第14話:覚醒者
◇
「……っ! どうしてこんなことに⁉」
村の状況は想像していた以上に深刻だった。
百匹を超える狼の魔物が既に侵入しており、村人は戦闘を余儀なくされていた。
村人たちはウルフと善戦しており、幸いにも死者はまだ見当たらない。
壊れた建物などは見られるが、ここで納められれば人的被害は最小限に抑えられそうだ。
問題は、村に侵入した魔物が森にも多数いる普通のウルフだけではないことだ。
ガウルルルルルル……。
低い声で唸る、通常個体の三倍はあるだろう大きなウルフの姿が見えた。
村に到着する直前に俺が遭遇した白銀の狼ほどではないが、かなり強いだろうことはわかる。
森の中でシーナを襲っていたウルフくらいのサイズだ。
「うおおおおおおおっ!」
シーナの父、マーカスさんが相手にしているらしい。
一度手合わせしているのでわかるが、ここまで村人に被害がなかったのは彼のおかげだろう。
しかし、倒すには至っていないところを見るとかなり苦戦しているようだ。
「ぐあっ!」
マーカスさんが斬りかかったところ、有効なダメージが入らないまま吹き飛ばされてしまった。
速く加勢しないと、このままでは時間の問題で殺されてしまう。
「とりあえず、雑魚は召喚獣に一掃させる。デカい魔物は任せていいな?」
大型ウルフも問題だが、通常のウルフの処理も同時に必要。
今のシーナなら一人でも大丈夫だろうという信頼から出たアイデアである。
「は、はい……!」
まだ少し自信無さげだが、落ち着いて処理すれば問題ないだろう。
もしもの時には、俺が助けに入ればいい。
さて、まずは自分のタスクに集中することとしよう。
「一匹残らず駆逐しろ」
俺の指示を受けた召喚獣たち二十一体が四散し、次々と魔物を倒していく。
「ど、どういうことだ⁉」
「ま、魔物が魔物を倒している……?」
「俺たち、助かるのか⁉」
自分の命を諦めて戦っていた村人たちが、驚いた様子で言葉を漏らしていた。
あっと言う間に魔物の殲滅に成功。
魔石を回収した後、俺のもとに召喚獣たちが戻ってくる。
「よくやってくれた。次は村の周りの警備を頼む」
召喚獣を労いつつ、次の仕事を与えておく。
俺の担当はこれで終わりということで、後はシーナの様子を見守ることとしよう。
「お父様……今助けますから!」
「な、何をしているシーナ! お前じゃまだ無理だ! 早くここから離れ……」
大型ウルフと戦おうとしているシーナを目の前にして、マーカスさんは血相を変えて心配しているようだった。
しかし、心配が不要なことを俺は知っている。
シーナは、森で練習したのと同じ要領で無詠唱の《火球》を放った。
猛烈な勢いで巨大な火の球が飛んでいき、大型ウルフに着弾――
ドガアアアアアアアアアアアアアアァァァァンンッッ‼
一瞬にして大型ウルフは燃え尽きたのだった。
ドオオオンッ!
