俺が推しになる~不滅の最強エルフ姫に転生したので自由気ままに生き……られません。なぜか戦女神として崇拝されます~

星屑ぽんぽん

1話 俺が推しになってる?


 どんなに毎日が退屈でも——

 どんなに辛く厳しくとも——

 俺は相棒ぶきを力強く握り、一心不乱になってたぎる想いを貫く。


「おい……鈴木さんを見てみろよ」

「鈴木さんの手際の良さは相変わらず神だな」

「タワシの使い方えっぐい……清掃員の鑑やん!」

「お前ら~無駄口たたいてないで鈴木を見習え~」


 俺はどんなに強大な汚臭にも屈せず、素早く洗浄剤を施す。そして圧倒的な暗闇よごれにも冷静に立ち向かい、タワシ無双で光を生み出す。


 隅々まで磨き上げるこの作業は……『こんな仕事に全力を出したってどうにもならない。無駄だ』と、腐りそうになる自身の心をも磨き上げる。

 そして32年間の人生を歩むうちに、いつの間にかこびりついてしまった自分の心の汚れを洗い落とすように口ずさむ。


「ゴミは全部お掃除いたします……!」


 鈴木徹男てつお32歳、清掃員アルバイター。

 これが推しに教わった矜持だ。

 どんな逆境の最中にあっても彼女は輝き続けていた。だからこそ、俺だって踏ん張り続けていられる。


「お疲れ様でした」


 繰り返される日々が灰色の労働生活であっても、俺にはゲームの世界がある。

 帰宅してすぐログインしては、推しが待つであろう城へと転移。

 

「スズキ、来てくれたのですね」


 俺を出迎えてくれた推しは何よりも美しかった。

 メイド服を改造した鎧に身を包み、凛と立つ姿は何度見ても惚れ惚れしてしまう。

 しかし燦然と輝く銀髪も神がうらやむ程の美貌も、今では少しばかり精彩を欠いている。さすがの推しも連戦に次ぐ連戦・・・・・・・で疲弊しているのだろうか?


 でも、俺が来たからにはもう大丈夫だ。

 そんな万感の思いを込めて推しへと返答する。


「銀翼騎士団、副団長のスズキ。ただいま参上いたしました」

「うれしいです、スズキ」


「このスズキ! レムリア団長のためならなんだっていたしますとも!」

「ふふふ。でも私たちが忠誠を誓ったのはシルヴィア様ですよ? さあ、シルヴィア様の行く手を阻む悪者生ゴミはぜーんぶお掃除いたしましょう」


 そういってはにかむ彼女の笑顔は、何度となく目にしたものだった。

 俺の推しはゲームのNPCだ。AIが搭載されているとはいえ、反応のバリエーションは限られている。それでもやっぱりその可憐な微笑みに心を奪われてしまう。

 そんな思いを抱くのは俺だけではなくて——


『おっ、副団長がログインしたぞ!』

『よっしゃああああ! 敵を押し返せるぞ!』

『スズキさんが来たなら逆転できるぞ!』

『奴らキリがないんだ!』


 銀翼騎士団に所属する同志プレイヤーたちが、騎士団グループ通話で次々と戦況を報告してくれる。

 俺はそれらに応えるべく、声を張り上げた。


『みんな! よく持ちこたえた! クソったれな生ゴミに思い知らせてやろう!』

『『『生ゴミはぜーんぶお掃除いたします!』』』


 同志たちの唱和が響く。

 さあ、殺戮の時間だ。





 剣と魔法のVRゲーム、『クロノ・クロノニクル』は絶大な人気を誇っている。

 その理由はシーズン1からシーズン10までになされた、合計10回の特殊すぎる大型アップデートが話題を生んでいるからだ。


 まずシーズン1では多くの神々が乱立し、プレイヤーたちは【転生人】となって自分の選んだ神に仕える。そして何度死んでも転生、いわゆるやりなおしができるプレイヤーはまさに記憶や経験を蓄積できる強力な存在だ。

