第15話 同盟結成
「ドントレス大公は……一応王族出身ですので、お話を持って行くのはご遠慮願いたいです。」
「そうですか?」
「えぇ。物的証拠が一切ありませんので。そもそも私の言っている事が間違っていた場合……いえ、間違っていなかったとしても、どこかで話が漏れて私や吹聴した者が処刑されてしまうかもしれません。」
「あり得ません……と言いたいところですが、十分可能性はありますね。」
「私は……シュナイザー殿下の婚約者です。余程の事がなければ害される事はないと思っていました。」
暗い顔で俯いて見せると、テレーゼは話の続きを無言で促す。
「シュナイザー殿下はアイリ様を忘れられないのかあまり私をお気に召さないご様子でして、先程の推測を交えて考えると、このままでは消されるのではないかと邪推してしまっています。」
「アイリ様を? だとしても、流石にそのくらいでは……と思いますが。」
アイリ様を忘れられないのかどうかは私も知らないけど、一応それらしく理由を用意しておかないとね。
ジュリアが色々とやらかしてくれたおかげで暫くの間能無し王子が私に対して冷たく当たっていたのだけど、その理由がアイリ様を忘れられないから、で通せると思う。
「私の考えすぎかもしれません。しかし、昨年から今年にかけて、私が二度も貴族裁判のお世話になっている事はテレーゼ様もご存知かと思います。」
「勿論です。」
「内容に関しては割愛しますが、貴族裁判を起こさなければ身を守れないような私の状況が既に異常だと思われませんか?」
貴族裁判で下った判決は決して覆らないし、苛烈な内容になる事もしばしば。
私の家も含め、清廉潔白な貴族はいない。探られたくない腹を持っている貴族達は基本的に裁判なんてやりたがらないのだ。
「そう、ですよね……貴族裁判なんて滅多に起こらない事なのに、メルトリア様は二度も経験してらっしゃるのですものね。」
「こんな状況下において、第一王子ともあろう方が婚約者の私を一切助けようとして下さらないのも不可解です。これはもう、私を害そうという意図があるのでは? と。」
「っ!?」
口を手で押さえて息を呑むテレーゼは私の言う事を全て信じ込んでいる様子。
ゆくゆくは能無し王子を引きずりおろす方向へと誘導しよう。
「私はこれらの真実をマリーベル様以外の元婚約者候補全員にお知らせしようと思っています。」
「そんな事をして大丈夫なのですか?」
「はい。皆さんなんだかんだと言っても、候補となるだけの機微に聡い方々です。」
婚約者候補になるくらいなので、全員馬鹿ではない。
テレーゼ以外はそれなりに意地が悪いけど、自分が生きる為には全力で危険を回避する察知能力がある。
それなりの意地悪と言っても、今の私程ではないかもしれないけどね。
「確かに、いざとなれば協力して下さると思います。」
「おっしゃる通りです。私が死ねば、皆さんがまた第一王子の婚約者候補となるのです。今の話を聞いた上で婚約者になりたい方は誰一人としていらっしゃいませんから、知ってしまった時点で『いざ』のタイミングとなります。」
この話を誰かに漏らしてしまえば、自身の身まで危なくなるので黙らざるを得ない。
そして私が死んでしまえば元婚約者候補達は再び婚約者候補となり、今度は自分が私と同じ立場に晒されるかもしれないのだから、嫌でも私を守る為に動いてくれる事でしょう。
「わ、私も……私も一緒に説得に回りたいと思います!」
「ありがとうございます。でしたら、説得に回るよりもお茶会を開きましょう。」
お茶会の提案に顎に手を当て真剣に考え込むテレーゼ。
とりあえず、これで私の味方は一人増えたと思っていいわね。
「はい。その方が都合が良いと思います。メルトリア様はローズマリー様やレイチェル様とあまり仲がよろしいようには見受けられませんでしたので、私が主催ならあまり角も立たないかと。」
よし。話は決まった。
マリーベル以外の婚約者候補全員を抱き込めば、脳内お花畑王子殿下なんぞ廃嫡に追い込む事も可能。
廃嫡が成れば後腐れなく処分する方向に誘導してしまえば良いし、当然私も婚約解消となり晴れて自由の身。
「メルトリア様?」
「え? えぇ。申し訳ありません。今後について思案していました。」
いつの間にか考え事をしていたようで、テレーゼに話しかけられハッとした。
