6話 初めての人族


「おまえは……【森の精霊姫ティータニア】、なのか……?」


「違います」


 困惑気味な少年が放った言葉をひとまず否定しておく。それからすぐに【空中庭園パピヨル】から飛び降りて、彼の隣に着地した。


「え……、だ、大丈夫か!? あっ、あ!? あの高さからジャンプして無傷……!?」


 それはまあ落ちてる最中に、さりげなく木々の葉や植物たちがクッションになって速度を落としてくれたし。

 とりあえずパピヨルをここに拘束するのは悪いので、古代樹の意思パスを通じて『さよなら、またね』と手を振る。

 

「あ、あんな……化け物を操ってる……!?」


 ふーむ?

 見た感じ7、8歳といったところか。

 彼がここまで無傷で来れたのは奇跡に近い。【星渡りの古森】には魔物もいるし、肉食動物だってたくさんいる。

 いや、よくよく観察してみるとひたいと右足から血が滲んでいるので無傷ではないようだ。


「あなたは誰ですか?」

「お、俺は……ヴァンだ」


 少年は朱に染まった頬をぽりぽりとかきながら答えた。


「そう、ヴァン君。私はレムリア。母様や父様はレムかリアって呼びます」

「お、おう、レムリア」


 俺が名乗ると彼はさらに顔を赤くする。

 ああ、なるほど。レムリアたん推しは幼少期といえど、めちゃくちゃ可愛いもんな。わかるよ、その気持ち。

 俺も成長する自分推しの姿を見て、毎日悶絶する瞬間がある。

 照れちゃう少年を見て、少しだけ同志だと感じてしまった。

 だからだろうか、元々こちらの人族にも興味があったし、ついつい手助けしたくなった。


「あなたみたいな子供がここで何をしているのですか?」

「なっ……! 俺はもう8歳だ! お前こそ俺よりチビに見えるぞ!」


「私はエルフだもの。ここにいたって不思議ではありません」

「エルフ……!? 確かに耳が細長いし、髪なんて月みたいに光ってる……じゃあ、やっぱり伝承は・・・本当だったんだ! エルフは本当にいたんだ!」


 俺がエルフと言えば彼は大喜びした。

 子供らしいはしゃぎっぷりは微笑ましいけど、ここが如何に危険かを理解していない。


「ここは人族にとって危険な【帰らずの闇森】でしょう?」

「そ、それは……」

「どうしてここへ?」


 再度問えば、ヴァン少年は表情をすぐに曇らした。

 それどころか下を向いたまま、静かに泣き始めてしまった。


「うえっうえぇっ……ぐすっ……」


 8歳の子供が【帰らずの闇森】を彷徨さまよっていた。

 きっと恐怖の連続だったろう。そしてようやく誰かに会え、緊張の糸が切れて涙をこぼしてしまうのは納得だ。

 そんな俺の予想は、ヴァン少年が紡ぐ言葉でくつがえされた。


「グスッ……父ちゃんがっ……戦争に行って、そのまま……帰ってこなくて……村の連中は死んじまっだって言うんだ……! ぞれでっ母ちゃんも……元気がなぐなって……昨日、朝起きたら……」


 ——首を吊っていた。

 そんな残酷すぎる現実が、8歳の少年の口から嗚咽とともに吐露とろされた。

 それでもヴァン少年はすぐにゴシゴシと涙をふいて、強い瞳で俺を見つめる。


「だからっ……! エルフの森にある秘薬を取りに来た! エルフの秘薬ならどんな傷だって治せて、死んだ人も生き返らせるって! そういう伝承があるって長老が言ってた!」


 そうか……。

 ヴァン少年はご両親を生き返らせるために、たった一人で危険を顧みずに【帰らずの闇森】に入ってきたのか。


「なあ、レムリアはエルフなんだろ? じゃあ、じゃあ、やっぱり伝承通りじゃないか」

「私は確かにエルフ」

「秘薬、秘薬を俺にくれ! なんだってするから! だから頼む!」


 ボロボロになった少年が必死に懇願する姿は、やはり胸を打たれるものがあった。

 そしてそんな秘薬など存在しない事実が、余計に俺の胸を苦しくした。

いや、ここが本当にクロクロの世界だったらあるのかもしれない。俺は該当するアイテムや蘇生魔法のいくつかを知っている。

 だがそれらの入手・習得方法はすぐに実現できるものではないし、【星渡りの古森】にもない。


「死んだ者を蘇らせる秘薬は……エルフの森にはありません」


 俺の断言にヴァン少年の顔が絶望に染まりきる、その前にさらに言葉を紡ぐ。


「ただ、この世界のどこかにあります」

「どこかって……どこだよ!?」


「例えば空に吊るされた大地、【鳥籠とりかごの楽園アスガルズ】。竜人の秘儀を継承する【竜骨都市カサブランカ】。数多あまたの研究者たちが集う最果ての船団、【創造の地平船ガリレオ】などです」


 いずれも蘇生アイテムや蘇生魔法が手に入る場所ではある。

 ただ、そのどれもが今の時代ではなくシーズン5以降の話だ。いや、クロクロだった場合はまだ存在しないってだけで、この世界ならすでに蘇生に通ずる何かしらはあるのかもしれない。


「わからない……俺には知らないところばっかりだ……!」

「落ち着いて、ヴァン君」


 うなだれる彼をどうにかして励まそう。

 そっと手を握ってあげると彼はピクリと身体を揺らした。

 どうやらこちらの言葉に耳を傾けられるようだ。


「ヴァン君が大きくなって、強くなって、探しに行けばいいのです」


 そうだなあ。

 例えば冒険者になって金銀財宝を探しにいくとかな。


「だから今はどうか……生きてここを出ましょう。ヴァン君が死んだら、秘薬を探せなくなりますからね?」


 ヴァン少年に活を入れるため、精一杯の笑顔を振りまく。

 すると彼はハッとして次の瞬間には顔をそらしていた。


「レ、レムリアに言われなくてもそうするつもりだ!」


 強がってはいても、耳は真っ赤に染まりきっていた。






◇◇◇◇

あとがき


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◇◇◇◇

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