 転生人プレイヤーたちは自分が信奉する神の影響力を強めるために、クエストを消化したり、魔物を倒したり、他の神々に仕える転生人プレイヤーと争いを繰り広げる。


 いわゆる【神々の代理戦争】だった。

 PvP要素もあるVRゲームは珍しくもないが、この勢力図こそシーズン2に大きく影響を及ぼすと判明したのだ。


 シーズン1の100年後を舞台にした世界こそがシーズン2であり、転生人プレイヤーたちはシーズン1過去シーズン2未来を行き来できるようになる。


 そう、転生人プレイヤーたちの行動が次の大型アップデートを左右するのだ。

 俺もシーズン1では【冥府の王ハデス】に仕えていたが、結局は【絶対神ゼウス】の勢力が優勢でシーズン2の世界では混沌カオスは弱まり秩序が保たれた。

 まあ、そんな仕様なのでプレイヤーたちは手に汗握る戦いに膨大な情熱と時間を注ぎ込んだってわけだ。でもそれじゃあ、後続の新規プレイヤーたちは敷かれたレールの上を歩くだけのゲームになるんじゃ? と不満を抱くだろう。


 ところがどっこい、『クロノ・クロニクル』には膨大なコンテンツが存在するのでPvPに興味のない人でも楽しめる。ハウジングや生産職クラフターを初めとした、酪農や貿易、ペットや宝物収集などなど。盗賊たちを束ねて犯罪組織を作ったり、由緒正しい王立学院に通って貴族子弟たちとの人脈作りに勤しんだり……神象文字デウスルートの解読に精を出し、新種の魔法を発見したりと様々な生き方・・・ができる。


 さらに無限ともいえるほどのクエストフラグがあり、未だに発見されていない隠しクエストもある。 

 つい先日、シーズン3の時代で隠しクエスト【竜との絆】をクリアした転生人プレイヤーのおかげで、シーズン4の時代では新スキル【竜騎兵】が発見されたり、新フィールド【竜人王国ドラグニル】なんて国ができたりしてた。


 当然だが、過去を変えれば未来は変わる。

 竜を助けて絆を結んだ結果、100年後の世界では人々と竜が手を取り合う王国が発生したってわけだ。 

 転生人プレイヤー歴史クロニクル改変の力を持ちうる、この仕様にワクワクしない者などいないだろう。


 まさにプレイヤー自身が【時渡りの語り部クロノ・クロニクル】となるゲームなのだ。


 さて、転生人プレイヤーたちが苛烈に凌ぎを削りあう時代といえば、やはり最新シーズン10である。

 シーズン1から約1000年後の時代であり、次のシーズン11の行く末を決める舞台だ。


「ようやくここまで来たか……推しの直属の部下に成り上がるために、俺がシーズン1からどれほど努力をしてきたことか……」


 もちろん俺が主戦場としているのもシーズン10で、今も目の前では二つの勢力による激戦が繰り広げられていた。

 そう、【氷帝フィヨルド】と【銀翼の竜姫シルヴィア】に属する転生人プレイヤーの集団戦だ。

 一方は侵攻せんと破竹の勢いで突撃をかまし、一方は巨城にて守りの構えで迎え撃つ。


「右翼の守りが崩れそうになっている! 竜騎士隊は【竜鳴魔法:白撃咆はくげきほう】でカバー!」

「「「生ゴミに白撃咆をぶちかませ!」」」


 竜の背にまたがった騎士なかまたちに号令をかけると、空を舞う【竜騎士】たちが咆哮とともに白き熱線を放つ。

 上空からの白撃咆はくげきほうに敵の軍勢が一瞬ひるむ。


 しかし相手は腐っても【氷帝フィヨルド】が率いる転生人プレイヤーたちだ。

 彼らは【凍血の軍勢アイス・ヴラド】と呼ばれ、彼らが通った大地は凍土と化し、そこに住まう民草の血すらも凍てつかせる。

 今も彼らが歩むたびに草花は凍結して踏みにじられ、徐々に氷の領域が広がっている。さらに無数の【氷獄の巨人アイス・ギガント】を従え、その背に何十人と乗ったまま猛攻を続けている。


