後悔のない、今を生きる
湖ノ上茶屋(コノウエサヤ)
第1話
♪―――—
あなた明日死ぬんだよって
妖精さんがあたしに言った
最後の晩餐どうしようって
ちょこっとふざけて考えた
気づいたら朝だった
妖精さんに会ったのは
あたしの夢の中だった
目覚めてからは ぐるぐるぐるぐる
今日死ぬのかもって考えた
そうしたら最後の晩餐なんて
どうでもいいって思った
ただ、やり残したことがいっぱいで
だから、悔しいって気持ちばかりが膨らんだ
あの夢が正夢なら
あたしは今日、死ぬんだろう
残り時間は何時間?
せめて、後悔のない今を――
イヤホンから耳に流し込んでいる歌は、明日死んじゃっても後悔のない今を生きて、って歌ってる。
もうすぐ大学を卒業するという頃になって、これまでの人生には様々な問題があることに気づいた。
一番の問題は、恋人がいないこと。
そしてそのほかに、やりたいことがないこととか、未来に希望を抱けないこととか。そんなネガティブなことが回転ずしみたいに頭の中をぐるぐるしていた。
嬉しいことに就職先は決まっているけれど、なんとなく「内定もらえたしここでいっか~」なんて感じで決めてしまったから、冷静になってみるとちょっと怖い。
想像力が逞しいだけかもしれないけれど、三年後くらいには「転職だー!」なんて泣いて喚いている気がする。
何かひとつでいい。たったひとつでいいから私は、明日死んじゃってもいいと思えるような、「やりたいこと」に取り組みたいと思った。
ぐるぐるぐるぐる考えた。
そして――閃いた。
そうだ、楽器屋さんへ行こう。
私は小さい頃から歌が好きだった。歌番組の時間だけは、テレビの前から離れなかった。好きなアーティストを見つけると、雑誌を買ったりもした。それがたとえ、弾けないギターの雑誌でも、だ。
ノリと勢いで飛び込んだ楽器屋さんには、私にはとても触れられないような気品あふれる楽器が優雅に並んでいた。場違いだ、とすぐに思ったけれど、何となく逃げずにとどまってみる。ここで逃げたら、明日死んじゃったとしたら、後悔すると思ったから。
店員さんに営業トークをかけられたけれど、店員さんとてバカじゃない。『ああ、コイツは冷やかしか』とでも思ったか、「不明な点がありましたらお声掛けください」と明るく言って、持ち場へ帰って行った。
一人になると、落ち着いた。場違いだって、私は今、自由だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます