第10話 決意

「ハイデルト様はお義姉様と本当に仲がよろしいのですね? まるで恋人のようだわ。」


「う……そ、そうだな。いくら姉弟でも節度を守るのは大切だ。メルトリアの婚約者はこの俺なのだからな。」



 いや、そう思うんならもっとクソヒロインどもから助けろってば。


 本当にこの男は……。



「どこの姉弟もこのくらいは普通ですよ殿下? 殿下にもご兄弟がいらっしゃるでしょう。」



 弟よ。全然普通ではない。


 仲が良いのは自分としても嬉しいと思っているけど。



「兄弟でもこんなに仲良くはない。まさか本当にただならぬ関係なのではあるまいな?」



 ジュリア伯爵令嬢に続き、能無し王子も嫉妬心を剥き出しにいらぬ邪推までしてくる始末。


 自身の行動を今一度考え直してもらいたい。


 この男は嫉妬する資格さえないと思うんだけどね。



「殿下。小説の見過ぎですよ? そんな事あるはずがありませんわ。」


「いや、しかしだな。」


「しかしもカカシもありません。姉弟で、なんて考えた事もありません。私が苦労しているところを弟が助けてくれる場面が多いのでそう映るのでは?」


「本当にそうだろうか?」



 チクリと嫌味を言ってはみたが、この男は全く己の不甲斐なさを自覚出来ないようだ。


 私がいくら将来の王妃候補だからと言って、全ての悪意を一人で防ぐのは現実的じゃない。


 本来であれば、婚約者である第一王子と協力してあたらなければならない類いの妨害だってヒロインから受けてきた。


 好きでもなんでもないけれど、能無し王子には一応それとなくフォローしたことも多々あるのに、彼は私をフォローする事なんてまるでない。


 そんな男とうちの弟を比べたら、当然弟に軍配が上がるに決まっている。


 私とて故意に弟との仲を見せつけているつもりはないが、少なくともこの世界で目覚めた当初に比べて、能無し王子に対する配慮が欠けるのも仕方ないと思ってもらいたい。


 何が言いたいかというと、気をつけてはいるのだけどついつい能無し王子よりも弟と話しがちになってしまうのだ。



「ハイデルト? ここは家ではないのだから、周囲にも目を向けなければいけませんよ?」


「姉さんを優先したって良いじゃないか。たった二人の姉弟だろ?」



 まるで私達以外の血縁がいなくなってしまったかのような物言いはやめてもらいたい。


 両親はちゃんと生きてるでしょうが。



「メルトリア。もう少し、婚約者を優先した方が良いと思わないか?」



 能無し王子が強引に私達姉弟の会話に入ってきて意味不明な事を言っている。


 それ、特大のブーメランでしてよ?


 この男こそ婚約者を優先して欲しい。



「あ、あの……申し訳ありません。私、そんなつもりで昼食にお誘いしたわけでは決してなく……。」



 場の空気の悪さを悟ったフリをして、ジュリア伯爵令嬢が気まずそうに謝罪する。


 分かってて私達を誘ったくせに良い度胸してるわね。



「いや、ジュリア嬢が謝る事はない。メルトリア、君も少し考えた方が良いと俺は思うがね?」



 うるせー! マジでぶっ飛ばすぞテメェ!


 お前にだけは本当に言われたくないんだよっ!



「はい。弟にも良く言って聞かせます。」


「ジュリア嬢、お互い婚約者の自覚が薄い者を相手にするのは大変だな。」


「いえ、そんな……。」



 チラチラと楽しそうに私の様子を伺うジュリア伯爵令嬢と、やれやれといった様子で全く己を省みない発言をする能無し王子に対して、私の中でぷちっと何かが切れた音がした。


 決めた。私決めたわ。


 ゲームシナリオからは逸れちゃうけど、この男は最低でも婚約破棄後に失脚させたい。


 出来る事なら抹殺までもっていきたい。


 大丈夫大丈夫。


 この国には第二王子ユリウス殿下という立派な漢がいるのだから、カカシ程も役に立たない第一王子なんて抹殺しても全然問題ないわ。


 私怨も混じっている事は否定しないけど、何かが起こっても全部なあなあで済まそうとする王なんて国を乱す元よ。


 それじゃ下の人間はついてこないし、人の悪意ある嘘を証拠もなく信じ込むところなんて特に王の器じゃない。


 こんな男が将来王になるだなんてゾッとする。



「気分が悪い。俺は行くぞ。」


「はい。行ってらっしゃいませ。」



 ムカつくから絶対に今回の件だけは謝ってやんないもんね。


 早く行け。しっしっ。


 この上なく腹立たしい能無し王子を見送りながら、私は策謀をめぐらす。


 王侯貴族の力関係や派閥、また現時点では知りようもない情報なんかも知識として持っている私が上手く立ち回れば、出来ないなんて事はないはず。


 これまでを振り返ってみると、そもそも私にとってのシュナイザー殿下は無能な味方だ。


 無能な味方は有能な敵に勝る。


 不機嫌そうに場を立ち去る能無し王子を尻目に、一年以上経ってやっと気付いた自分の馬鹿さ加減が腹立たしい。


 彼と行動する時は今後、出来るだけ周囲に人が居る状況にしよう。


 証言者はなるべく多い方が良いからね。



「姉さんは悪くないよ。ごめん。俺が無神経だった。」


「ハイデルトだけが悪いわけじゃないでしょう? 私も気をつけます。」



 私の事となるとハイデルトが無神経なのは確かにそうだけど、元を正せば能無し王子が婚約者として協力してくれない事に起因する。



「す、すみません。余計な事を……。」


「いえ、ジュリア様。今回『は』貴女が悪いのではありません。少しだけシュナイザー殿下の虫の居所が悪かったと思いましょう。」



 今回はね?


 次回から貴女は色々とやってくるのでしょう?


 家格も低ければ特別優秀なわけでもない貴女の行動原理は嫉妬心。


 可愛いもの、で済ませてあげたいところだけど、私が生き残りをかけている現状で邪魔をしてくれるのだから、勿論貴女も命を対価に支払ってくれるわよね?


 ゲームシナリオとして貴女に同情した事はあるけど、いざ自分がされる立場に立ってみたら理解出来た。


 ジュリア伯爵令嬢もまた、立派な敵であるという事実。


 私は脳内お花畑の能無し王子と違って、なあなあで済ます事なんて決してしませんからね?




 その後、ジュリア伯爵令嬢は私達姉弟にあまり反省している様子が見られないと能無し王子に余計な事を吹き込み始める。


 と同時に仲直りの機会を持つ為、親睦を深める為、私達は将来の家族だ、と何かと理由をつけては殿下、私、弟、ジュリア、のメンバーで食事会や茶会を開いてくれやがった。


 シスコンのハイデルトの名は伊達ではなく、この時ばかりはお邪魔キャラムーブを華麗に決めてくれる弟に困ってしまったが、とにかく証拠(捏造)は揃い、ジュリア伯爵令嬢が転げおちる舞台は整った。


 後は決戦あるのみ、ね……。

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