 そこへ反撃に出るのが【竜騎士】を主軸とする我らが【銀翼騎士団】だ。

 強靭な竜とともに空を駆ける騎士団と、氷の巨人たちがぶつかり合うのは圧巻の光景だ。


「副団長……このままじゃ抑えきれないぞ!」

「スズキさん! レムリア団長の竜が……! 左翼の竜壁付近に墜ちた!」

「やつら! レムたんへ集中的に【凍血の大槍フリーズランス】を放ってきやがった!」

「厄介だぞ……あれに竜が貫かれると竜血すら氷っちまう!」


 氷の巨人たちが放つ【凍血の大槍フリーズランス】に貫かれた騎竜は、槍の刺さった箇所から急速に凍てつき体の自由を奪われつつあった。

 当たり所が悪ければ撃墜されるし、すでに何騎かは地に落ちている。


 俺自身も相棒の竜に乗り、城壁を登ろうとしてくる敵兵に竜鳴魔法をぶち当てる。

 焦る内心を押し殺し冷静に生ゴミに対処してゆくが、それでも俺たちの防戦は厳しかった。


「副団長! 左翼の第一竜壁が崩れました!」

「マジかよ……竜骨で作った城壁を壊せるのかよ……」

「第二竜壁まで撤退しましょう!」


 俺たちが防衛している拠点は、巨大すぎる龍がとぐろ巻いたまま屍となったものを改築した【世界蛇の巨城ヨルムンガンド・ホルン】だ。

 難攻不落と言われた巨城の一角が今、崩れ落ちようとしている。


 止めきれなかった【氷獄の巨人アイス・ギガント】たちの突進が、城壁ごと突き崩す攻城兵器と化す。

 さらに背に乗った敵転生人プレイヤーたちが、氷の巨人を橋頭保きょうとうほにして高い城壁をも乗り越えてくる。


「総崩れになる前に防衛ラインを第二竜壁に移行するぞ! 第一竜壁から撤退!」


 残念ながら形成は不利。

 なぜこうも俺たちが苦戦を強いられているのか。

 それは主に二つの理由があった。

 

 まずは圧倒的な物量の差である。

 敵の【凍血の軍勢アイス・ヴラド】は【銀翼騎士団】のおよそ10倍の規模だ。

 どうしてそこまでの差がついたかと言えば、ひとえに転生人プレイヤーの好奇心だ。


『クロノ・クロニクル』には【不滅種】と呼ばれるNPCが極稀ごくまれにいる。

 シーズンときの移り変わりとともに多くのNPCたちが死に、次の世代のNPCが登場するなか、どの時代にも存在するNPCが不滅種だ。

 一言で表すなら長寿ってやつだ。


【不滅種】は特段、目立ったり、重要な勢力に加担もしなかった。しかし、一度戦いとなれば強力すぎるNPCでもあり、転生人プレイヤーにはそれなりに親しまれていた。

 何せどの時代にもいるのだから少しは愛着がわいたりもする。


 だが、そんな【不滅種】たちの動向がシーズン7から変わり始めた。

 強力な勢力に加わる者が現れ、否応がなく敵対関係になってしまう転生人プレイヤーが出るようになったのだ。

 そして我らが推しの最強メイドエルフさんのレムリアたんも、シーズン10では【銀翼の竜姫シルヴィア】の専属メイド兼、銀翼騎士団の団長という立場になってしまった。

 敵対する転生人プレイヤーは口々に喧伝して回った。


 いわく、『不都合だしヤるか』

 曰く、『今の│転生人プレイヤーのLvなら、不滅種でも殺しきれるんじゃね?』

 曰く、『バージョン7で不滅種を封印したときは面白かったよな』

 曰く、『不滅種を殺したらどうなる?』

 曰く、『次のシーズンが楽しみすぎる』


 そんな人々の好奇心が刃となって彼女推しに向けられてしまった。


「スズキさん……! 第二竜壁もこのままじゃ……!」

「押し切られるうああああッ!」

「第三竜壁に撤退だ!」


 俺の騎竜あいぼうも今や翼を【凍血の大槍フリーズランス】に貫かれ、飛び立てないまま城壁にとどまって敵を食い止めている。

 相棒を置いてはいけない。俺は相棒から降り立ち、わらわらと城壁をよじ登ってくるゴミ共に何度も剣を振るう。


「はぁっはぁっ……!」


 視界の端から差し込んだのは美しいくれない

 地平の果てに沈みゆく夕日が照らし出すのは同胞の屍か、それとも敵の血肉か。どちらにせよ赤いことには変わりない。


「はぁっはぁっはぁっ……!」


 いつの間にか城壁に立っているのは、味方よりも敵が多くなっていた。

 いつの間にか俺のHPバーはレッドゾーンに突入していた。

 いつの間にか推しの姿は乱戦の中で見失ってしまった。

 

 嫌な予感が脳裏をよぎる。

 もし推しの無残な姿を目にしてしまうぐらいなら——

 いっそのこと、先に膝を屈してしまおうか……。


「あぁ——どうか、ご無事で。レムリア団長」


 瞬間、銀の風が吹いた。


「生ゴミはぜーんぶお掃除いたします……!」


 突如として空中を走る煌めき、その一筋一筋はまごうことなき彼女の剣戟けんげき

 それはまるで、生ゴミを一掃するかのような蹂躙劇で、銀閃の嵐が吹き抜ければ瞬く間に周囲の敵は切り刻まれた。


「スズキ、よく持ちこたえてくれました!」


 あぁ、推しはやっぱり最高だ。

 夕凪に輝く銀髪を颯爽となびかせ、俺を救いにきてくれた。


 そうだ。

 つまらない現実に挫けそうになっても、いつだって推しを思いだして踏ん張っていたじゃないか。

 ゲームなんかで折れそうになってる場合じゃないだろ。

 全力で推しについていく!


