馬鹿男は。貴方のトドメを差してあげる為の布石なんですけど?



「私からの提案は、鞭で百叩きの刑にするのはどうかという提案でございます。」


「メルトリア嬢はそれで良いのか?」


「はい。」



 だって、百叩きの刑なんてくらったらあまりの痛みに百回叩かれる前に絶命するもの。



「罪を擦られそうになっていたというのに天晴である。シュナイザーはメルトリア嬢によく感謝するように。」


「はい! ありがとう! 本当にありがとう!」



 馬鹿ねぇ。感謝なんてしちゃって。


 ここにいるのは権力者が大半だから、百叩きの刑を食らった者の末路なんて知らないんだわ。


 私も……日本人としての記憶がない状態のメルトリアだったら知らなかった。


 ドントレス大公も、王も、馬鹿王子どもも、テレーゼも……皆知らないんだ。


 権力者は刑を執行された後の人間の末路に興味がない。この世界は日本のような情報化社会でもないわけだし、仕方のない事なのかしらね?


 マリーベルだけはニヤついた顔をしているから、百叩きの恐ろしさを知っているようだけど……。



「ではこれにて閉廷!」



 マリーベルは性根が腐っている。自分が死ぬタイミングで他人を庇うなんて事は絶対にしない。


 実際、知っていて百叩きの刑を撤回させるような発言が出てこなかった。


 この国では百叩きが行われる際、罪人が誰か分からないよう顔に麻袋を被せて刑を執行する決まりになっている。


 罪人が誰か分かってしまうと手心を加える可能性があるからだ。




 さようなら、マリーベル、そしてシュナイザー?


 貴方達との日々……退屈はしなかったわ。




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