残骸が地面に落ちると、シーナは安心したのかフッと息を吐いたのだった。
「うおおおおおおおおっ!」
「た、助かったんだ……!」
「シ、シーナ様がやられたのか⁉」
「詠唱してるように見えなかったが、どういうことだ⁉」
「さすがマーカス様の娘だ!」
危機が去った村人たちは、シーナの強さに驚愕するとともに、一瞬にしてお祭りムードになったのだった。
マーカスさんはシーナの元に駆け寄り、ジッと見つめる。
「ま、まさかシーナ……覚醒したのか?」
「覚醒……ですか?」
きょとんとした様子のシーナ。
どうやら、言葉の意味がよくわからず聞き返したらしい。
なお、もちろん俺にも『覚醒』という言葉の意味はわからない。
「昔から何度も言っていただろう。『★なし』のジョブの中には、稀に『★5』を超える能力を発揮する者が現れると……。そして、覚醒の日は突然訪れると」
「そういえば、そんなこと言ってましたね。……慰めてくれてるだけだと思っていました」
あっけらかんと答えるシーナに、マーカスさんは呆れた様子である。
「でも、やったことは魔法の詠唱を省略しただけなのです。それだけで強くなったので、覚醒とは違うと思うのですが……」
「バカを言え! 魔法の詠唱なんて普通できるわけがないだろう?」
「でも、できていますよ……?」
「それが覚醒だと言っているんだ。これまで人類は何千年も魔法の研究をしてきた。魔法の発動に詠唱が必要なことは学問的に証明されているし、必要な理由もわかっている。世界のルールを超越する無詠唱なんてことができるのは、覚醒以外では説明できないのだ。……シーナ、よく頑張ったな」
そう言いながら、シーナを抱きしめるマーカスさん。
「褒めてくれるのは嬉しいのですが……カズヤさんもできることですし、本当に他の人にはできないとは思えないのですが……」
「カズヤくんが? 失礼だが、さすがに何かの間違いじゃないか?」
「いえ、カズヤさんに教えてもらったことなので!」
「なっ! そ、それは本当なのか⁉」
なぜか、俺の話になってしまった。
「えっとまあ……本当です。やって見せましょうか?」
証拠として無詠唱で《火球》を空に放ってみた。
上空でドーン! と花火のように爆発し、衝撃波が地上まで襲ってきた。
これで証明できただろうか。
「なっ……! そ、そう言えばカズヤくん★なしと聞いていたな……? つまり、カズヤ君も覚醒者だったということか……!」
「どうなんですかね……?」
「魔法の詠唱は絶対に必要なのだ。シーナもカズヤ君も何か特別なのだろう」
……と言われても、いまいちピンと来ない。
無詠唱で魔法が使えるようになるまでに何かきっかけだったり変化があったわけではないのだ。
「『覚醒者』についてはどれくらいわかってるんですか?」
「人類の歴史では数百年に一度のペースで誕生していると古書に書かれていた。あまり情報がなく詳しいことはわからないが……状況から判断すると間違いない」
覚醒者と断言したマーカスさんだったが、意外にも、覚醒者についての情報はまとまっていないらしい。
「俺もシーナも特別なことは何もしていませんでした。もしかすると……ですが、★なしのジョブには、気付いていないだけで特別な力があるのかもしれないですね」
よくよく振り返ると、神が用意したジョブには偏りがあった。
それぞれの割合は、★1が七個、★2が六個、★3が六個、★4が六個、★5が五個、そして★なしが一個。
★なし以外は、★が増えるごとに数が絞られている。
★なしが一番のハズレなのだとしたら、★なしとの比較で当たりであるはずの★1の方が明らかに多いことになり、いまいち意味がわからない。
逆に、★なしが当たりなのだとすれば……実は★5よりも強いなんてこともあるんじゃないか?
……まあ、都合良く捉えすぎているかもしれないが。
「私もカズヤさんの意見の方だと思います。感覚的な話ですけど、使おうと思えばずっと前から使えたんだと思います。その発想がなかっただけで……」
どうやら、シーナも俺と同じように感じていたようだ。
「ふむ。まあ……二人揃って言うならそうなのだろうな。『★なし』の覚醒についてはわかっていないことだらけだからな……」
とりあえず、よくわからないことがわかったと言ったところか。
確実なのは『★なし』は★1から★5までのジョブの法則とは何かが違うということだ。
「お父様、それで……冒険の件なのですが……」
「ああ、もちろん認める」
「ほ、本当ですか⁉」
「目の前であれを見せられて、ダメとは言えんだろう」
俺の弟子として冒険に送り出すにあたってシーナの戦闘力面に不安を感じていたマーカスさんだったが、納得してくれたらしい。
俺のシーナ強化作戦はこれにて成功を収めたと言って良いだろう。
想定以上に強くなってしまって、嬉しい誤算も発生してしまったが。
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