「もちろんです! どんなときも、何があっても、生ゴミは全部お掃除いたします!」


 相手がNPCとわかっていても、つい俺は本気で答えてしまった。

 すると推しはフワリと微笑んでくれる。

 何度も見たAIのアルゴリズムが織りなす優しい笑みだ。


「————やっと、見つけました」


 しかし推しはいつもより深く深く頷いた。

 そして戦場の最中でありながら、彼女は俺ですら見たことのない——

 飛び切り可憐な笑顔を咲かした。


「見つかりました」

「レ、レムリア団長? 見つけた、と申しますと……新たな敵をですか?」


 しかし周囲を見渡しても、接近してくる敵兵はいない。

 この辺り一帯の敵軍は推しの奇襲で壊滅状態である。とはいえ、まだまだ敵軍はわらわらと進軍中ではあるが。


「いいえ、あなたのような人をずっと探していました。私たちの・・・・世界と同じ・・・・・ゲームを作った甲斐がありました」


「え、世界、ゲームをつくった……?」


 なんだ? 推しの言う台詞の意味がわからない。

 もしかして隠しフラグを立てたとか? 特定のNPC推しと集団戦で共闘し、100戦を超えたらユニークシナリオが発生するとか?

 それとも突発的なイベントか?


 迫りくる敵への対処法を考えつつ、推しの意味不明な発言にも思考を割く。

 そうしているうちに、推しはおもむろに俺へと手を伸ばした。


「れれれレムリア団長? ちょっと、ち、ち、ち、近くないですか」


「スズキ」


「は、はい!」


「私を————私たちを、お願いします」


「えっ?」


 まるで意味不明だった。だけど、不意に推しの唇が俺の額に落とされ、やわく温かな感触だけは伝わった。

 そう、俺は推しに口づけをされたのだ。





まじでばっぶぅ!? さっいこうおおおおっぎゃあああ幸せすぎてあああああしぬううううあああああああああああ!」


「あらあら、レムリアちゃんは元気ね! レムリアちゃんが健やかに生まれてママは感謝しているわ」

「おお、レムリア! さすがはパパの娘だ! 自由に泣き叫ぶがよい!」


 !?!?!?!?!?!?!?


 え、どゆこと!?

 推しにキッスをされたと思ったなら、見知らぬ美男美女が俺を満面の笑顔で見下ろしている!?

 てか、ここどこ!?

 え、俺ってゲームやってたよな!?


「さあーレムリアちゃん、おっぱいの時間でちゅよ~」

「レムリアよ! しかと吸うがよい!」


 は、え!?

 なぜこの二人は俺を推しの名前で呼ぶんだ!?

 というか目の前の美男美女は、推しの顔にどことなく似ているような気がする。

 絶世の美しさというか気高さというか、金髪と白髪だけどスッと通った鼻梁の高さとか、整った目元とかその他諸々がレムリアたんに似ている?


「だぅあーばっぶ」


 とりあえず待ってくれ。

 そう発音したつもりが俺の口から出たのは可愛い赤ちゃんの声だった。


「はーい、おっぱい待ちきれないばぶね~!」

「うむうむ。パパもいっぱい吸ったからわかるが、ママのおっぱいの吸い心地は最高だぞ?」


 ってまじで初対面の超絶美女の乳房が視界いっぱいに広がってくる!?

 す、すごくうれしいけど、なんだこの罪悪感は!?


 というか待ってくれ! 今、さりげなく男の方がヤバいこと言ってなかったか!?    

 いくら美男だからっておっぱいの間接キスはマジで遠慮したいいいい!?


「ほぎゃああああっ!?」


「はーい、レムリアちゃんご到着~♪」

「ふふ、レムリアはパパに負けず劣らずの吸いっぷりだな!」


 たっぷりボリューミィぱいを押し付けられ、俺の魂の慟哭は強制終了させられた。

 え、これってもしかして——


 俺が推しになってる?


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