「メルトリア様ったら急に怖いお顔をなさるので……。」
「ジュリア様の事を考えていましたらつい……。失礼致しました。」
「いえ、そうですよね。心中お察しします。」
ひとしきりホラ話を吹き込んだ後、私とテレーゼは日程や話す内容を打ち合わせ、お茶会の招待状を作成した。
完全にゲームシナリオから逸脱してしまうけど、もしシナリオから外れる事を許さないように世界が出来ているのならば、テレーゼが味方になる事は有り得ないし、そもそも写真を他の婚約者候補に送る事が出来たのもおかしい。
つまり、私はゲームシナリオに沿った行動をとらなくても問題ない事が証明出来たのだ。
そして数日後。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。こうして以前のように皆様揃ってお顔を合わせるのは二年ぶりですね。」
「えぇそうね。テレーゼも相変わらずよね。」
「もう全員腹の内が見えてるんだから、今更取り繕った話し方じゃなくていいわよ。」
ここはテレーゼが住むお屋敷の庭で、レイチェル、ローズマリー、テレーゼ、そして私の四人のみでお茶会を開いている。
話を聞かれてはマズいので、使用人達は少し遠くに控えさせた。
「なんでメルトリアが使用人なんかの真似してるのよ。もしかしてテレーゼの家臣にでもなったの?」
「まぁまぁレイチェル。メルトリアはきっと第一王子殿下だけではなく、テレーゼにも媚を売っておきたいのよ。」
はぁ。マリーベルに比べると可愛いものだけど、嫌味ったらしい奴らだわ。
「私が王妃になってしまえば、誰かにお茶を入れる事なんてしなくなるわ。だから、懐かしい友人達に自分でお茶を入れてあげたいと使用人を遠ざけたの。」
「なにそれ? 嫌味? 使用人がいないのは気楽だけどさ。」
「使用人遠ざけてどうするのよ。ずっとメルトリアがお茶入れるつもり?」
「そうよ。」
私は全員にお茶を入れながら声の調子を落として話しかける。
「これから話す事は誰かに聞かれるとマズいの。だからそのまま普通の顔で聞いて。多分、漏れると貴女達も命に係わる。」
「「っ!?」」
「使用人にだって絶対に聞かせられないから、私が給仕をしながら話すわ。」
一瞬だけ顔つきが変わった二人だが、すぐさまいつもの調子を取り戻した。
「メルトリアってば大袈裟よね。」
「お茶を入れる機会がなくなるだなんて普通気にしないわよ。」
流石に婚約者候補だっただけはある。
話を聞いて、即座に違和感なく私に合わせてきた。
「心して聞いて……」
私はテレーゼにも聞かせた例のホラ話、題して王族の闇を語って聞かせた。
初めのうちは談笑している風を装いながら和やかにお茶会が進んでいるムードを漂わせて全員聞いていたが、後半になるにつれテレーゼ以外の顔が引き攣ってきている。
「……という事で、ここにいる皆は私の次に命が危険なのよ。」
「嘘でしょ……。」
「ちょ、ちょっと……ローズマリーったら顔が変よ。そんなにメルトリアの話が面白かった?」
「え? え、えぇ……。とても楽しいお話だったわ。」
二人の顔が引き攣っているのも無理はない。
いかに意地悪令嬢とはいっても、まだまだ二十歳にもならない小娘。
妄想した私でさえ、こんな話が本当にあったら怖いもの。
「どうかしら? 私が不敬だと思う? 二人は私の邪魔をする?」
「もう冗談キツイんだから。ローズマリー=ペトレネートの名に誓って漏らさないわよ。」
「するわけないって。レイチェル=ヴァンテンブルグの名に誓って協力するわ。」
この二人も命は惜しいようね。当たり前か。
「テレーゼ=ハワードの名に誓って私も協力致します。せっかくですから、ここにいる皆様で同盟を組みましょう。既に組んでいるようなものですが、形式というのは大切です。」
「勿論よ。」
「賛成だわ。」
「同意します。」
これで味方はテレーゼ公爵令嬢、ローズマリー公爵令嬢、レイチェル侯爵令嬢、と高位貴族が揃ったわ。
学園内ではなるべくこのメンバーで行動するよう方針は決まり、能無し王子が私と居てもこの約束は履行する事となる。
幸い、私以外は婚約者が決まっていないからこそ出来る荒業。
ゲームシナリオからは完全に逸脱しているけど、恐らく問題ないであろう事は分かっている。
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